第121話 涙する、それぞれの事情らしいです

 雄一を見送った、ちっちゃい4人組はアリアのところに集まる。


「アリアちゃん、人の心読めるの?」


 スゥが不思議そうに聞いてくるのをレイアが何か言おうとするがアリアが察して止める。


「うん……」


 アリアはスゥの反応を恐れてビクビクとした様子で返事を返す。


 スゥは目をキラキラさせて、アリアの手を取って「凄い、凄い」と連呼する。


 アリアとレイアはスゥの反応にびっくりしたようで固まる。


「アリア、ミュウが今、何を考えてるか、分かる?」


 真剣な顔をしながら涎が零れそうになっているミュウがアリアに問うと、キュルルゥ――というお腹が鳴る音が響き渡る。


「お肉を食べたい」

「す、凄い、アリア、ミュウの心、読んだ!」

「いや、今のはアリアじゃなくてもアタシでも分かったから」


 驚愕な顔をするミュウであるが、呆れ顔全開のレイアがミュウに突っ込みを入れる。


 突っ込まれても興奮状態のミュウは、スゥと一緒に手を取り合って、いつもの即興のダンスで今日は、『凄い、凄いダンス』を踊り出す。


 そんな2人を不安そうに見つめるアリアは、おそるおそるに質問する。


「心を読む、私が怖くない?」


 踊ってた2人が、アリアの言葉に反応して、一旦、アリアを見た後、ミュウとスゥが顔を見合わせるが、すぐに笑顔でアリアに話し出す。


「アリア、怖くない。ミュウ、友達」

「スゥも怖くないの。だって……アリアちゃんはスゥの大事なお友達、なの」


 ミュウは、ガゥガゥと胸を張る様にして力強く言い、スゥはモジモジとして頬を染めながら伺うようにして言ってくる。


 アリアはそう言ってくれる2人を抱き締めて、「ありがとう」と消え入りそうな声で嬉しさから溢れる涙を目尻に溜める。


 そんなアリアを嬉しそうに見つめるレイアは2人にお願いする。


「2人共、アリアが心を読めるって誰にも言わないで欲しいんだ。アリアがアイツにすら今、初めて教えたぐらいで、あんまり知られたくないんだ」


 レイアの言葉に2人は快く頷く。


 頷くスゥにレイアは、


「神に誓って?」

「神に誓ってなの!」


 スゥは力強く頷き、レイアはミュウに顔を向けて、


「お肉を御馳走してくれるって言っても言わない?」

「……頑張る」


 挙動不審になりながら、捻りだすように言うミュウを見て、3人は笑みを弾けさせる。


 それに不貞腐れたような顔をするミュウにスゥが言う。


「遊んでたら、もうお昼にとっくになってたの。ご飯食べに行こう?」


 その言葉に反応して「ご飯っ!」と不貞腐れた顔から幸せ一杯の顔になる。


 それを見たスゥは嬉しそうに笑うとミュウに手を取られて、中庭から城へと走り出す。


 それを見ていたアリアにレイアが安堵の溜息を洩らしアリアの背中を叩く。


「良かったな、アリア」

「うんっ!」


 アリアとレイアも笑顔を弾かせる。


 着いてこない2人に気付いたミュウとスゥが大きな声で「ご飯っ!!」と叫ぶのを聞いて、声を上げて笑い、アリアとレイアも手を繋いで走り出した。





 場所はパラメキ国の城の中庭では、戦争前の英気を養うのが目的の野外パーティが行われていた。


 リオ王の下へは人が列を成して、今回の戦争の意気込みを語ったり、まだ身を固めてない王へどの枠でも良いので自分の娘をねじ込もうとする貴族達で賑わっていた。


 それ以外の者達も領土拡大を夢見て、これからも栄えていくパラメキ国への賛辞と未来を祝って乾杯して楽しそうにするなか、それを感情が籠ってない瞳で見つめる者がいた、ポプリである。


 ポプリはまさに壁の花と言わんばかりに壁に凭れるようにして、楽しそうにする人達を遠い人を見るような目をして見つめる。


 気を抜くと誰かを探す自分に苛立つように唇を噛み締める。


 そうするポプリに声をかける者が現れる。


「3年ぶりに帰ってきた王女様に誰も挨拶にきてくれねぇ―のか?」


 ポプリは、そちらに目を向けると長い緑髪のボサボサ頭少年が肉盛り沢山といった盛り方をした皿を持って横にいた。


「確か、貴方はセシル?」


 適当に頷いたセシルはポプリに並ぶように壁に凭れ、皿にある肉を食べながら話し始める。


「第5王女、ポプリ。早くても魔力の目覚めが5~6歳と言われているところを3歳で発現を確認。記録を大幅に更新した魔力の寵児。早かったのは発現だけでなく、自分の魔力をコントロールをし、一流の魔法使いに力押しで勝ったのが6歳の誕生日を迎える前にしでかした天才児」


 そう話ながらも興味なさそうに肉を貪るセシル。


 その興味なさそうなセシルに嘆息するとポプリは呆れも隠さずに言う。


「興味もなさそうに言う割によく調べてるのですね。これでもレディなので嘘でも多少は興味ある素振りはできませんか?」

「今更、そんな事を気にするのかよぉ? その力押しで勝つまではその才能と生まれから引く手あまたの婚約を求める声がお前の周りにあった。だが、それがキッカケに一斉に掌を返したかのようにピタリと止んだ」


 今度は違う意味、嫌味でなく良く調べてるほうでびっくりして呆れる。


 だが、セシルの役どころを思い出したポプリは、「そういえば、それが貴方の仕事でしたわね」と言うと肩を竦められる。


「まあぁ、情けねぇ―話だがよ。この国では出来過ぎる女は敬遠される。お前さんは、王家の繋がりの重りを加味しても秤が傾かせる事が出来ない程だったのが不幸だったよなぁ?」





 それまで、ポプリを花よ蝶よと褒め称えていた者達が一斉に掌を返されて、ショックの為、目の前が真っ暗になったあの頃を思い出すが、既に諦められているからショックが顔に出る事はない。


 だが、当時のポプリはショックで最後の砦とばかりに自分の家族に救いを求めた。


 ポプリは兄弟の中では女では一番下だったので、まずは姉達に救いを求めた。


 3,4番目の姉は教育係など達が毎回、姉が会えない理由を作って会わせてくれなかった。


 最後のほうだと、いるのが扉の隙間から見えていたり、声がしても外出中と適当な言い訳になった。


 1,2番目の姉は公務や婚約者達との関係が大詰めになってきていたので遠慮していたが、3,4番目の姉がアテにならない以上、迷惑覚悟で、2人が揃って公務に出かけるスケジュールを調べて、会いに行った。


 すると、ポプリを見た姉達は恐怖に歪んだ顔をして「来ないで、化け物」と言われて踵を返して逃げられた。


 薄々は気付いていたが、これが家族達の本音だと理解した。


 もう誰からも愛されてない、そう、はっきりと認識した幼いポプリは、せめて、戦力として有望だという思いから優しくしてくれるかもしれないと最後の望みを長男のリオ、現王、父が病気で伏せているから代理で指揮を取る兄であれば、自分の価値を考えて、仮初であっても親愛の情を見せてくれると信じた。


 最後の望みで信じたポプリに投げかけられた言葉は残酷であった。


「用ができたら、こちらから呼ぶから部屋でおとなしくしてなさい」


 誰から見ても隠す気がない作り笑いで言われる。


 それからしばらく本当に部屋に籠り、心を閉ざしたかのように生きてる抜け殻のような生活をしていると王、父の危篤の知らせで末席ではあるがポプリも呼ばれる。


 もう長くないと分かった王は自分の子供達に一言ずつ、言葉を伝えていった。


 リオには王として後を任せると、それぞれに伝えていくと最後にポプリの番になった時、ポプリの顔を見つめて苦しそうな顔をした王が捻り出すように言う。


「お前など、産ませるんじゃなかった」


 そう言われた瞬間、ポプリの中で本当の最後の壁が崩れる音を聞いた。


 王もそれから3日後に息を引き取り、盛大な葬式が行われた。


 それから一夜明け、王の崩御を悲しむ人々のなか、ポプリは城を後にした。


 皮肉のようにその日は、ポプリの誕生日であった。





「まあ、そんな感じで城を出たお前がなんで今更って思ってる貴族が多いって話だぁ」


 ポプリは、思い出に浸ってると思っていたが聞き流し気味に聞いていたセシルの言葉から思い出してようだと気付く。


「それが、何?」

「今まで、捜索をしようとも思ってなかった家族が、戦争が始まるから仕方なしにお前に宛てた手紙を見て受け入れてくれると夢を見たのかよぉ? って聞いてるんだ」


 セシルから目を反らし、悔しげにする。


「お前ってゴードンの廃薬工場で俺とやったヤツだよな?」


 突然の切り返しに少し動揺したポプリだったが、「だったら、どうしたの?」と返事を返す。


 肩を竦めるセシルは、どうでもいい事だと前振りして言う。


「あん時のお前のほうが良い目してたぜ? 今みたいに死んでなかった。こっちに来なかったほうが良かったんじゃねぇ―か?」


 口の端を上げるセシルは、「俺としてもお前ぐらいの使い手が敵のほうが楽しい」と笑う。


 そう言うと皿にあったものを平らげたセシルは壁から離れようとしたところで思い出したかのように振り返る。


「いけねぇ、いけねぇ。お前に話しかけた本命を忘れるとこだった。あの時いたアルビノのエルフの坊やの名前を聞きたかったんだ」

「テツよ、テツ君の名前を知ってどうするの?」


 訝しく見つめるポプリに楽しそうな笑みを浮かべるセシルから威圧が漏れる。


「年の近い奴、いや、ウチのオッサンを除いて歯応えを感じる久しぶりの相手だったから知りたかったって話さぁ」

「そんな上からのセリフを言ってると足元掬われるわよ。あの時のテツ君が全てだと思わないほうがいい」


 セシルは嬉しそうに肩を竦める。


「そうだな、お互い後悔ないようにしようやぁ」


 そう言うと後ろ手でポプリに手を振るとセシルはパーティ会場へと戻っていった。



 それを見送ったポプリは壁から離れ、城の中を歩く。


 誰もいない廊下を拳を握りつつ歩きながら呟く。


「もう、とっくに後悔してるわよっ、でも、もう戻れる訳がない……」


 浮かぶ涙を指で拭ってくれたり、肩を貸してくれる大男はここにはいない。


 ポプリは自分の取った行動の浅はかさに、ただ、ただ、涙した。

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