第142話 担うと約束したようです

 雄一とブロッソ将軍の勝負が着いた後、パラメキ軍の中から立派な鎧を着た兵が近寄ってくる。


 そして、雄一の前に来ると頭を下げ、そのままの体勢で話しかけてくる。


「私、ブロッソ将軍の副官をさせて頂いていた者です。ブロッソ将軍の御遺体を預からせて貰ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、しっかりと弔ってやってくれ」


 雄一の言葉に「有難うございます」と伝えると後ろにいる兵達に指示を出すとシーツのようなモノを持ってこさせる。


 そのシーツのようなものにブロッソ将軍を丁寧に包むとコワレモノを扱うように持ち上げ、雄一にもう一度頭を下げて元の場所へと戻って行った。


 未だにキャンキャンと騒いで兵達に奮起させようとしているらしいパラメキ王を見つめて、ブロッソ将軍が報われない結果が待っていそうで溜息を洩らす。


 後ろを振り向くと辛そうに唇を噛み締めるポプリの姿に気付いて思わず、口を真一文字にしてしまう。


 更にその後ろでテツは拝むようにして雄一を見つめる。


 そのテツの隣では、ホーラがポプリを指差して、次に雄一に指を差す。そして、口をパクパクさせる動きを見て『ユウがなんとかしろ。こういうのは男の甲斐性さ』と言っているようであった。


 雄一は、ホーラの投げっぷりに溜息を吐き、頭をガリガリと掻く。


 とはいえ、自分しかいない事も事実なので、ロゼアや団長にパラメキ軍の扱いを任せると雄一はパラメキ王の下へと歩き始める。


 それに続くように北川家の面子、ホーラ、テツ、ポプリ、リホウも着いてくる。


 雄一が近寄ってくるのに気付いたパラメキ王は慌てて、必死に周りに指示を出すが、ロゼア達の呼び掛けに応じていて相手にされない。


 後、5mといったところまで詰め寄られたパラメキ王は、短い悲鳴を上げると転進して逃げ出す。


 雄一は呆れる表情を隠さずに巴をパラメキ王目掛けて投げる。投げられた巴はパラメキ王を飛び越えて鼻を掠るようにして地面に突き刺さり、鼻から微かに血が流れるのを確認したパラメキ王は、顔を青くして尻モチを着いた。


 その後ろにやってきた雄一が残念さんを眺めるようにして話しかける。


「諦めて、おとなしくしろ、ブロッソ将軍のせっかくの想いを無駄にするな」


 そう言うと尻モチを着いた状態で顔を真っ赤にして腰にある剣を器用に抜く。


 雄一は場違いながら、よくその体勢で剣を抜けたな、と感心した。


「ユウイチさん、それは魔剣です! 気を付けてくださいっ!」


 ポプリの警告の声を聞いてパラメキ王は、ポプリを罵る。


「自分の兄を追い詰めるのがそんなに楽しいかっ!」

「ポプリ、気にするな。気付いていたからな」


 辛そうにするポプリに雄一は笑いかけながら、パラメキ王が魔剣を振り抜いて魔剣の力を解放する前に指でつまんで止める。


 抓んだ状態で魔剣を力づくで奪い、上空に放り投げる。投げた魔剣目指して雄一は、水球を生み出して直撃させる。


 すると、その一発で魔剣が粉砕されて大爆発が起きる。


 パラメキ王は、雄一に指で止められた事もそうだが、魔剣をあっさり破壊された事にも驚いて放心する。


「僕、あれに凄く苦労して、死にかけたんだけどな……やっぱりユウイチさんは凄いや」


 テツは誇らしいのか、反応に困っているのか分からない笑みを浮かべて上空で爆発した魔剣を見つめた。


 見つめる先にあるモノに爆発の余波がいき、それを目で追っていたテツは目を丸くする。


 雄一もまた、見てないが気付いたらしく、頬に伝う汗が物語っていた。


「あ、あの……ユウイチさん?」

「言うな、俺も気付いているがすぐにどうこうという話じゃない。もう避けては通れない道にはなったがな」


 どうやら気付いているのは雄一とテツ、良く見れば、他人事のように笑みを浮かべるリホウも気付いているようである。


 ホーラとポプリはまだ気付いてないようでお互いの顔を見合わせている。


 雄一は加護の力を解放した事により、まだ微妙な力加減ができずにいた。


 まさか、自分がトドメを刺してしまうとは思ってはいなかった。


 そう魔道砲である。


 落ち着いて考えれば、最初も力加減をミスしてギリギリの状態にしてしまったのも自分だったと思い出し、苦虫を噛み締めるように顔を顰める。


 既に崩壊までのカウントダウンがスタートしているのが分かるが、雄一が言うようにすぐという話ではないがパラメキ王に付き合う時間がはっきりと時間指定された事を意味した。


「パラメキ王、自分の非と負けを認めろ。俺としてはお前を殺しておいたほうが禍根が残らないと思ってる。だが、ブロッソ将軍の命を賭しての願い、無碍にするのも心苦しい、お前の最後の忠臣に応えろ」


 雄一がそう言う。


「ふざっ……かぺっ」


 おそらく、ふざけるな、と言おうとしたのだろうが、雄一にぶん殴られて物理的に黙らされる。


 瞳に感情を灯らせない雄一はパラメキ王を見下す。


「もう一度だけ言う。認めて、ブロッソ将軍の想いを汲め」

「こ、こうしようじゃないか! お前がこちらに付いてくれるなら、金、名誉、女、男ならどれも欲しいだろう? 全て与えてやろう」


 鼻血を垂らし、殴られた頬を押さえながら懇願するように「わ、悪くはないだろう?」と雄一に言うが、当の雄一は俯いてブツブツと呟いていた。


「充分に悪いわっ! もう過剰に集まってどう扱っていいか困ってるわっ! ボケェ!!」


 棚上げしていた問題をパラメキ王が眼前に置いた事で雄一の怒りに火がつき、反対の頬を殴り飛ばす。


 今、雄一が欲しいモノは子供達の笑顔と愛である。そのなか取り分け、デレる気配がないレイアがデレてくれるなら、金も名誉もドブに捨てる用意があるほどである。


 そんなパラメキ王の情けない交渉に心を痛める少女がいた。ポプリである。


「お兄様、もう諦めてください。この状況を引っ繰り返す方法などありません。命を賭して繋いでくれたブロッソ将軍の想いを無駄にしないでください」


 ポプリは涙目になりながら祈るように両手を組んでパラメキ王を見つめるが、見るのも汚らわしいと言わんばかりに血が混じる唾を吐き捨てる。


「私をお兄様と呼ぶな! お前のような妹などおらん!」


 その言葉が刃になりポプリの幼い胸に突き刺さったかのように顔をクシャと顰める。


 その様子を見ていた雄一は、何をおかしい事を言い出すんだ? とばかりに首を傾げ、ポプリの後ろから小さな両肩に両手を置いて言う。


「当たり前だろう? ポプリはお前なんかの妹じゃない、ウチの子だ」


 涙目で見上げてくるポプリに雄一は笑いかける。


「ポプリ、お前は充分、義理は果たした。もうこれ以上はお前の胸を痛める必要はない」


 雄一はポプリの頭を優しく撫で、「もう泣くな」と笑いかけた後、別人のような冷たい目をしてパラメキ王を見つめる。


「つまり、お前は王として死ぬのが希望なんだな? なら、死んどけ」


 雄一が振り上げた拳にオーラのようなモノが纏う。


 それを見たパラメキ王が情けない声を上げて尻を地面に擦らせながら逃げようとする間にポプリが立ちはだかる。


「いい加減にするさ、ポプリ。そこまでしてやる義理がどこにあるさ」


 黙って見ていたホーラがついにキレて叫ぶが、雄一は静かにポプリを見つめる。


 ポプリはホーラの言葉に被り振る。


「そうじゃない。ユウイチさんが手を汚す必要はない。私が介錯します、だからお兄様、王として潔く逝かれてください」


 ポプリは、自分の胸元から綺麗な包みに仕舞われていた短刀をパラメキ王の前に置く。


 その短刀を見た雄一が目を細める。


 同じように短刀を見つめるパラメキ王は震える手を前に出して短刀を掴む。そして、ポプリを睨みつけると勢いを付けて立ち上がる。


「お前が代わりに死んでおけっ!」


 短刀をポプリに突き付けて、飛び込んでくるのを泣きそうな顔で見つめるポプリが「お兄様……」と呟くとポプリの背後に火球が生み出される。


 生み出された火球は狙い違わず、パラメキ王に直撃すると絶叫と共に炎に包まれる。


 それを嘆息して見ていた雄一が指を鳴らすとパラメキ王に水が被せられて鎮火する。


 火を消した雄一に振り返ったポプリが、「どうして……」と聞いてくるが何も答えずに虫の息のパラメキ王に死なない程度の治療をする為に回復魔法を行使する。


 答えない雄一に再び、ポプリが「どうして?」と問いかけられた雄一は振り向くと悲しげな目をして答える。


「お前が肉親殺しと後ろ指を差される必要はない。まして、こんな奴の命を背負う無駄があるほどお前の背中は大きくない。これから、もっと大事なモノを背負う為に空けておけ」


 そう言いながら近寄って行く雄一は、ポプリを包むように抱き締めて、拾ってきた短刀を見つめながら口を開く。


「こんな下らない奴の命はどうでもいい。それより、ポプリ。この短刀は何の為に持ち歩いていた?」


 雄一の腕の中で身を固くするポプリに気付いた雄一は溜息を零す。


「どんな形にしろ、終われば自分の命を断とうと考えてたんじゃないよな?」

「……私はユウイチさん達を裏切って家を出ました。敵対する事を分かっていて出て行った私は許されない事をしたんです」


 ポプリの想いを聞いた雄一は思う。


 中途半端に頭が廻るから、廻り過ぎている事に気付けてないと。


「敵対? いつしたんだ? なあ、ホーラ、ポプリと敵対してたか?」

「いや? アタイがしたのは姉妹喧嘩をしただけさ。我儘ばかり言う子とね」

「なっ!」


 絶句するポプリに雄一は問う。


「逆に聞くが、ポプリは何をしたんだ? 軍を攻撃したか? もっと言えば、この戦争で誰か殺したり、傷つけた相手はいるのか? 怪我させたのは姉妹喧嘩したホーラだけだろ?」


 口をパクパクさせるポプリは雄一を目を見開いて見つめる。


 否定できないポプリに雄一は笑みを浮かべて、目線を合わせて頭を撫でる。


「ほら、ポプリがした事と言えば、家出して家族を困らせただけだろうに? それの折檻に命を断たせるのは重過ぎると思うぞ?」


 その雄一の言葉に鼻を啜りながら、「でも……」と言ってくるが雄一は時間切れのお報せをする。


「ポプリも色々思う事もあるだろうし、言いたい事もあるだろう。だが、時間切れだ」

「僕はさっきからヒヤヒヤしぱなしでしたよ!」


 泣き事を言うテツに顔を顰めるホーラが理由を問うとテツが指を差す。


 テツに指を差された方向をホーラとポプリが目を向けると目を見開く。


「あぁ―、どうやら、さっきの魔剣破壊の余波でトドメを刺したようでな? あれが破壊されたら火の精霊獣が出てくる」


 ホーラ達は精霊獣と言われてもピンとこないようであるが、エルダ―エルフの2人が凄い驚きようだったから大変としか分からなかった。


 雄一は、簡単に説明する事にする。


「火の精霊獣は火の精霊の言う事しか聞かないんだ。それ以外の者の言う事を聞かないから力づくで動けなくする必要があるんだが、殺すと不味い。火という力が全てにおいて弱まる、それも百年単位でだ」


 ホーラとテツには分からないようであるが、火を扱う魔法使いである為か理解に至る。


「それって、冬の時代が来るという事ですか!」


 頷く雄一を見て、ポプリは頭を抱える。


 そんなポプリにホーラが「どういう事さ」と問いかけると説明をしてくれる。


「魔法の火が弱くなるのも問題ですが、何より、太陽の力が弱まります。今までなら暑かったり、暖かった時が寒い日々になる。つまり、農作物などは、ほぼ全滅です……」


 漸く理解した2人が絶句する。


 縋るように3人が雄一を見つめてくる。


「まあ、気休めじゃないが、勝つ事はできる自信はあるが、殺さずに勝てるかが問題だ」


 そう言って唸る雄一にテツが質問する。


「ユウイチさんは火の精霊神殿に行ってたんですよね? 何故、この事を知ってたのに念の為に火の精霊を連れ来なかったんですか?」


 テツは馬鹿なのに時折、核心を突いた事を聞いてくる事がある。まさにこの時がそうであり、雄一にとって突っ込まれたくなかった事である。


 バツ悪そうに頬を掻く雄一は渋々答える。


「どうやら、火の精霊が精神的に不安定な状態で近づくと精霊獣が不安になるらしく手が付けられないぐらいに暴れるらしい」

「精霊の精神が不安定になるのって簡単にできるものなんですか? 何があったんですか、アニキ?」


 今まで黙っていたリホウが聞いてくるが、簡単だ、と言えるが納得させる自信がなかった。アクアなど、いくらでも乱れまくるからと言っても色々信じて貰えない為である。


「なんというか、怖い目でも遭ったんじゃないか?」


 その一言でその場の4人は犯人は雄一であると確信した。


 雄一とて、こうなると知っていた訳ではないし、精霊獣の事も火の精霊神殿を出る時に聞かされた事だからどうしようもなかった。


 だが、知っていたとしてもおそらく結果は変わってなかっただろう。


「まあ、出てくる以上、止めるしかない。悪いがこの場は俺だけにしてくれないか? お前達が居れば、護り切る自信はあるが、間違いなく精霊獣を殺してしまう」


 雄一の言葉に頷いてみせる4人を見て、まず、ホーラとテツに指示を出す。


「ポプリが馬鹿やらないように左右を固めてナイファ陣営に連れていってくれ。万が一、ポプリが暴れても2人がいれば取り押さえられるからな?」


 それに頷く2人と、「もう、そんな馬鹿はしませんっ!」と頬を膨らませるポプリに笑ってみせる。


 行った、行った、と手を振る雄一にポプリが聞きにくそうに聞いてくる。


「あの……お兄様はどうされるのですか?」


 ポプリの視線の先で、手足を痙攣させるパラメキ王を見てから答える。


「大丈夫だ。リホウに任せるから気にせず3人で先に戻れ……ホーラ、テツ、問答無用にポプリを連れてけ」


 2人に両脇を抑えられて引きずられていくポプリに手を振りながら、隣にいるリホウに声をかける。


「リホウ、後は頼む。帰り道は危険もあるだろう。自分の命を最優先でいいからな? 何かあってもお前に不手際はない」

「へい、了解しやした」


 両目を瞑って、へっ、と笑いを洩らすリホウ。


 そのリホウがパラメキ王を担ぐのをチラッと見て背を向けると雄一はリホウに詫びる。


「すまんな。嫌な役をやらせる」

「アニキ、そんな事言わないでくださいな。俺は嬉しいんですから」


 本当に嬉しそうに声を弾ませるリホウの声を聞いて、雄一は組んでる腕に力が入り、二の腕に指が食い込む。


「アニキが言ってくれた、一緒に子供達の闇を担ってくれないか? って言ってくれた言葉があの時、限りの言葉じゃなく、本当に俺を必要としてくれてる事を感じられて本当に嬉しいんですよ」

「すま……いや、感謝する」


 思わず、謝りそうになったが、リホウがそんな事を求めてないと理解した雄一は言葉を飲みこんで感謝を告げた。


 リホウはパラメキ王を担ぎ終えると一歩進み、足を止めて魔道砲を見つめる雄一を見て口を開く。


「アニキこそ、気を付けてくださいよ?」

「ふんっ、余裕だ」


 そう言うと男2人が笑みを交わし合い、拳を打ち合わせると雄一はリホウが去って行くのを見送った。

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