第159話 色々と上手くいかないようです

 冒険者ギルドに勢い込んでやってきたはいいが、誰かの付き添いなしでやってくるのは初めてだった為、思わず尻込みするように扉に触れた状態で止まるレイア。


 それを後ろで見てたアリアがその心情を理解して呟く。


「無理して入る必要ない。行っても結果は見えてる」

「む、無理なんかしてねぇ! アタシは全然ビビってないからな!」


 色々、吐露してしまっているレイアであるが本人は気付いていない。


 その様子にスゥとダンテは苦笑いを浮かべるが、焦れたらしいミュウがレイアの横を抜けて扉を押して中に入っていく。


「駄目なら駄目、入らないと始まらない」


 そう言って入っていくミュウを見送ってしまうレイアは我に戻るとミュウを追いかける。


「そ、そんなの分かってるっ、待てよ、ミュウ!」


 ミュウを追いかけて残る4人も冒険者ギルドへと入っていった。




 中に入るとレイアにはまるで初めて来た場所のような錯覚に陥る。勿論、そんな事はないし、もう両手じゃ数え切れないほどきている。


 正面が酷く開けて見え、少し不安に駆られる。


 そんなレイアの心の動きに気付いたアリアは思う。


 レイアはなんだかんだ言いながら、いつも雄一の背中を目で追いかけている。


 他の景色はその視界の端に捉える程度の為、視界に雄一がいないだけで初めて来たような感覚に襲われているのだろうと理解する。


 決してレイアはそれを認める事はないだろう。性格的な問題も存在するが、自覚症状がないからである。


 そんなレイアも気になるが、アリアもまた雄一がいない状態の冒険者ギルドの景色は物珍しく感じて辺りを見渡す。


 冒険者達が闊歩し、パーティごとに集まり、相談をしたり、くだらない酒場の女がどうとかという他愛のない話に花を咲かして居たりする。


 依頼掲示板に視線を向けるとレイア達より少し年上、つまり冒険者成り立てといった少年達3人が雑用依頼を眺めつつも討伐依頼が気になるらしくチラチラと見ている。


 だが、その様子に気付いた熟練冒険者が声をかける。


「焦る気持ちは分かるが、装備を整えてからじゃないと成功率に大きく影響する。今は辛抱の時だ。雑用依頼を1日に複数こなせるのを捜すか、例えば、これのように拘束される日数は長いが飯は出て、稼ぎの良いのをするのを勧めるぞ?」


 そう言われる若い冒険者は渋い顔をする。


 レイアにはその気持ちは良く理解できた。


 熟練冒険者は、レイア以上にその気持ちを理解できていた。


「俺はあくまで無事生き残る、命のリスクを減らして冒険者を続ける方法を教えてやっただけだ。それを無視しても俺は何も言わんよ。ただな?」


 気楽な雰囲気を漂わせていた熟練冒険者だったが、目を細め、声のトーンが一オクターブ下がる。


「手足が欠けて仕事ができなくなって路地裏でのたれ死んだ奴や、帰ってこなかった奴は腐るほど見てきた。お前達が路地裏や外で転がってる姿を見つけない事を祈ってる」


 そう言うと後ろ手を振って去る熟練冒険者を見ていたスゥが呟く。


「あの人、リホウさんと話してるの見た事あるの。多分、コミュニティの人なの」


 そう言われてレイアも見た事があった事を思い出す。


 その熟練冒険者がレイア達に気付いてやってくる。


「あれぇ? 今日はレイアお嬢達だけですかい?」


 以前はレイア達の事をお嬢様と後に付けていたが、最近は特にレイアが嫌がるので、お嬢と呼ばれるようになっていた。


 熟練冒険者にそう聞かれたが、先程の若い冒険者とのやり取りを見た後では、我儘を言って依頼を受けさせて欲しいと言いに来たとは言えずに目を彷徨わせる。


 彷徨わせた先に先程の若い冒険者が目に入る。


 3人は頷き合うと熟練冒険者が勧めた拘束される日数は長いが食事が出る雑用依頼の紙を取ると受付へと流れるのを見送る。


 何か困った顔をするレイアを心配そう見つめる熟練冒険者。


「なんでもない。ユウさんが出かけたから、ちょっと冒険者ギルドを見学にきただけ」


 アリアが代わりに答える。


 既にレイアも先程のやり取りを見て、ごり押しで頼む気が無くなってるのを見計らっての返事である。


 それにホッとしたような表情を見せる熟練冒険者は笑みを浮かべつつ、忠告してくる。


「ダンガの冒険者達でお嬢達の事を知らない奴は少ないとは思いやすが、流れ者や新参者がちょっかいかけてくるかもしれませんので、程々で出られるようにしておいてくださいね」


 それに頷いてみせるアリアは、手を振って去っていく熟練冒険者を見て、雄一の下へやってくる者の大半は基本、お人好しが集まると柔らかい笑みを浮かべる。


 熟練冒険者を見送ったレイアは諦めるように嘆息するとみんなを見渡す。


「出ようか」


 苦笑いをする4人に頷かれると5人は冒険者ギルドを後にした。



 しばらくアテもなく歩いていると見覚えのある建物に行き着く。



『お食事処「のーひっと」』



 5人は顔を見合わせる。


「少し寄ってこうか、お小遣い持ってきた?」


 気落ちした気分を甘いモノで持ち直したいと考えだしたレイアがそう問うとあっさり同意する3人と若干挙動のおかしいミュウも頷く。


 頷かれたレイアは扉を押すとドアベルが鳴る。


「「「いらっしゃいませ」」」


 聞き覚えがある声が響く。


 店内は、朝食には遅いし、昼食には早いという中途半端の時間に関わらず、半分以上の席が埋まっている盛況ぶりであった。


 ウサギ耳をピンと伸ばした少女がレイア達に近寄る。


「あっ、みんな、おやつでも食べに来てくれたぴょ?」

「んっ、通りかかったから久しぶりに食べにきた」


 アリアのオブラートを被せない素直な感想であったが、気にしたように見せないコネホは満面の笑みを見せる。


 そんなコネホは、奥のテーブル席に5人を案内する。


 すると、レイア達がいるテーブル席に栗毛のレイアと違い綺麗に手入れされてたポニーテールを腰まで伸ばす少女と長い黒い髪を優しく纏めて前に持って来ている少女もやってくる。


「やぁ、久しぶり、元気にしてた?」


 活発な言動で笑いかけてくる栗毛の少女がアンナで、落ち着いた笑みを見せるのはガレットであった。


 3人は、雄一の下で料理を学び、2年前に遂に店を作った。


 今じゃ、ダンガでも有名なお食事処として定着しており、こんな時間じゃなければ行列ができる店までになっていた。


「いらっしゃい、5人だけ? ユウイチさんは?」


 そう言いながらも雄一を捜すように辺りを見渡すガレット。


 奥ゆかしい彼女は、雄一の前では感情を押し殺しているが、雄一に気があるのは同性には筒抜けであった。

 その為、この場にいるアリアとスゥはもっとも危険人物としてガレットには注意している。


 何故なら、何かの拍子にガレットの気持ちが雄一にばれ、思い切ってガレットが告白した日には、ガレットの性格を知る雄一が他の面子にするようにする事は無理であろう。


 誤魔化したり、逃げたりしたらガレットは倒れて寝込みそうである。


 なので、もっともキッカケさえあれば雄一の隣に収まる事ができる人物としてアリア達、人外の面子を除いた雄一に心を寄せる者に警戒されていた。


 ちなみに人外の面子は独占欲というものが欠如しており、自分を受け入れて貰えるかどうかしか考えていない。


 何せ、時間の概念が違い過ぎるのである。


「ユウ様なら、お兄様の手紙を読んだら出かけられました」


 スゥにそれを聞いたガレットが「そう……」と残念そうにする憂い顔を見て、アリアとスゥはその破壊力に戦慄する。


「それは残念ね、師匠に久しぶりに食べて貰って評価貰いたかったけど、次は連れてきてね?」


 気持ちのいい笑みを浮かべるアンナに5人は釣られるように楽しげに頷く。


 5人が注文を告げると3人は厨房へと戻っていった。


 察してる人もいるだろうが、ミュウは無計画にお小遣いを使っており、注文の時に「み、水」と答えたのを隣に座るダンテが「僕が出して上げますよ、バナナオーレでいいですか?」と甘い行動を取る姿があった。



 そして、コネホにより注文したモノを運ばれる。


 それぞれのモノに口につけた5人にコネホが問いかける。


「で、今日は何してたぴょ?」

「冒険者ギルドで依頼を受けたかったんだけど、引率してくれる人が捕まらなくて……」


 溜息混じりにそうレイアが言ったところで店の扉が勢い良く開く。


「私は女神シホーヌなのですぅ!」

「水の精霊、そう私がアクアっ!」


 ビシッとポーズを決めるシホーヌとアクアの後ろで爆発のエフェクトが起こる。その真ん中を飛び上がるルーニュの姿の幻視をその場の者達は見る。


 だが、目を擦って再び見るとルーニュの姿はない。


 幻だったようだ。



「「駄目っ子シスターズ、参上」」



 店の客は何かの一発芸と思ったらしく、おひねりを投げて寄こす。


 それを嬉しそうに受け取る2人を横目にレイアが先程の言葉を続ける。


「引率してくれる奴がいなくてね」


 その言葉を聞き逃さなかった残念な2人はレイアの視界に飛び込み、自分達を指差してみせる。


 だが、たいした反応を見せないレイアが更に呟く。


「誰か、引率してくれないかな……」


 その言葉に固まる2人を痛々しそうに見つめるコネホ。


 肩を落としたシホーヌとアクアが違うテーブル席に着いて寝そべる。


 その様子にウンザリした様子のアンナが「ご注文は?」と問う。


「ジンジャーエールをっ! もうジンジャーエールのヤケ飲みしかありません!」

「ウチはツケはきかないよ?」

「金ならあるのですぅ! さっさと持ってくるのですぅ!」


 先程のおひねりをテーブルに涙目で叩きつける。


 やれやれ、と呆れた様子を隠さず、厨房でジンジャーエールを用意して待機してるガレットに頷いてみせる。


 運ばれたジンジャーエールを泣きながら飲む姿に嘆息するアリアはレイアの肩をポンと叩く。


「色々、面倒になってきたから聞いてあげよう?」

「えっ? 何を?」


 本当にあの2人は選定基準に入ってなかったようで、視野外だったレイアの反応にアリアは再び嘆息して、ヤケ飲みしながらチラチラこちらを見ている2人に手招きをした。

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