5章 DT、本気みせます!
第118話 救えた者と救えなかった者のようです
ゴードン達を取り逃がして5日後の夜、雄一は、城で借りている一室でリホウが先程持ってきた報告書を読んでいた。
パラメキ国はゴードン達の要請を受けたという建前でこちらの言い分を聞かずに宣戦布告をしてきた。
まあ、そうするだろうというのは誰でも分かっていた事ではあるが、やっぱりそうだったかと思うと茶番だと愚痴の一つも言いたくもなる。
ゴードン達は手元にないモノでどれだけ支払うと約束させられたのだろうと多少の興味は覚えたが、それは夢想だけで終わらせる事なので、どうでもいい事だと興味を失くしてパラメキ国の宣戦布告についての調査書を机に放り投げる。
次にこちらの戦力とパラメキ国の戦力の調査報告書を手に取ったところで、ドアを遠慮がちにノックするのに気付いた雄一は、「どうぞ」と入室を許可する。
そして、入ってきた人物を見て、少し驚いた顔をした雄一は後ろの窓から見える月の位置からだいたいの時間を把握する。
「ポプリ、どうしたんだ、こんな時間に?」
雄一は、「もう寝てると思っていた」と笑いながら、席を立つとポプリの前にやってくる。
ポプリは、入ってきてから終始、足下ばかり見ていて雄一を見ないので雄一がしゃがみ込む事で視線を合わせる。
「なぁ、ポプリ。丁度、お茶でも飲んで休憩しようかと思ってたんだ。せっかく来たんだから付き合ってくれないか?」
そう言うとソファに座るのを勧めて、ポプリが座るのを見た雄一は水魔法で熱湯を作り、部屋に持ち込んでいたコーヒーと紅茶セットで、コーヒーと紅茶を作る。
ポプリの前に紅茶と砂糖を置くと雄一は対面のソファに座り、黙ってコーヒーを飲み始める。
しばらく、ポプリは紅茶を見つめ続け、雄一が目を瞑りながら、時折、コーヒーに口をつけるだけといった、静かな時間が過ぎる。
その静かな時間に耐えれなくなったのはポプリであった。
「どうして、ユウイチさんは、私に何も聞かないんですか? 今、物凄く忙しくて時間が惜しいというのは私も知ってます。イライラしたり、怒鳴って、私に用件を早く言え、と怒鳴っても誰からも後ろ指を指されるような事じゃないんですよ?」
ついに顔を上げて雄一を見たポプリを片目だけ開けた雄一が再び、コーヒーに口をつけると笑いかける。
「戦争や国の一大事よりもポプリとの時間のほうが大事だからだ。まして、こんな時間にわざわざ俺を頼って訪ねてきてくれてるんだ。いくらでも待つさ、ポプリが話す覚悟ができるまで、な? 俺達は家族なんだから」
雄一の微笑みが直視できなくなったポプリは、下唇を噛み締めて、再び、顔を下に向ける。
また、しばらく沈黙の時間が過ぎるとポプリがポツリ、ポツリと言葉を洩らすように言ってくる。
「もし……もしです。私がユウイチさんの敵に廻ったらどうしますか?」
ポプリの言葉を聞いた雄一は、ふむ、と頷くとコーヒーをテーブルに置いて、立ち上がるとソファに座るポプリの前にやってくると迷いもない動きでコワレモノを触るように優しく抱き締める。
「こうする」
楽しげにする雄一の言葉にか、抱き締められた事にか、判別が難しいが顔を真っ赤にしたポプリが手足をバタバタさせる。
「なっ、何を言ってるんです、いえ、何をするんですかっ! 敵に廻ってるんですから、この状態からでも攻撃するに決まってますっ!」
雄一は、自分の頬に触れるポプリの頬が熱くなってるのに苦笑しながら追い打ちをかける。
「むっ、そうか、だったら俺はこう切り返す」
更に優しく力を込めて抱き締める。
ポプリはテンパリ過ぎて人語を超えた言葉を話し出すのを聞いて、雄一は笑いながら伝える。
「なぁ、ポプリが何かを抱えて生きてるのは初めから分かってた。勿論、それが何かは知らないがな」
雄一の言葉を聞いて、急に静かになりジッと耳を傾けてるのが顔を見なくても分かった。
「俺はポプリが話したいと思うまで、それを知ろうとは思わない。俺はこうやってお前を受け止めてみせる。きっと、テツやホーラもやり方は違えど、同じように受け止めようとするさ」
ポプリが、雄一の名を呼ぶと顔を肩に埋めるようにする。
そんなポプリの頭を撫でながら、雄一は独白のような言葉を紡ぐ。
「それでも実力行使をポプリが止めないなら、叩き伏せて、その場で尻叩きしてやるよ」
ポプリは、雄一の胸に両手を着いて突っ張るようにして離れる。
離れたポプリの顔だけに収まらず、耳、首まで真っ赤にしていた。
雄一は、「パンツを下ろして直に叩くから痛いぞぉ?」と意地悪そうな笑みを見せる。
ニヤつく雄一に「えっちぃ!」と言うと逃げるように扉の所に行き、ノブを掴んだ状態で止まると顔だけをこちらに向けてくる。
「それでも、止まらなかったら、私を……」
ポプリは涙を頬に伝わせる。伝った涙が月明かりに照らされて少女を美しくする。
雄一は、ニッコリと笑いながら、あっさりと言葉を吐き出す。
「絶対に嫌だ。俺は何があろうと家族を見捨てない。その手を掴んで見せる。俺は、テツ、ホーラ、そして、ポプリ、お前にもそう教えてきたつもりだぞ?」
ポプリは瞳に涙を溜めると両手を前で組み、勢い良く頭を下げると涙を置いていくように雄一がいる部屋から走り去った。
雄一はポプリが去った扉を見つめて溜息を吐くと、ポプリが出ていった扉とは違う、隣の部屋に続く扉に目を向ける。
「さて、いつまで扉に張り付いているつもりだ? いい加減、入ってきたらどうだ?」
そう呼び掛けるが、少し沈黙の後、音もなく扉が開き、美しいエルフのメイドが入ってくる。
素晴らしい胸の大きさをしており、歩く度に揺れる様は動く者を追いかける猫のように男は追ってしまうであろう。
普段の雄一なら、目で追ったり、口説こうとするだろうが、今は何を考えているか読めない顔をしてジッと瞳を見つめていた。
「申し訳ありません。何やら込み入ったお話をされてたようで、入室の許可を貰うタイミングを失してしまいました」
雄一は肩を竦めて、「じゃ、それは悪かったな」と適当に謝るとそれ以外の事を聞く事にした。
「なら、ポプリが来る前から張り付いていた理由は聞いていいか?」
その事を聞かれた瞬間、エルフのメイドは顔を強張らせる。
雄一はそれに気付いてないような顔をして、矢継ぎ早に質問を続ける。
「最近のメイドは気配を殺すのが必須スキルになってるのか? そして、そのエプロンドレスに忍ばせている短剣は今の流行りか?」
メイドは舌打ちするとメイド服の胸倉を掴み、引っ張るとあっさりと脱衣を済ませる。
豊かな胸を躍らせるように宙を飛ぶエルフの女性の体は刃物による切り傷と分かる傷痕が至る所にあった。
それでも、雄一はその姿が美しいと素直に思えた。
一糸まとわぬ格好になったエルフの女性は短剣片手に雄一に飛びかかってくる。
雄一は冷静に短剣を親指と人差し指で抓む事でエルフの攻撃を止める。
エルフは雄一の異常な方法であっさりと武器を封じられて、ビックリし過ぎて思わず短剣を手放す。
短剣を後ろに放り投げた雄一は、仮眠用に用意していた毛布をエルフの女性に巻きつけるようにして素肌を隠す。
「いつまでも晒されてると俺には刺激が強過ぎる」
「貴方の弱点は女子供に甘い以外、見つけられなかったから裸を晒して攻撃したけど、傷だらけの女の体では油断して貰えなかったようね」
そこで初めてびっくりしたような顔をする雄一にエルフの女性は眉を顰める。
「そんな事、気にならないぐらいに綺麗だったぞ?」
「なっ、何を」
雄一の言葉に絶句するように目を見開いて雄一を見つめてくる。
絶句するエルフの女性を見つめて、「女はやっぱりそういうのが気になるんだろうな……」と呟く雄一は、毛布で拘束されるようにしているエルフの女性に指を突き付ける。
すると、エルフの女性ごと飲み込むように水で首から下を覆う。はたから見てるとスライムに捕食されているように見えて思わず雄一は笑ってしまう。
「何をするのっ!」
「悪いな、質問するのは俺のほうだ。まずは、お前さんはゴードンに雇われたモンだな? 目的は俺の暗殺。できなくても、俺にエルフへの不信感を煽れればいい、と見てるが、間違ってるなら否定してくれ」
どうでも良さそうな顔をする雄一から目を反らすエルフの女性は、嘆息を吐くと投げやりに言ってくる。
「そこまで分かってて、私が答える事があるの?」
「まあ、俺も正直、この辺りの理由が正解だろうが間違いであろうがどうでもいいんだが、本命は、君がゴードンの仕事を受けている理由のほうが知りたい。金が目的ではないのは分かるつもりだ。入ってきた時からずっと気になってたんだ、その悲しげな瞳がな」
エルフの女性は、固く口を閉ざし、何も話さないとばかりに目を瞑る。
雄一は頭をガリガリと掻いて困った顔をする。
「俺はやっぱり女の子を口説く才能ないな、おい、リホウ! お前なら聞き出せないか?」
「うわぁ、細心の注意を払って気配消してたのに、気付かれてた」
エルフの女性が入ってきた扉からヒョコッと苦笑いした顔を覗かせるリホウに、雄一の隣にいるエルフの女性を指差して、「ドアに張り付いているのを後ろから、ずっと見てたんだろ?」と呆れたように言う。
リホウは、「アニキには敵いません」と言いながら、中に入ってきて、やっとエルフの女性の場所からでもリホウが確認できて目を見開いて固まる。
「お久しぶりです。もうできれば会いたくはなかったですがね」
そう言いつつ、リホウは雄一の隣に来る。
「知り合いだったのか?」
「いえ、ダンガで俺が見逃したという相手です」
雄一は、リホウがあの警告を与えて逃がした相手である事を思い出す。
「それはそうとアニキのご要望に応えたいのはヤマヤマなんですが、この子はかなり口が固いでしょうから、割らせる気なら殺す気で拷問しなくちゃ駄目ですぜ?」
「そこまでして聞く必要はないが、どうしても話してくれる気はないか?」
雄一はエルフの女性に問うが、頑として話す気がないとばかりに口を真一文字にし顔を背ける。
リホウが仲介人になるように話しかける。
「心配しなくても、アニキは男には容赦ないとは言っても子供には激甘ですから、弟さんの心配は要りませんよ?」
そう言うリホウに首がもげるんじゃないかという勢いで顔を向けるエルフの女性。
「なんで、貴方が弟の事を知ってるのっ!」
「あっ、それが理由なんですか? ゴードンの言う事を聞いてるのは? 何故って前に言ったでしょ?『特にアンタのような事情を抱える相手ならね』、なるほどねぇ、つまり、あれがこう繋がる訳ですか」
1人で納得するリホウに雄一は説明を求める。
雄一の言葉に頷くと止めるエルフの女性を無視して話し始める。
「死にそうになっている弟がいるんですが、その為に彼女は高額な薬を買わざる得ない状況に追い込まれているようなんですよ」
リホウの言葉を聞きながらエルフの女性を見つめる。
エルフの女性は、項垂れるようにして歯を食い縛っている。
「で、俺はその医者の事を調べてるところだったんですが、他の緊急の用件が重なったので途中になったんですが、どうやら、その医者とゴードンが繋がるようですね。大方、弟さんの病気の進行を抑える薬を作れる医者の紹介とその代金の為に働いてたんじゃないんですか?」
エルフの女性が、「違うっ!」と否定してくる言葉に被せるようにリホウが言う。
「アンタが薬だと信じてた物が薬ではなく、逆に体を蝕むモノだったとしても庇いますか?」
リホウを凝視しながら口をパクパクさせて声が出ないエルフの女性を見つめながら雄一が問うと説明を始める。
「彼女が受け取っていた薬は一種の廃薬です。一時的に痛みを消すので良くなってるように見えますが、誤魔化しているだけで体は衰弱していきますし、その薬がないと痛みと禁断症状に襲われるという性質の悪い薬です」
聞いていた雄一は、麻酔薬の間違った使い方のようなものかと理解する。
首から上しか動かないのがもどかしそうにしてエルフの女性は必死にリホウに問う。
「その話は本当なのっ!」
その言葉に頷くリホウに雄一は、その弟が居る場所を問う。
リホウは、その居場所までは既に調べていて現在は王都にいると伝えてきた。
雄一は、案内をするように伝える。
頷き合う雄一とリホウを睨むようにみて「弟に何をするの! 弟は何も関係ないわっ!」と騒ぐエルフの女性を覆う水を宙に浮かせるとリホウに「時間が惜しい。急ぐぞ」と言うと雄一とリホウは窓から身を躍らせて、屋根伝いで走り出した。
移動中、エルフの女性に大声で罵られながらも雄一は、リホウの案内で目的地に辿り着く。
家の前に来ると先程まで全力で騒いでいたエルフの女性は、項垂れながら涙を流していた。
「お願いよ……私はどうなってもいい。弟だけは助けて」
それを見て、困った顔をする雄一とエルフの女性を交互に見たリホウは嘆息して言う。
「少しは俺の言った言葉を信じて貰えませんかね? 言いましたよね? アニキは女に甘く、子供には激甘ですって? 心配しなくても悪いようにはしませんって」
リホウの言葉に、えっ? と言いたげな顔をするエルフの女性を見て、完全に嘘だと思われてたようである。
雄一も何かを言いたいが言うと変な方向に行きそうな気配があるのでリホウに任せる。
「だいたい、アンタが思うような人物だったら、アンタは首が繋がってませんよ?」
そう言いつつ、家の扉に付いてる鍵を針金のようなモノであっさりと開けると扉を開けて雄一に道を譲る。
雄一は中に入ると奥の部屋に人の気配を感じて向かうと息を荒くする少年がいた。
その少年の様子を見たエルフの女性は、慌てて「く、薬をっ!」と騒ぐが、リホウに毒と同義だと言われた事を思い出して唇を噛み締める。
雄一は、少年に触れて目を瞑る。
血液の流れなどを調べると眉を顰めたくなるほど不純物が混じっている事を理解する。
慎重に水魔法を行使して少年を足元から水で覆っていく。
全身を水で包むのを見たエルフの女性が騒ぎ出す。
「お願いっ! 弟を殺さないでぇ!」
「心配するな。この中で呼吸はできる。良く見て見ろ、弟は呼吸をするように胸が動いているだろ?」
雄一が指差す先を見て、「本当……」と呟く。
しかも、先程まであれほど呼吸が荒かったのに呼吸と表情が共に穏やかになっていた。
姉弟が落ち着いたのを確認した雄一は目を瞑り、集中を始める。
すると次第に弟の腹の上に黒いモノが集まりだす。それが徐々に大きくなると雄一はそれを開いてる扉を通して、外に捨ててしまう。
減った分の水を追加するようにすると一息吐いて、額に浮かんでいた汗を拭う。
「これで、弟の体にあった不純物は取り除いた。だが、体力までは戻る訳じゃないから、これからリハビリをしっかりしてやれよ」
「ほ、本当に治ったの?」
雄一は、力強く頷くと、「朝には覆う水は無くなるから、弟をその時、起こしてやれ」と言う。
エルフの女性は、ホロホロと涙を零しながら水の中の弟の顔に薄らと赤みが差しているのを見て実感が沸いたようで泣きながら笑みを見せる。
「なんてお礼をしたらいいのでしょうか?」
感謝を告げて、代償を求めるエルフの女性に雄一は言う。
「もう、今日みたいな仕事から足を洗え、後、弟の報復もな。そっちのほうが俺達のほうでやっておく」
「足を洗っても、こんな傷だらけの体を見られたら……」
そう落ち込むエルフの女性に雄一は笑いかける。
「俺は言ったぜ? アンタの体は綺麗だったって」
「えっ?」
疑問に思うエルフの女性に何も答えずに、リホウに帰るぞ、と伝えると雄一は出ていこうとするが振り返る。
「そうそう、アンタのその水もそろそろ無くなるから安心してくれ、弟が元気になって体を鍛える気があるならダンガにある俺の家に来い。体力を自慢できるぐらいにビシビシ鍛えてやる」
力強い笑みを見せると今度は本当に城に戻る為に雄一とリホウは最短距離を行く為に再び、屋根の上の人になる。
それを見送ったエルフの女性は、自分を纏う水が力を失ったように落ちて、体の自由を取り戻す。
とりあえず、濡れた体をタオルで拭き始めて直ぐに違和感に気付く。
慌てて、腕や腹などを見える範囲を調べるが無くなっているのである。
そう傷痕がである。
そういえば、水で覆う前に、あの少年はこう言っていた、「女はやっぱりそういうのが気になるんだろうな……」と。
あの時点で既に、いや、私が室内に入ってジッと私の目を見つめていた時になんとかしようとしていたのではないのだろうかと今更ながら気付く。
圧倒的な実力差があった。
あのまま斬り捨てたほうが楽だったはずである。私が抱える事情を取り除いても改心する気がなければ……と考えていたのかと理解する。
なんと面倒臭い少年なのだろうと思う。
それでも、でも! と思う。
窓から見える暁を見つめ、胸に手を当てて呟く。
「私は貴方の宿り木です。きっと貴方の下へ」
そして、目を瞑り、ユグドラシルへと祈りを捧げた。
城に戻って朝日が昇る頃、テツとホーラが雄一がいる部屋に飛び込んでくる。
ポプリの姿がなく、代わりにあった手紙を雄一に突き付ける。
ホーラから受け取った手紙には、こう書かれていた。
『次に私に会ったら、そこにいるのは間違いなく敵です。決して遠慮しないでください。私も全力でいきます。
ユウイチさん、ごめんなさい。 ポプリ』
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