第120話 次から次へとらしいです

 雄一はホーラから受け取った手紙を一読するとホーラに手紙を返す。


 そして、処理中だった書類を手に取り、仕事に戻るのを見たホーラがキレる。


「どうして何も言わないさ! ポプリの事はどうでもいいって言う気?」


 雄一が手に取っていた書類を取り上げると鼻同士が当たるぐらいの距離からホーラは睨む。


 睨むホーラから雄一は目を反らさずに答える。


「ポプリは本気だ。本気で挑む気と同時にこちらに本気で相手して欲しいと思っている。なら、こちらはこちらで本気で対応する以外に何がある? 本気には本気で対応するのが礼儀だ」


 いつもの暖かい視線を送る雄一ではなく、厳しさを感じさせる瞳に見つめ返されるだけで心が弱くなるのがホーラは気付き、気合いを入れて言い返す。


「なら、ポプリを殺せって? ふざけるなっ!」

「ふざけるな? ふざけてるのはホーラの方だろう?」


 雄一は、力みもないが表情も浮かばない顔でホーラの瞳を覗き込む。


「お前はこの手紙を持ってくる前から、どうするか自分の中で答えを既に用意してる。それなのに自分の考えに自信がなく、誰かの意見が欲しくて来たんだろう? ポプリの前に出た時、ポプリの本気に気合負けして、なし崩しに戦ってしまいそうな自分の覚悟のなさを誤魔化すな」


 ホーラは、雄一に静かに見つめられてるだけなのに何かに押されるように雄一から離れ、呼吸を荒くする。


 テツは、雄一とホーラとを視線を行ったり来たりさせながらオロオロとする。


「手紙を放置しておけなかったし……ポプリの事を一番良く理解してるユウに……」

「ホーラ、自分でも無理があると思う言葉を吐くな。手紙は今、一緒に来てるテツに持って行かせる事もできた。一番良く理解している? それこそ、ふざけるな、だろ? ポプリの事を一番良く理解できるのは一番の友達でポプリが家に来てからいつも一緒だったホーラ、お前だろうが」


 ついに雄一の顔を見るのもできなくなり、視線を足元に逃がすホーラ。


 雄一は椅子から立ち上がり、ホーラの横に来ると手を肩に置く。


「ホーラなら手紙をテツに預けて、ポプリがまだ近くにいるかもと、ここに来る前に捜しに行く事も考えたはずだ。だが、お前はそれをしなかった」


 雄一の言葉にホーラは僅かに肩を揺らす。


 触っていた雄一に誤魔化す事は無理な相談であったが、何事もなかったかのように話を続ける。


「運良く間に合い、ポプリに追い付いた時にホーラ、お前はポプリの本気に自分の想いが届かない事を恐れたんだ」


 ホーラは雄一に自分の心の中を見透かされて、悔しいのか、悲しいのかも分からずに涙を流す。


 そんなホーラを雄一はしゃがみ込み、左手で優しく抱き締めて、空いてる右手で頭を抱いて肩を貸してやる。


「ホーラ、周りの都合なんか考えるな。お前がどうしたいかが全てだ。それがただの子供の我儘だと、みんなが罵ろうが構うな。後先、考えずにお前の我儘をポプリにぶつけてアイツの本気を越えてみせろ」

「でも、そんな事したら……」


 誰かに迷惑をかける事を恐れるホーラは、縋るような顔をして雄一を見てくる。


 そのホーラに雄一は笑みを浮かべて優しく頭を撫でてやる。


「大丈夫だ。ホーラの我儘で生まれるマイナスだろうが亀裂だろうが、そんなのは俺が全部、帳尻を合わせてやる、絶対にだ。分かるか? これが本気と言う事だ」


 雄一は、「後の事は俺に任せろ」と力強く伝える。


 ホーラは、雄一に頷いてみせると涙を拭いながら、そっと雄一から離れる。


「少し、時間が欲しいさ」

「ああ、思う存分、悩むといい。無理して今日ある会議に出なくていいからな」


 雄一の言葉に頷いて見せたホーラは部屋から出ていく。


 そして、雄一は終始黙っていたテツに顔を向けて苦笑いを浮かべる。


「テツも納得できないか? 今の話を」

「いえ、概ね、僕もユウイチさんと同じ意見です。若干、キツイ言い方だな、とは思いますが」


 テツも同じように苦笑いを浮かべて、雄一と顔を見合わせる。


「本気で挑まず、自分の答えから目を背けた結果を身を持って体験してますから……」


 テツが、ティファーニアの一件のベルグノートの時の事を言ってると雄一には理解できた。


 この王都で以前、行われた大会のエントリー話が出た頃、テツは初恋に浮かれて、たいして覚悟もせずに気軽にヒーロー気分に浸り、不覚を取り、ティファーニアだけに収まらず、子供達もあわやという事態に追い込まれた。


 あそこで雄一が現れなかったら、全ての命が失われ、ティファーニアの尊い想いすらも穢されてしまったかもしれなかったのだ。


 だから、テツは間違わない、覚悟を決める意味と貫く覚悟の本気を知っているから。


「テツはどうするか、決まってるか?」

「はい、僕は不器用で馬鹿ですから、真正面からぶつかって、力尽くでも連れ戻します」


 雄一は、テツの答えを聞いて声を上げて笑う。


 笑われたテツは目を白黒させて、変な事を言ったのかと困った顔を見せるその姿が更に雄一を笑わせる。


「どうして、そんなに笑うんですか?」

「いやな、テツとホーラは過程こそ違えど、行き着く先は同じ解答で落ち着くんだな、と思ってな」


 テツは雄一が何を言いたいか、さっぱり理解できずに首を傾げる。


 雄一は、更に笑いそうになるのを必死に耐えるとテツに出て行けと手を振り、先程、読んでいた書類を手にする。


 首を傾げたままのテツは、必死に頭を捻りながら出ていく。


 テツが締めたドアを見つめながら雄一は呟く。


「本当の血の繋がった姉弟かと思えるぐらいにそっくりな2人だ」


 口の端を上げるだけで笑うのを堪えた雄一は、まだ処理しないといけない案件が一杯の書類を捌き始めた。




 昼過ぎにある一室を利用して会議が行われた。


 出席者は、女王、その補佐としてゼクス、元副団長だったものが、団長がゴードンに着いていった為、団長を務めている。その団長のお付きの者2人と雄一とリホウ、テツ、ホーラ、そして、エルフ側から、ロゼアとカシアがやってきていた。


 雄一は、だいぶすっきりした顔をするホーラを見て、表情に出さないで安堵する。


 2人のエルフの話だとミラーはエイビスのほうに顔を出してるらしい。


 この場に居ても頭が痛い事になりそうな気がするが、凄まじく混ぜたら危険な2人が会ってると思うと胃が痛くなる思いに雄一は襲われる。


 雄一は、ロゼアとカシアと直接、顔を合わせるのは初めてだったので2人に近寄り、挨拶をしに行く。


「初めまして、私は雄一と言います。今回の事、こちらの事情をご理解頂き有難うございます」

「こちらは温情をかけた訳じゃない。女王からしっかりとした対応の話に応じただけだ」


 ロゼアは髭を撫でながら、フンッと鼻を鳴らして顔を背ける。


 女王は、今回の件が済み次第、ゴードンに囚われた人の行方を全力で捜す事を約束し、今後、このような事がないように徹底は勿論、人身販売などの厳罰化を図る事を約束した。


 後、慰謝料的なモノも何やら約束したらしいが、その辺りは雄一はノータッチである。


「ロゼア、そんな形式ばった言い方をこのお兄さんに言わなくてもいいと思うよ? そんな腹芸が必要な人じゃないし、この人は正しく言えば、義勇軍だから建前で話す必要ないよ」


 金髪で空色の瞳をする幼女、カシアがロゼアに駄目だしする。


 ロゼアは、それにバツ悪そうにする姿は幼女にやり込められる大人を見てるようで苦笑が漏れそうになる。


 そんなカシアを見つめていると誰かさんと被って見える事に気付く。


 耳さえ誤魔化せれば、あのアホ毛の妹と言われても誰も疑わないレベルである。


 勿論、そんな訳はないし、アイツのように駄目じゃないようだが、雄一の直感がミラーとアイツを混ぜて2で割ったような奴だと本能が訴えていた。


 見つめられている事に気付いたカシアが、「どうしたの? お兄さん」と首を傾げてくるが、雄一は、何でもないと首を振る。


 そんな雄一をグルッと見て廻り始めたカシアが楽しそうに言ってくる。


「へぇ、人間にも、お兄さんみたいな人いるんだね! ミラーが気に入るはずだよ。うん、決めた! 今回の事が落ち着いたら、お兄さんの所に遊びに行くね?」

「お、おう、歓迎するぞ」


 危険な香りがするが、流れ的に拒否しづらいタイミングで言われ、半ば強制的に頷かされる。


 カシアは、「やった―」と嬉しそうな幼女のように飛び跳ねるが、瞳の新しい玩具を見つけたといった怪しい輝きを見た時、自分の直感は正しく、こいつは間違いなくミラーの関係者だと肌で感じた。


 目を上にあげると何故かロゼアが雄一を労わるような目を向けていた。理由は理解したくなかったので見なかった事にした雄一であった。



 雄一の挨拶が一段落着いたと見た団長が、「始めさせて頂いて宜しいでしょうか?」と言ってくるので頷いてみせる。


 団長は長テーブルに地図を広げる。


 どうやら、ナイファ国とパラメキ国の国境沿いの地図のようである。


「最初にこちらの戦力について触れたいと思います。ナイファ国1万、エルフ軍3万になります。そして、これは概算ではありますが、パラメキ国8万という報告を受けてます。いくらエルフ軍が優秀とはいえ、この倍の数は驚異です。そこで……」


 団長は地図の大きな川があり、峡谷で道が狭くなる場所の大きな橋を指差す。


「ここで陣を張って待ち構えようと思っております。ここを越えられると乱戦になりますので我らに勝機はなくなります」


 地図を見る限り、ナイファ側は若干場所が広く、待ち構えるとしては有利である。


 それに団長が言うように、ここを抜けられたら人数も少なく、エルフも強いとは言っても肉弾戦向きではない。勝敗は明らかであった。


 正攻法だが、これしかないとその場の者達が考え出した時、女王の隣から聞き覚えがない男の声がする。


「失礼する」


 突然、聞こえてた声に女王は驚き、ゼクスを抱き締めてその場を離れる。団長達が腰にあった剣を抜こうとするが男の姿を確認した雄一が制止する。


「慌てるな! それは実体じゃない。何もできん」


 雄一の言葉にびっくりしたような顔をした一同が突然現れた剃髪の男を見つめて体が透けている事に気付く。


 冷静に判断した雄一を見つめると薄く笑う。


「お前が雄一か? 自己紹介をしよう。私は、アグートの加護を受けし者、ホーエンと言う。お前と同じと言えば分かるか?」

「アグート? 確か、火の精霊だったな。それで何の用だ、こちらはお前らと違って暇じゃないんだが」


 雄一は、睨みつけながら目で消えろと言っていたが、何事もないような顔をしてホーエンは返事を返す。


「たいした事じゃない。アグートと私がお前を火の精霊の神殿に招待にきただけだ」

「どうやら、お前は人の話を聞かない奴らしいな、もう1度だけ言うぞ? お前らと違って暇じゃない」


 雄一の言葉に肩を竦めるホーエンは、なんてことない顔をして言う。


「私は、いくらでも待てるがアグートが待てないようでな。きっとこれで暇潰しをするだろうが私が止めても無理だろうな」


 そう言うとホーエンは指を鳴らすような仕草をすると壁に映像が映し出される。


 それを見た雄一だけではなく、その場にいたテツとホーラも目を剥く。


 そこに写されていたのは、北川家の建物と広場の真ん中で身を寄せ合うシホーヌ達の姿であった。


「おい、クソ野郎。家の廻りの景色がおかしいのはお前がそう見せているのか?」

「いや、そのままの映像だ。あれは火の精霊の神殿の傍の景色だ。転移装置というもので引き寄せたんだが、結界も一緒に運んだようで、それを壊す遊びを始めるだろうな」


 舌打ちする雄一に笑みを浮かべるホーエンはご丁寧にお辞儀をして歓迎の意を示す。


「私はいつまでも待っているが、手遅れになる前に来る事を勧める」


 その言葉と共に霞のように消える。


 雄一は、我慢できずに、「クソッ、火の精霊の神殿火の精霊の神殿はどこだ」と吐き出すように言うとロゼアが地図のある1点を指を差す。


「ここだ。馬車で往復4日といったところか」

「まるで狙ったみたいなタイミングで!」


 悔しげにする雄一にロゼアが、「狙ったのだろうな」と言ってくる。


「確か、今代の火の精霊の一番の信者がパラメキ国の王だったはずだ」


 そう言う事か、と葛藤する雄一はどうするべきか悩む。


 これから始まるというところで自分が抜けるのは不味い。


 だが、別の者が行ったとして対抗できる者もいず、自分しか戦える者はいない。


 そう葛藤する雄一に声を上げる者が現れる。


 テツである。


「ユウイチさん行ってきてください。それまで僕達が頑張って戦線を維持します」

「絶対に持たせてみせるさ」


 ホーラもテツに追従するように力強く頷いてみせる。


 そんな逞しい事を言ってくれる2人に感動する雄一に困ったような顔をして頭を掻くリホウが言ってくる。


「あの2人がそこまで言ってるのに俺がケツを捲れませんね。アニキが帰ってくるまで頑張らせて貰いますよ」


 廻りを見渡すの皆が頷いているのに胸を熱くする。


「すまない、その気持ちに甘えさせてくれ。きっと帰ってくる!」


 雄一は善は急げとばかりに部屋を飛び出した。





 雄一は、馬車を求めて部屋を出るが巴を部屋に置いている事を思い出して、雄一に充てられた部屋に戻り、巴を手に取る。


 そして、巴を握る指が白くなっているのに気付き、冷静に自分を見つめて緊張している事を知る。


 これから挑むホーエンが自分と同じでギフトを得ていて、今までのようにいかない。


 もし、ホーエンに勝てなかったら? と一瞬、心が弱くなりそうになるが被り振る。


 自分で戒めてホーラやテツ達に口だけじゃない自分を示し続けると決めた事を嘘にしない為に……勝ってみせると覚悟を決めると部屋を後にした。







 馬車がある厩舎を目指して中庭を突っ切ろうとしたところでアリア達と鉢合わせする。


「どうしたの? ユウさん」


 アリアが声をかけてくる。


 本当なら時間が惜しいからすぐに行きたいが耐えると「何でもないよ?」と笑みを返す。


 アリアは雄一をジッと見つめると呟くように言う。


「ユウさん嘘吐いてる」


 雄一は慌てて否定しようとするが、悲しそうな顔をしたアリアが先に口を開く。


「ユウさん、今まで黙ってて、ごめんなさい。私は人の心が読める。今はシホーヌのおかげで色でしか分からないけど、ユウさん、今、とても焦って怒ってる。多分、遠い所に行かないといけないのかな?」


 雄一はアリアの告白を受けて、思ったよりビックリしてない事に気付く。


 落ち着いて考えれば、口が利けなかった頃のアリアと妙に意思疎通ができてると疑問に思った事もあったからである。


「そうか、謝らなくてもいい、心が読めても読めなくてもアリアはアリアだからな。なら隠してもしょうがないな、ああ、遠い所に行かないといけないから時間が惜しいんだ」


 雄一は心配そうに見つめるレイア、ミュウ、スゥを見つめて微笑む。


 最後にアリアに笑いかけようとした時、アリアは頭の上のクロを雄一に差し出すように掌に載せてみせる。


「クロ、お父さんに良い所を見せるチャンス。頑張って」


 クロは、元気良くピィ――――!と鳴くと光に包まれる。


 光が収まった場所に羽根を広げたら5mはあろうかという黒鳥がそこにいた。


「お前、クロか?」


 嬉しそうにピィ――と鳴き、雄一に頭を擦りつける。


 アリアはニッコリと微笑んで雄一に言う。


「クロがユウさんを運んでくれる。きっと早く着ける」


 家の子を信じて、と言いたげな瞳に笑みが浮かぶ。


 そのアリアの笑みに笑みで返すとクロの背に飛び乗る。


「じゃあ、行ってくる。いい子にしてるんだぞ!」


 雄一はそう言うとクロの背中を撫でると飛ぶ指示を出す。


 クロは大きな翼を広げると羽ばたきを始めて、空へと飛び上がる。


「超特急で頼むっ!」


 雄一の言葉に反応したクロは、雄一が指差す方向へと高速で飛び始めた。

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