第169話 最善の結果をらしいです

 子供達に見つめられるなか、シホーヌとアクアは時間が惜しいという思いからどこから話したらいいものやらと頭を悩ましていた。


「まず、ダンテが書こうとしてたのは召喚陣なのですぅ。しかも通常のモノではなく邪法とされる、描くだけで魂が穢れるというレベルの最悪なものなのですぅ」

「いいっ!! 僕の魂穢れたのですかっ?」


 それに苦笑するシホーヌは首を横に振る。


「安心するのですぅ。描いたのがダンテで良かったのですぅ。アクアの加護がかろうじて守ってくれたのですぅ。でも最後まで描き切ってたら保障はしないのですぅ」


 だから、アクアは慌ててダンテに書くのを止めて、消したのである。


 ダンテがアクアを見てくるので頷いて安心させるとシホーヌの後を引き継ぐ。


「この召喚陣は条件こそ揃えれば、神すら召喚可能にします」


 アクアの説明に絶句する子供達。


 確かに、この召喚陣は神すら召喚を可能とするが、一番の問題、邪法とされる理由とは違った。


「ちょっと待って欲しいの。王国が抱える学者にも召喚に関する研究は進められているの。でも、小型の魔物を呼ぶ事しか成功例がないの。これは大発見じゃ?」


 報告してあげたら一気に研究が進むと鼻息が荒くなるスゥに珍しい人物がキツイ視線を贈る。


「駄目なのですぅ! 召喚には触媒が必要な事ぐらいは知ってるのですぅ? この召喚陣が邪法と言われるのは、その触媒が命だからなのですぅ!」

「そう、しかも、末端の神を降ろすだけでも人で例えるなら何百の数の人の命が必要とされるのです」


 それこそ、強い神となれば、何万の数だろうと予測を口にするアクアが説明を付け加える。

 そんなものは人の世に知らしめていい訳はないし、研究するべきものでもないと2人は訴える。


 勿論、スゥもそんなモノが代償と思わずに出た言葉であったが、その辺りを聞く前に騒いだ自分を恥じた。


「2人ともスゥもそこまで思っての発言じゃない。責めるのはそれぐらいにして、説明の続きを……危険なのは分かる。でも、そこまで焦ってるか分からない」


 アリアが熱くなってる2人に冷静になってと告げる。


 年長である自分達が熱くなってる事をアリアに指摘され、バツ悪そうな顔をすると深呼吸をして落ち着きを取り戻す。


「すいません、確かに熱くなり過ぎてました。現状、神が呼べるほどの力を蓄えてはいないでしょう。ですが、思い出してください。村長が就任後、何がありましたか?」

「ゴブリンが現れたって話?」


 頭から煙が出ているような顔をしたレイアが捻り出した答えを言うがアクアに首を横に振られる。


 最初のセリフ以降、ずっと黙っていたダンテが思い付いたようで勢い良く顔を上げる。


「村人の失踪!」

「その通りです。私が確認した限り、13人の村人が消えたそうです。その捜索の依頼も冒険者ギルドに依頼したいというのを村長に頼み出ましたが蹴られたようです」


 いつの間に! と驚愕な表情を浮かべる子供達。


 子供達のその意外過ぎるとばかりの評価を頂いたアクアは、


「貴方達が相談で必死になってる間に宿の女将さんからですよ」


 相談に碌に絡まないと思ったら、気付いてないところでそんな事をしていたのかと少し感心したようである。


「13人であれば、村人の魂の質次第ですが、おそらく地竜を呼び出すのが精一杯だとは思うのですが」


 命の価値に上下はないが、魂の比重は存在すると悲しそうに目を伏せるアクア。

 神と精霊はその魂の在り方に魅せられ、惹かれるので否定できなかったのであった。


「その巡り合わせが次第では、最悪、ユウイチが倒したドラゴン並を召喚もない可能性ではないのですぅ。もっと問題なのが、村人の命しか捧げられてないかどうかなのですぅ」


 その通りである。村人に手をかけている事が前提なら他の人の命を使っていても何らおかしくはない。例えば、只の旅人がゴブリンキングに襲われて逃げる事も敵わないだろうし、旅人の消息が分からなくなっても家族が騒ぐくらいで周りは運が悪かったとしか思わず、こういう事件に巻き込まれてるとは思う者はいない。


 潜在的な被害がどの程度か分からないのである。


「だから、ユウ様に連絡する為にクロを飛ばしたですの……」

「ええ、だから、正直、迷っています。多少の被害が出る覚悟で村人を逃がすか、それまで村長達が静観すると信じて主様がやってくるまで見張りに徹するかです」


 地竜が出てきた場合、子供達では村人を守る事は不可能である。おそらく自分達の身を守って逃げれるかどうかである。

 勿論、シホーヌとアクアがいる以上、子供達の命は守れるので死ぬ事はないだろうが、制約の絡みでその力は村人達には使えないのである。


 迷い、どうしたらいいか分からなくなった一同が黙り込むとレイアがダンテに質問する。


「なぁ、中にはゴブリン2匹とゴブリンキングと思われる1匹以外はいないんだよな? 人がいるとか?」

「えっ? うん、いなかったはずだよ」


 そう聞いたレイアは虚勢を張った笑みと分かる顔を皆に向ける。


「召喚するやつがそこにいないなら、呼び出せる力が溜まってようと呼び出す前に潰せばいい」

「レイア、それは余りにも無鉄砲です。いくら、その場にいなくても村長が魔物使いであれば、ゴブリン達の目を通してこちらの様子は分かるはずです。村長達が洞窟に駆けつける時間だけで破壊しなくてはならないんですよ?」


 レイアの考えを諭し、思い留まらせようとするがアクアの言葉にレイアは被り振る。


「どうせ、アタシ達が村にいないのはもうバレてる頃。いないならどこにいる話になれば、尻尾巻いて帰ったか、ここにいる以外の選択肢なんてない。アタシ達が村から離れた時点で止められなくなってる」

「まだ3つ目の選択肢があるの。村長を襲えば……」


 そこまで言ってスゥもそれは出来ない事に気付く。


 まだ村長は犯人と断定できていなくて、限りなく黒に近い灰色である存在をそんな暴挙に出る訳にはいかなかった。

 村人の信を失い、本当の最悪の事態を起こすかもしれないからである。


 そんなスゥを見つめた後、レイアはシホーヌとアクアを交互に見つめる。


「アタシ達を死なせたりしないんだろ? 期待してる」


 そう言うと口の端を上げて精一杯の虚勢を張るレイアを見つめるシホーヌとアクアは目を点にする。

 固まった表情が解凍されると2人はクスクスと笑い始める。


「レイア、意識してその笑い方をしたのですか?」


 いきなり、アクアに言われた事が理解できずに、へっ? と間抜けな声を洩らすレイア。


「笑い方も口の端を上げるタイミングもユウイチにそっくりだったのですぅ。本当に意識してなかったのですぅ?」


 シホーヌにそう言われて、げっ、と凄まじく嫌そうな顔をするレイアを見て、2人は笑い声を出さないように必死にお腹を押さえる。


 そして、笑いを収めたアクアが皆を見渡す。


 子供達の表情を見て、聞くまでもないかと思いつつも質問する。


「レイアはそう言ってますが、貴方達はどうします? レイアの案はかなり危険です。一番なのは主様が間に合うと信じて待機して、村長達が動き出したら村人を逃がし、村長の意識を自分達に集めて逃げ回る。これが現実的な案です」

「でも最善の答えではない」


 アクアの意見にアリアが異論を唱える。


 それに続くようにスゥも繋げる。


「現実的な案、確かに王族である私は取捨選択して多少の犠牲に目を瞑ってその案を採用するところなの。でも、今は王族のスゥとしてここにいるつもりはないの。冒険者を志す者としてここに居るの。だから、私は最善を目指したいの」


 スゥの言葉に同調するようにダンテもミュウも頷いてくる。


 それを見たアクアは思う。若い、いや、幼いと。


 隣にいるシホーヌを見ると苦笑いをしているのに気付く。おそらく自分も似たような顔をしているのだと理解していた。


 ここでそれは駄目だと頭ごなしに抑える事はできなくはない。明らかに間違っている事であれば、そうする事も辞さないが、完全に間違ってるとは言えず、それも1つの考えと言えるものだから2人は困っていた。


 雄一ならどうするだろうと思うと、きっと「やってみろ」と言ってケツを持つと考えそうである。子供達の自分の考えを持って行動する事を見守るであろう。


 自分達もまた雄一の指針以外で語る言葉がなかった。


「もうちょっと子供達と遊ぶばかりじゃなく、先生、お母さんしとくべきだったのですぅ」


 アクアだけに聞こえるように意識された言葉をシホーヌは伝える。


 本当にそうであるとアクアは苦笑する。


 踏ん切りを付けたアクアが口を開く。


「分かってますか? この方法を取って成功しようが失敗しようと大変な目に遭うという事を理解できてますか? 失敗したら村人全滅の可能性、無事成功させたら村人は全員無事ですが……主様の折檻は……本当に過酷ですよ……」


 色んな折檻を受けてきたシホーヌとアクアだから分かる。今まで受けたのが天国だと思えるような折檻がきっと待っていると……


 顔を青くして身を震わせる2人に雄一の折檻に一瞬怯みそうになった子供達だが踏み止まる。

 そして、レイアが吼えるように言う。


「やるって言ったっ!」

「では、やり切ってみせなさい」

「レイア達の命は私達が預かったのですぅ」


 そう言うシホーヌをアクアとレイアが見つめて口を揃えて言う。


「「それは、犯罪者のセリフ」」


 表情を強張らせるシホーヌを見て、子供達はクスクスと笑いを零す。


 一番に立ち直ったダンテが皆を見渡す。


「やるからには、成功させよう。僕の考えを伝えるね?」


 ダンテの説明を聞いた子供達はダンテの案を採用する。


 採用した案に従い、子供達は散開して各自の持ち場へと動き出した。

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