第160話 父親に内緒の冒険らしいです

 アリアに手招きされている事に気付いた2人は、ガバッと起き上がると嬉しげにスキップしながら近寄る。


「何か御用なのですぅ?」


 目元を赤く腫らし、涙が溜まる目尻を指で拭う2人は得意気な顔をして言ってくる姿に何故か涙を誘われるアリア達。


 ここは大人になって2人に突っ込みを入れるのは控えようとアリア達は飲み込むがそういう空気の読み方ができない妹があっさり口にする。


「別に用なんてアタシはないよ?」


 再び、泣きそうになってる2人に嘆息するアリア。


 同じようにアリアと一緒に嘆息したスゥが替わりにレイアに声をかける。


「レイア? 少しの間、黙っててなの」

「な、なんでだよっ!」


 軽い言い合いを始める2人を横目にダンテがレイアの注意を引いてるスゥからの目配せを受け取り、口を開く。


「さ、先程、何を言おうとされてたんですか?」


 話を聞いて貰える流れに戻った事により、2人の表情に明るくなり、咳払いをして仕切り直しをしてくる。


 色々、手遅れであるが……


「聞いていると引率者を捜してるようですね?」

「え、ええ、そうです」


 何を言おうとしてるか、この場にいるレイア以外は既に理解しているが、最後まで言わせてあげようと生温かい視線で見つめる。


 それに気付きもしない残念さんは、胸を張り、胸元から何やら取り出す。


「何を隠そう、私達は冒険者の資格を持っているのですぅ!」


 ドヤ顔して冒険者証を突き付けるお馬鹿の2人がユルそうな笑みを浮かべる。


 シホーヌとアクアが冒険者になっている理由はティファーニアの連れてきたバッツと同じ世代の子達の時に、冒険者を希望する子が一番多かった。


 そこで遊んでばかりいた2人にも引率させようと雄一が2人に冒険者の資格と取らせたのである。


 まあ、本当にその時1回だけ引率しただけで使い道もなく、ペーパードライバー状態であった訳である。


 そこまで話が進んだ事により、漸く理解に至ったレイアが渋い顔をしながら口を開く。


「そういや、持ってた……でも、この2人か……」


 みんなが思ってる事で伏せておこうというNGラインをあっさり飛び越えるレイアを凄いと称賛するべきか、レイアにお前もあちら寄りだと教えたほうがいいのか3人は悩む。


 ちなみにミュウは既に興味がないようで、他の客が食べるリブロースに視線が釘付けである。


「お困りのようですので、私達が引率してもいいんですよ?」

「でも、戦うのは基本的にできない制約があるって言ってませんでしたか?」


 以前、水の信者になった時に受けた説明でそう聞いていた事を思い出したダンテが聞く。


 しっかり覚えていたダンテに笑みを浮かべて頷くアクアに替わりシホーヌが答える。


「その通りなのですぅ。でも、家の子達、限定ですが護る事と回復する事だけなら問題ないのですぅ」


 どやぁ、と声に出す2人に苦笑いを返す事しかできないが、確かに、この2人の防御系魔法と回復魔法は別格である。


 伊達に女神と精霊ではないということであった。


 だが、またもや空気の読めない子が、


「シホーヌとアクアか……」


 と呟くので今度はアリアが強制的に口を塞いで黙らせる。


 話す役も交代してスゥが聞く。


「つまり、お二人がユウ様の替わりに引率してくれるということですの?」

「ええ、その通りです」

「しかも、既に良い依頼を確保済みなのですぅ」


 再び、胸元を漁るシホーヌは一枚の紙を出すが、アリアはどれだけ胸元に仕舞えるのだろうと何故か歯軋りをしてしまう。


 鼻息を荒くするシホーヌが突き出す1枚の紙にはこう書かれていた。



『     討伐調査依頼


 西にある漁村の近くにゴブリンが棲みついた模様。目撃情報では3匹のゴブリンが確認されているがどれくらい生息してるか不明。

 そこで、調査をして狩れる数であれば討伐、狩れない数、もしくは、予想外の展開であれば調査結果を冒険者ギルドへの報告。報酬は……』



 それを眺めていた面子は、なるほど、と少し感心する。


 最弱とされるゴブリン討伐、もしくは、調査で終わっても良い依頼という安全マージンが取られた依頼である。


 確かに初めての討伐依頼としては丁度良い。


 見直したと視線を上げた瞬間、上がった株は急降下する。


 上げた先の2人はいつの間に着替えた? と聞きたくなる速度で釣りルックになってサングラスをしたシホーヌが「海が私を呼んでるのですぅ」と視えない海を見つめて笑みを浮かべていた。


 アクアも釣り竿を磨きながら、「ついに使う機会がきました!」と嬉しげにするのを見た5人の心をフュージョンさせる。


『こいつら、仕事をさっさと終わらせて全力で遊ぶ気だっ!!』


 2人の魂胆は透けて見えたが、アリアは依頼書をもう一度読み直す。


 頷くと4人に向き合い、頷いてみせる。


「あの2人が残念な事を議論しても無駄。でも、この依頼は悪くない。私達のように経験が伴ってない子供が背伸びする丁度良い難度だと思う」

「そう、そうですね。死なない事だけ意識すれば、生きてる状態であれば、あの2人がいれば助かるでしょうけど、痛そうだな……」


 アリアの言葉にダンテがそう答える。


 回復魔法は無制限に使えるが防御系魔法は条件付きであるとアクアに聞いていたダンテはゲンナリする。


 簡単に言えば、命に関わりそうな攻撃のみらしい。


 テツにかけた簡易の水の加護ぐらいならいつでもかけてくれるが弾くような強力なのはできないそうである。


 それを聞いたスゥとミュウは顔を見合わせる。


 これが雄一であったら、かすり傷程度であれば見捨てられるが痛い思いするレベルであれば介入してくれる安心感があるので、少々、不安に駆られてしまっていた。


「ああっ、もう! アタシ達が失敗しなきゃいい話だ。最悪、痛い思いぐらいしても、あの2人がいれば死ぬ事はないし、妥協しようぜ?」


 細かい事を考えるのは苦手でドンブリ勘定をしがちなレイアに4人は少々呆れるが、レイア程ではないが自分達の成長度合いが知りたいという欲求は4人にもある。


 4人は危険と興味を天秤に載せて計るが激しく揺れに揺れ、僅差で興味が勝った。


 結局、レイア達はシホーヌとアクアに引率を頼む事を決め、再び、冒険者ギルドへと向かった。







「ふむ、それでこの依頼をシホーヌとアクアの両名の名前借りで受けたいと?」


 死んだ魚のような目でレイア達を覗き込む表情が乏しいエルフが質問する。


 それに怯むかと踏ん張るレイアが怒鳴るように言い返す。


「そうだよっ、問題はないだろう!」

「まあ、受付業務としては特に口を挟む事はないんですが……ユウイチ様はこの事を知っておられるのかな? と心配しましてね」


 口許だけ笑みを浮かべる視線に耐えれなくなったようで仲良く5人は目を反らす。


 詳しくは5人は理解には至ってないが、このエルフ、ミラーは本来、こんなところにいるべき存在ではないぐらいには理解が進んでいる。


 スゥですら王族の仲間ぐらいの認識しかないのはミラーの情報をシャットアウトさせたいという要望で2国間で知ってる人は知ってる秘密にされていた。


 そんな人物に問いかけられた5人はタジタジになってしまう。


 その様子に溜息を零すミラーは肩を竦める。


「確かに手続きに不備はありませんので受理しますが、あの2人がいるとはいえ、慢心しませんように」

「大丈夫、アタシ達が蹴散らしてきてやるって!」


 レイアがミラーが折れてくれた事で息を吹き返し、強気なセリフが漏れる。


「はい、では、受理しました。お気を付けて」


 嬉しげに手を上げて、返事をして出ていくレイア達を見送ったミラーは、再び、溜息を吐く。


 長い間、受付をしてきたから分かる。


 あのレイア達の状態は危険である。


 冒険者とは不測の出来事が起こるのが日常茶飯事である。依頼書通りで終われば問題はないだろうが……


 受付として止める権限がない状態だったからといって放置するのは知らぬ仲ではないので気分が悪いミラーは近くを歩いていた受付嬢を呼び止める。


「北川コミュニティ代表代理に来て貰えるように連絡してください」





 急ぎ、家に戻り、ある程度出る準備を済ませていたモノを準備を済ませる。


「今から出たら夕方、遅くとも日が落ちた頃には向こうに着けるはず」


 そう言うアリアの言葉に頷く面子は荷物を背負う。


 すると、表から馬の嘶きが聞こえる。


 どうやら、ダンテが馬車を借りてきて帰ってきたようである。


 ダンテは馬車を扱える。元々扱えた訳ではないが、テツに、


「きっと男という理由だけで馬車の運転をさせられるよ。何せ、家の女の子はホーラ姉さんとポプリさんの薫陶を受けて、育ってきてるからね……」


 そう語った。


 後日、ダンテは雄一にテツさんがとても遠い目をして言ってたんですが、と質問すると、


「そういう時のテツの言葉は重い……信じておいて間違いはないだろうな……」


 雄一にまで遠い目をされたダンテは必死に馬の扱い方を覚えたそうである。


 その言葉通りに何度か乗る機会がある度に何の迷いもなくダンテに手綱を渡され、馬車を走らされた。


 駄目元で、替わって欲しいと告げるとテツの遠い目を思い出す言葉を言われたそうである。


 ダンテは馬車を降りると自分の部屋からカバンを取ってくる。


 ダンテとアリアは事前に既に準備完了させていた為、カバンを持てば終わりである。


 乗り込んだ面子は6人、後、1人が遅れているミュウである。


 すっかり準備をするのを忘れていたようで必死に準備中である。


「早くしろよっ! 置いてくぞ」

「がぅ! レイア、少し待てっ!」


 準備が終わった? のかと問いたくなるカバンからはみ出す白い下着をねじ込みながら走ってくるミュウの姿にダンテだけでなくスゥも溜息を洩らす。


 そのミュウに続くように出てきたティファーニアが両手に包みを抱えながら眉を寄せてやってくる。


「シホーヌさんとアクアさんがいるから、多分、大丈夫だとは思うけど先生がいないのは不安よ! と言っても止まる気もないでしょ?」


 嘆息するティファーニアに苦笑いする子供達に諦めるように寄っていた眉を元に戻す。


「本当に気を付けていってくるのよ? これはお昼に出す予定だったモノを包んでおいたから途中で食べてね」

「ありがと、テファ姉!」


 レイアの現金な声と共に「いってきます」と声を上げるとダンテは馬を操り、西にある漁村を目指して出発した。

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