第116話 後始末と変わりゆく兆候らしいです
城から出た雄一は、テツ達に指示を出す。
「テツ、お前達は、家の冒険者達を使って王都の治安維持に出ろ。別に兵隊の真似事をしろって意味ではなく、フリーガンの残党狩りが目的だ」
雄一は、パパラッチの時に徹底しなかった事で中途半端な被害がダンガで事件として散発的ではあったが起こり、ゼクス達が襲われる原因にも繋がった失敗を繰り返すつもりはなかった。
頷くテツの後ろにいるホーラが雄一に問いかける。
「見つけた時の扱いはどうしたらいいさ?」
「即降伏してきたら捕縛を考えてもいいが、基本は斬って捨てていい。無力化するまで絶対に油断するな。分かってるとは思うがこれからが本番だからな」
雄一はこんな小事で怪我すら許さんと言い聞かせるとホーラは嬉しそうに頷く。
それに頷いてみせた雄一は、ホーラの隣にいるポプリの様子がおかしい事に気付き、声をかけた。
「どうした? どこか調子が悪いのか?」
心配そうにしゃがみ込んでポプリの顔を覗き込み、心配する雄一が声をかけるがワンテンポ遅れて反応する。
「だ、大丈夫ですよぉ! ちょっと考え事してただけですから」
「本当に大丈夫か? 今、無理する理由がないからテツ達に任せて休んでくれてもいいんだぞ?」
ポプリは、眼前にある雄一の顔から一歩下がって目を反らすと慌てて手を振って答える。
「ユウイチさんは心配症なんだからぁ~」
そう言うと冒険者達がいるはずの広場へと小走りに雄一の下から離れていく。
それを黙って見送った雄一は、ホーラに向き直ると頼み事をする。
「ホーラ、ポプリの様子をそれとなく気にしておいてくれないか? 何でもないならいいんだが」
雄一は走るポプリの背中に再び、視線を向けながら伝える。
ホーラはその言葉に頷く。
「分かったさ。気にしておくさ。体調が悪いと分かれば力づくでも休ませる」
「ああ、頼む。こういう、さりげない気遣いは男は下手だし、何よりテツは露骨に駄目だから頼むな?」
そう言われたテツは、「えへへっ」と照れ笑いをする。
その顔の頬には渦巻きが見えるような間抜けな笑みであった。
良くも悪くもテツは真っ直ぐにしかぶつかれない少年な為、さりげなくとかができない不器用さがあった。
そんなテツを呆れた目で見つめるホーラは嘆息すると苦言をする。
「そういう気遣いできないとティファーニアに愛想尽かされても知らないさ」
緩んだ笑みを見せていたテツの顔が引き締まる。
「ホーラ姉さん、僕はどうしたらいいんですかっ!」
急に必死になったテツを相手にしてられないとばかりに置き去りにするようにポプリの向かった先に歩き出す。
テツはテツで、必死にホーラのシャツを抓んで見捨てないでと必死にアピールするが「鬱陶しいっ」と振り払われる。
といった攻防をしながら去っていく2人の背中を見送った雄一は、囚われてた人に会う為とエイビスに協力の礼、今後の行動の確認の為にエイビスの商館へと向かった。
▼
エイビスの商館に着いた雄一は、軽く驚いて立ち竦む。
商館の中は喧騒と言ってもいいほど活気に溢れていた為である。
商人風の者から事務方、明らかに真っ当な者じゃないものまで人を掻き分けるようにして走り、大声を上げていた。
ここに来るまでは適当に誰かを捕まえて、エイビスと会う手筈を整えたり、囚われてた人と面会する予定で来ていたが、いきなり座礁したようなものである。
さて、どうしようかと辺りを見渡していると強面の気合いの入った顔をする角刈りの男が近寄ってくる。
近寄ってきた男は、雄一の前に来ると胸に手を当てると静かに頭を下げると下げたまま話しかけてくる。
「いらっしゃいませ、私は、エイビス様の下で働かせて頂いているガッツと申します。失礼ですがユウイチ様でしょうか?」
「ああ、俺が雄一だ。アンタがガッツか、ダン達がここに初めて来た時に世話を焼いてくれたそうだな」
ガッツは謙虚に「たいした事はさせて頂いてません」と言ってくる。
腰を折ったまま、顔だけを上げてガッツが問いかけてくる。
「今日、来られた御用件はエイビス様との面会でしょうか?」
「そのつもりで来たんだが、凄い忙しそうだな」
雄一はガッツと共に辺りを見渡すが、ガッツは目を細めて眺め、口を綻ばせる。
「ええ、ここまで忙しく楽しい状況は今までにありません。見てください、家の者達の活き活きした目を」
怒鳴り散らしているのに楽しげに見える顔をしてる者や、逆にその者に叩かれているのに嬉しそうにする者が目立ち、充実ぶりが見て分かった。
フリーガンを潰す過程でゴードンとの繋がりの強い商人達の失脚に追い打ちをかけたり、商戦ルートなどを根こそぎ奪ったりと大忙しらしい。
エイビスは元々、ゴードンとは反りが合わなかったようで薄い付き合いしかしてこなかった為、懇意にしてた商人連中に規模こそエイビスのが大きくとも三下扱いされ続けたそうである。
だから、雄一に廃薬や人身販売の事を言われなくても、御免被るというのがエイビスの本音だったらしい。
儲ける手段など無数にあるというのがエイビスの口癖と嬉しそうにガッツは語った。
「それでも、エイビス様は敵対してると思われない程度に人身販売で買わされていました。その中の1人が私です」
どうやらガッツは元々は義賊だったらしい。
それを捕えられて部下は全て処分され、奴隷になった時にエイビスに拾われたと語る。
他に何人かいるらしいが、全てがここで充実した毎日を過ごしていると語るガッツは、「私達は除外対象でお願いします」と真摯に頭を下げてくる。
「この商館は俺が調べた。だが、特に問題らしい、問題はなかった。それでいいな?」
ガッツは、「有難うございます」と絞り出すように礼を言うと顔を上げる。
「すぐにエイビス様にお知らせさせて頂きますが、すぐに対応は難しいと思われるの少々お時間を頂きたいと思うのですが……」
申し訳なさそうに言ってくるガッツは、
「エイビス様もユウイチ様を最優先にしたいと思っておられるのですが、エイビス様抜きで進まない急ぎの案件が立て込んでおりまして……」
強面のガッツが必死に謝る絵も少し面白かった事もあり、雄一は笑みを浮かべて頷く。
「ああ、待たせて貰うから謝らなくてもいい。約束もなしで来たのはこっちだしな」
雄一の言葉に恐縮して感謝を告げるガッツに、待つ間に囚われた人達と会いたいと面会を求める。
ガッツは雄一の要望を快く応じて、案内まで買って出てくれる。
雄一は、ガッツの案内で連れてこられた会議室のような場所にやってくると囚われてた人達と再会する。
「では、エイビス様にお知らせしてスケジュールを調整して参りますので、こちらで少々お待ちください」
雄一に一礼する出ていくガッツを見送ると囚われた人達に目を向ける。
みんなを見渡すと大半の者が落ち着いて見えなくもないが半分は、疲れて静かなだけのように見えた。
雄一は首を傾げて問いかける。
「どうして、そんなに疲れ切ったような顔をする者が多いんだ? 何かあったのか?」
近づいてきた雄一に、はっきりしない物言いをする者が目立ち、雄一はエルフの男性に目を向けると溜息を吐かれる。
本当に何があったのだろうと心配になってきた雄一に、弾ける笑みを浮かべるウサギ耳の少女が説明してくれる。
「気にしなくてもいいぴょ。貴方、えっと? なんて名前だぴょ? 私はコネホだぴょ」
「よろしくな、コネホ。俺の名前は雄一だ。それで何があったんだ?」
そう問いかけた雄一にコネホは楽しそうに説明を始めた。
要約するとこういう事らしい。
雄一がフリーガンが壊滅すると言われて疑ってた者達が、自由に出歩いていいと許可が出ると同時に自分達が知る限りのフリーガンの拠点を見て廻ったそうである。
ことごとく、破壊された爪痕を目撃して驚き、怖々と本部を覗くと瓦礫の山になってるのを見て放心したらしい。
オマケにフリーガンの息がかかった商館ももぬけの殻になっていたらしい。
どうやら、どさくさに紛れてエイビスがやったようである事を知った雄一は苦笑する。
苦笑する顔を隠さずに、色々、心の整理が追い付かない面子を見渡し、話しかける。
「なっ、俺は嘘は言ってなかっただろ?」
「あ、ああ、疑って済まなかった。という事はあの時に提示してくれた話も本当なのか?」
雄一が言った、帰る場所があるなら護衛を付けて送るし、王都で仕事をするなら手助けもする。
行き先も何もないというなら、子供達の世話をする事で家で引き取ると言った事を再度、確認してきた。
「勿論、男に二言はない。ただ、俺達もゆっくりする時間がある訳じゃないんで、3日以内に決めて伝えて欲しい。それ以上になると同じ条件で対応が難しくなると思ってくれ」
雄一の言葉にエルフの男は代表で「分かった」と返事をする。
「私は、行き先がないし、子供は好きだからダンガでお世話になりたいぴょ」
ピョンピョンと跳ねて意思表示をするコネホに雄一は頷く。
「構わないぞ。3日後に出発する冒険者達と一緒に向かって貰うから、それまでに準備はしておいてくれ」
やったーと喜びを前面に出すコネホを微笑ましく見つめ、雄一との約束が有効と分かった者達が雄一に質問を投げかけてくる。
雄一はその質問に答え続けると聞きたい事はだいたい聞いて、各自、頭を捻りだした頃、見計らったようなタイミングでガッツが現れる。
「お待たせしました。エイビス様のスケジュールの調整が済んで時間が取れましたので、こちらにいらっしゃってください」
「ああ、有難う」
ガッツにそう返事するとコネホ達に「またなっ」と手を振って会議室を後にする。
ガッツに案内されるまま開けられた扉の中に入ると、お友達になりたくないランキングの1位候補の内の1人である男が笑みを浮かべて雄一を待っていた。
ちなみに対抗馬はダンガの冒険者ギルドの受付に居る。
「お久しぶりですね。直接、顔を合わせるのはこれで2度目とは思えないほど貴方を歓迎してる自分に驚きです」
エイビスは嬉しそうに雄一にソファを勧める。
嬉しそうにするエイビスに反して雄一は眉を寄せて、嫌そうな顔をしながらソファに座る。
「そうか? 俺は1度目の出会いをなかったことにしたいぐらいなんだが?」
「まさにその反応がとても私には心地良い。私の価値をしっかり理解したうえで、憎まれ口を叩くユウイチ様の胆力に私は惚れこんでしまったのかもしれませんねぇ」
雄一が素直に「気持ち悪い」と言うと後ろに控えていたガッツが噴き出す。
「失礼しました」
「ガッツ、彼は最高でしょう? 損得抜きでお付き合いしていきたい御仁なので良く覚えておいてください」
オッサン同士が嬉しそうに笑みを交わすのを頭が痛そうに雄一はする。
「オッサンにモテても嬉しくないんだが?」
「また、心にもない事を」
楽しそうにエイビスが言ってくるが、これは雄一の魂の叫びであった。
この負の連鎖を断ち切りたくて悩む雄一にエイビスが問いかける。
「それで、今日の御用件は?」
エイビスが「私の顔を見たくてと言って頂けるだけでも嬉しいですが?」と言ってくるが雄一はそれだけはないと力説する。
「まずは、今回の協力を感謝する」
「いえいえ、こちらもメリットとデメリットをちゃんと冷静に判断した結果なので礼を言われるほどではありません。それに本番はこれからですよね?」
エイビスは薄く笑みを浮かべながら言外に仲間外れにはしませんよね? と問いかけてくる。
雄一は肩を竦めるとエイビスの瞳を覗き込むように口にする。
「ギャンブルは好きそうに見えなかったんだが、そろそろ降り時じゃないか? 欲を張ると身を滅ぼすぞ?」
「仰る通り、私は今までギャンブルも商売で賭けという不確定要素で挑んだ事がありません。ですが、今回、生まれて初めてギャンブルに乗り出しました。だから中途半端はしません」
エイビスは、自分が求めるのは1か0だと雄一に迷いのない瞳を向ける。
「私は、貴方、ユウイチ様を信じて託しました。私の生涯初めてで最後のギャンブルを勝ちで終わらせてください。それにまだユウイチ様も私の協力が必要でしょう?」
どうやら、こちらの懐事情も把握されているようで苦笑する。
雄一は獰猛な笑みを浮かべて、エイビスに凄味を聞かせて言い含める。
「分かった。最後まで付き合って貰うぞ。途中で尻尾巻くとかしたら俺が許さない」
「望むところです」
そう言うとエイビスが雄一に手を差し出してくる。
雄一も手を差し出してエイビスの手を掴むとガッシリと握手する。
「しばらく間、頼むわ」
「私としては生涯で結構ですよ?」
嫌そうな顔をする雄一に楽しそうに笑みを浮かべるオッサン2人。
そして、雄一とエイビス達で今後の打ち合わせを済ませると雄一はミュウの事が気がかりで急ぎ足でエイビスの商館を後にした。
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