第115話 今しかチャンスはないようです

 扉を開けた先では玉座に座る赤髪の美しい女性とその横に立つ遠目で見ると悪い意味での相撲取りかと思うような中年が最初に目に付いた。


 辺りを見渡すと入ってきた雄一を恐れて壁に張り付いて、雄一の目に止まらないように必死な貴族と少数ではあるが、全てを受け入れたような顔をして黙って立つ貴族の二通りに分かれた。


 壁にへばりつく貴族達に雄一は視線をやり、視線を感じる程度に威圧をかけると慌てた貴族達はたるんだ体を持て余す赤髪の女性の隣にいる男の後ろへと逃げ込む。


 逃げ込まれた男は脂汗を流して必死に貴族達を払うようにするのを見ていた雄一にゼクスが、「あれがゴードンです」と伝えてくる。


 多分、そうだろうと思っていたが見た目ですぐ分かる相手でこれはこれでつまらないと鼻を鳴らす。


 廻りの反応に目もくれずに赤髪の女性、ゼクスとスゥの母親、女王を目指して

き出す。


 ゼクスとスゥの母親だけあって、かなり美人である。


 正直、見た目はまだ10代の少女のようにも見えるが、リホウとスゥが話をしてる時にこっそり聞いた限り、あれでも21歳らしい。


 スゥは母親の血が濃く出ているようで将来、美人になるのが約束されたようなモノである。


 今は眉を寄せて、目を細め、雄一という男を見定めているようで難しい顔をしているが、場違いながら雄一はそれでも美しい女王だと思った。


 そう考えながらも近づいていると後10歩という所で女王の警戒レベルが跳ね上がるのを感じた雄一は足を止める。


 どうやら、女王の今の雄一に対するパーソナルスペースはこの辺りらしい。


「初めまして、女王。強引な来訪失礼しました。私は、冒険者の雄一と申す者です」

「ユウイチですか。この度の暴挙の説明と時と場所を選ばない行動の釈明はあるのでしょうね?」


 女王は状況説明を求める傍ら、何故、ゼクスとスゥを今、城に戻したかと責めていると気付いている雄一は頷くが、主導権を取ろうとするブタ、もとい、ゴードンが割り込む。


「その通りだっ、ここをどこと心得る。お前のような身分の者が来れる場所じゃ……」


 その言葉に合わせて雄一がそちらに目を向ける。


 ただそれだけで、言葉も出てこなくなったようで震え出し、ガマガエルのように汗を流し始める。


「何を勘違いをしている。俺が謝罪しているのは、女王とごく一部の者達に対して言ってるだけだ。まさか、お前に言って貰えてると思ってないだろうな?」


 雄一は、「お前の相手は後でしてやる」というと再び、女王に視線を戻す。


 視線を向けられた女王は、雄一に先を促すので説明を始める。


「私が家族として受け入れている者の両親が誰かに囚われたというところから始まります。それを調べていく過程で突きとめる事には成功するのですが、正規の手段で訴えても握り潰す相手と判明しました」

「それでその者は誰だったのです」


 女王もその流れで誰の事を言ってるか分かっているようだが、雄一に言わせるつもりで問う。


 雄一も自分で語るつもりだったので、素直に答える。


「この国の宰相ゴードンでございます」


 それを聞いたゴードンは口から泡を吐きながら叫ぶ。


「何を証拠にそんな妄言を吐く。公正な我が国の調査機関に調べさせてもいい、私は潔白だ。その覚悟のある私を犯人だと決めつけて、タダで済むと思うなっ!」

「どの口がそれを言うんだ? と思うが、まさか俺が証拠がないから力押しできてるとでも思ってるのか? だが、今となれば力押しでもすぐに動けば良かったと後悔しているがな」


 憤りを感じている雄一から殺気が滲み、それに怯んだゴードンの後ろに控えていた騎士風の男に縋りつく。


 その騎士風の男は1つ頷くと腰の剣を抜くと雄一に近づいていく。


「我はこの国最強の男、我が名は……!」


 気持ち良く名乗りを上げようとするが雄一は興味がないとばかりに視線を女王に向けている事に気付くと自尊心が傷ついたようで剣を振り上げて襲いかかってくる。


「相手の技量も見抜けぬ愚か者、死ぬが……」


 騎士風の男の額にナイフが突き刺さる。


 突き刺さったナイフに触れると白目になって倒れる。


「何が最強さ。この程度も処理できずによく言ったさ」

「ですね、この国最強は言い過ぎですね。ドランさんのほうが強かったですよ?」


 ホーラとテツに呆れたように言われ、ポプリはそれを見て鼻で笑う。


 雄一はそちらにまったく目を向けずに女王に「どこまで話したか?」と問う。


「ゴードンが首謀者だと言う辺りです」

「そうでしたね。そして、更に調べていくとどうやらその両親以外にも他にも獣人、人、そして、エルフも捕えておりました」


 雄一がエルフと口にした瞬間、女王は目を見開き、ゴードンを睨むように見つめる。


 最初から罪の裁きを待つようにおとなしくしていたモノの間でもどよめきが起きる。


「エルフと聞こえた気がしますが、それは間違いはないのですか?」

「はい、間違いありません。囚われてたエルフも保護しております」


 それを聞いた女王は沈痛な思いから眉間を指で抑えながら目を瞑る。


 おとなしくしてた貴族達もこれには我慢がならなかったようで、「ゴードン、お前は何をしてるのが分かってるのかっ!」と怒鳴る。


 そう、どういう目的はさておき、人や獣人を拉致していた事も問題だが、それ以上にエルフを拉致してた事は大きな意味を持つ。


 以前、ミラーがビーンズドックの説明をした時に語った事であるが、エルフを拉致していると知られるとエルフ全体が動く。


 それもあれほど魔法に長けた種族と人達が知らない英知を知るとされる相手を敵に廻す事の怖さを痛いほど知っていた為である。


 四面楚歌になりつつある状況を打破する為にゴードンは騒ぎ出す。


「私は、そんな事は知らんっ! だいたい何を根拠にそれを言っておるのだ!」


 唾を飛ばし、目を血走らせるゴードンをチラッと見た雄一はゼクスに頷いてみせる。


 ゼクスも頷いてみせると雄一から預かった調査結果が書かれた写しを女王の下へと行き、手渡す。


 受け取った女王は、最初のページで既に眉を寄せ、2ページで頭を抱え、3ページで疲れ切った人のような顔になると続きを見るのを止める。


「ゴードン、もう言い訳ができるような状況ではないようですよ」


 女王の言葉に反論をしようとしたところを見計らったようにゴードンの足下に雄一が別の調査結果の資料を投げる。


 それが地面に落ちる資料の音ですらビクつくゴードンを冷めた目で見つめ、雄一は「拾え」と命令する。


 ゴードンは傍にいる者に目を向けるとそれに反応した者が拾おうとするが、雄一が放ったウォータボールに弾かれて壁に叩きつけられる。


 その雄一を見たゴードンは恐れ戦く。


「俺はお前に拾えと言った」


 雄一の瞳に耐えきれなくなったゴードンは目を反らすとしゃがんで拾おうとするが腹がつっかえて指が届かなく、勢いをつけるとそのまま前転してしまい、自称最強さん(笑)の体の上で大の字になる。


 ゴードンは情けなくも「ヒィィ!」と声を上げると這い蹲って逃げる。


 立ち上がるとゴードンは癇癪を起こすように叫ぶ。


「証拠なんて、お前がでっち上げに決まってる。証人を連れてこいっ! 私が首謀者というならっ!」


 雄一は、リホウを呼ぶと「へいっ」と返事と共に雄一達の後ろで見えていなかったフリーガンのボスを目の前に晒す。


 その顔を見たゴードンは口をパクパクさせる。


 それを無視して雄一がフリーガンのボスに問いかける。


「さて、フリーガンのボスだったお前の名前は?」

「……ダックです……」


 ダックの言葉に頷いた雄一は、質問を続ける。


「お前達に命令してた奴の名前を言ってみろ」

「宰相ゴードンです」


 そう言ったところでゴードンは騒ぎ出す。


「私はそんな奴を知らない。お前も適当な事を言って無事に済むと思っておるのかっ!」


 唾を飛ばして叫ぶゴードンを冷笑するダックは言う。


「無事? そんな次元じゃない。もう楽に殺して貰えるか、殺してくれと懇願させられるかの違いしかもうねぇ―んだよっ! 今更、アンタなんか恐れるかぁ。アンタは知らないだろうが、目の前の男はフリーガンの末端組織も一夜で壊滅させ、フリーガンの本部はもう瓦礫の山だ」


 ダックは、幹部が雄一に刻まれるように殺されていくのを見させられ、楽にしてくれと懇願する姿を見せられて、逆らう気力は既になくなったとゴードンに嗤うように伝える。


 アンタはもうお終いだと。


 その様子に仰け反り、どうしていいか分からなくなったゴードンはこそこそと王の間から捨て台詞を残して去ろうとする。


「ふ、ふんっ、話にならん。私は失礼させて貰うっ!」


 と言うと無駄に余った腹の肉を揺らしながら取り撒きと共に雄一を通り抜けようとする。


 それを振り返らずに雄一は巴を放り投げるようにしてゴードンの鼻先を掠らせる。


「ひぃぃぃ! 何をするっ」


 雄一は振り返り、巴を回収しながらゴードンに死刑宣告をする。


「心配するな、ここでお前の命を取ろうなんて考えてない。ここからは無事に帰らせてやる。だがな?」


 そう言うと獰猛な笑みを浮かべる雄一は、ゴードンにタプつく腹を鷲掴みにして言う。


「俺がお前の廻りにあるモノを全て破壊してやる。必死に足掻いてみせろ」


 雄一が怖すぎて洩らしてしまったゴードンから視線を切って廻りに居る奴らにも目を向ける。


「ゴードンに賛同して甘い汁を吸った奴らも同罪だ。恩赦があると思うな」


 歯を剥き出しにして言う雄一に恐怖した者はゴードンを無視して王の間から逃げ出す。


 置いていかれるゴードンも慌てて、ハイハイするようにして必死に逃げて出ていくのを見送ると再び、女王に視線を戻す。


 そんな雄一を見つめて辛そうにする女王は苦言を言ってくる。


「なんて事をしたのですか。確かにゴードンがしでかした事は許される事ではありません。その感情論は分かります。ですが、あの者を自由にしたらもっと問題が大きくなる。すぐにでも始末しなくては!」


 慌てて指示を出そうとする女王を雄一は止める。


「少し落ち着いてください。俺も感情論だけでアイツを見逃した訳ではありません。ちゃんと考えがあってのことです」

「貴方は知らないのですか? ゴードンは隣国と連絡を密にしている。それを考えればっ!」

「お母様、その事はちゃんと伝えてあります」


 隣にいるゼクスにそう言われて絶句する女王に優しく微笑む雄一は、説明を始める。


「それも加味しての考えがあっての行動です。大きく分けて3つの意味が合って実行している。1つは、この国に巣食う無用な者を排除する為に一気に殲滅する為」


 そう言う雄一に女王は食い下がるように言ってくる。


「それは隣国を巻き込んでの戦争に発展する可能性を示唆してるのを理解しているのですかっ!」

「ええ、勿論。2つ目は、その戦争が目的です。あのゴードンと同調する者が真っ当な訳がない。今回の俺の行動がなくとも、どういう形にせよ、ゴードンという傀儡を持って隣国にこの国は奪われてたでしょう。この国民は全員、奴隷になってもおかしくない。いずれ向きあわなければならない相手だ。今、戦争するメリットはそれだけじゃない」


 雄一の言葉を訝しく見つめる女王に雄一は伝える。


「まさか、エルフ達に「私達は知りませんでした」「ごめんなさい」で話が通るとでも思っていた訳じゃないでしょうな?」


 女王は雄一の言葉に言葉を詰まらされ、残っていた貴族も言葉なく俯く。


 雄一は、首を振って「私は事情を察しているので責めている訳じゃない」と伝えると説明を続ける。


「この国は、ゴードンのせいで半分、いや、もっと悪いな。酷く弱体している。そんな中でエルフが動こうとしている。その矛先を隣国とゴードンに向ける。それをする為の準備も始めている。エルフが仲間ではないが目的を同じとする今しか隣国に抗う機会はないっ!」


 雄一は、敵に廻すと国を滅ぼしかねないエルフ達の怒りの矛先をゴードンに向けさす事でこの国を守る力としようとしていた。


 この国の戦力の大半はゴードン側にある。


 ゴードンとて、このまま国に残っていてもエルフに滅ぼされるぐらいの頭は働くはずである。


 そうなると隣国に助けを求めるのは自明の理である。


 隣国からすれば、攻め入る口実を貰うようなモノで嬉々して大手を振ってやってくるはずである。


 女王は苦しげな表情をして雄一を見つめる。


「エルフの力を借りれる、いえ、利用でも構いません。できるのですか?」

「その為に俺は動いていると言った。女王、アンタの全部を俺にベットしな。決して損はさせないぜ」


 雄一の男臭く、どこか悪戯小僧を思わせる笑みを真正面から受けた女王は、虚を突かれたように顔を赤くする。


 自分の変化に気付いた女王は、咳払いをする事で自制すると頭をフル回転させる。何度考えても、今、考えられる最高の解は同じモノになる。


 女王は、廻りに残る貴族達に目を向けると先頭にいる初老の男が「女王のお心のままに」というと後ろに居る者、全員が膝を着いて判断を仰ぐ。


 再び、雄一に視線を戻した女王は、肩から力が抜けたようで自然な笑み、少女のような笑みを浮かべて雄一に託す。


「分かりました。この国の命運は貴方に任せます。色々と責任は取ってくださいね」


 雄一はその笑みに仰け反ってウッと唸ると今度は雄一が頬を朱に染めると目を反らす。


「お、おうっ、国は任せておけ」


 雄一の16歳らしい部分を引き出した女王はクスクスと笑う。


 その楽しそうに笑う女王を見て、降参とばかりに肩を竦める雄一は頭をガリガリと掻く。


「かなわねぇ―な……」


 そう言う雄一の後ろではホーラは雄一の踵ををガシガシと踏むように蹴って、ポプリにはプンプンと擬音を口にされながら背中を叩き続けられる。


 締まらない感じではあるが、それを見た残った貴族達にも笑みが広がり、明るさが戻った事は良い事だと雄一は自分に言い聞かせながらホーラとポプリの怒りが収まるのを根気良く耐え凌いだ。

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