幕間 ある一室で願いを託す者

 幼い兄妹がお互いを抱き締め合って眠るのを愛しげに髪を梳く女性、成人して間がなさそうな年齢の彼女は、目の前の子供達の母親であった。


 その姿を後ろから見つめている初老の男、年が60歳ぐらいに見える。


 トトランタで60歳と言えば長寿と思われる年齢である。


 老人は、女性に声をかける。


「お嬢様、お話を続けてもよろしいでしょうか?」

「ふっふふ、貴方から見れば、いつまでも私は幼い少女の時と同じように見えるのかしら?」


 老人に昔を懐かしむように微笑む女性であったが、慌てた老人が訂正しようとしてくるが女性が止める。


「いいのよ、私も親の立場になって、その気持ちが痛いほど分かるようになったから」


 そう微笑みながら言う女性は、「人前だけは気を付けてね?」とお茶目にウィンクしてくる。


 頭を下げて、なかなか上げようとしない老人に女性が、「話を続けて?」と促す。


「はい、もうだいたいのことはご存知かとは思いますが、僅かに残っていた良心的な貴族もほぼ全員、中立を宣言しました」


 悔しそうにそう言う老人は、「悔しゅうございます」と憤るが、女性は被り振ると諦めが滲む笑みを浮かべる。


「彼ら達も守るべき領地、領民、そして、家族があります。責めるのは酷でしょう」


 再び、子供達の髪を梳きながら言葉を続ける。


「既に私はお飾り以外の価値がありません。私では彼らを守ってあげることもできない。あれほど風当たりがキツくなっても長い間耐えてくれた彼らには感謝しか言葉はありません」


 女性は、悲しそうに子供達を見つめ、「ただ……」と呟き、目を伏せる。


「私にはまだお飾りと最悪の場合、責任を取らせる為のスケープゴートの役割があります。ですが、この子達はあの者には無用の長物のはず……だから、この子達を……」


 女性は、始末するという言葉を飲み込む。


 女性を見つめていた老人もその飲み込んだ言葉を理解した。


 この兄妹を守る方法を必死に模索するが良案が2人にはなかった。


「この子達を守る事ができる者がいないのでしょうか……」

「私に1つ案がありますぞ?」


 2人ではない力強い声が加わり、慌てる2人はドアのほうに目を向ける。


「門番がおらなんだので、いないかと思ったら話し声がしたので聞き耳を立ててしまいましたわ。そうしたら、聞こえてきた話し声の内容を打開する案があったもので、勇み足をして入室の許可を取り忘れた事をお許し願いたい」


 一応、立ち聞きした事は悪いと思っているようで申し訳なさそうに頭を掻く姿を見せる初老の男。


 何故か、場に相応しくない対応なはずなのに苦笑するだけで許してしまう気持ちにさせるのは、きっとこの初老の男の人徳であろう。


 最初からいた老人より10歳ほど若そうな男であるが、武人の趣を感じさせる初老の男は堂々と中に入ってくる。


「しかし、門番も寄こさない扱いの酷さと間諜を置かないところから、とことん舐められておりますな」


 女性の10歩ほどの距離で止まった男が形式に乗っ取った礼をするのを見て、女性は懐かしそうに目を細めて名を呼ぶ。


「久しぶりですね、ペペロンチーノ、壮健そうで何よりです。舐められてるですか、実際に何もできませんから正当な評価でしょう」


 ペペロンチーノを苦笑で歓迎の意思を示すが、もてなす術がない事を詫びる。


 首を振り、「お気にされず」と笑みを浮かべるペペロンチーノに老人が話しかける。


「先程言われた案があるというお話は?」

「そう、私もそれを聞かせて貰いたい」


 そう言ってくる2人はペペロンチーノに身を乗り出して話を促す。


「ご子息達を市井の者に託すのです」

「何を馬鹿な、市井の者にお二人を守れるような者などおらん」


 老人は、「ペペロンチーノ殿に託させて貰いたい」と言うが、ペペロンチーノは手で待ったをかける。


 女性も同じように思うがペペロンチーノの自信がありげな笑みを見て、続きを促す。


「それが居るのですよ。私が全力で守る事を宣言して実行するよりも確実な相手が」

「馬鹿なそんな者がいると聞いた事がない」

「ペペロンチーノ、本当というなら、もっと詳しく聞かせてください」


 ペペロンチーノは、説明を始める。


 彼の者は、ドラゴンを初級魔法1発で仕留める剛の者。


 彼の者の怒りは、敵対する者を目だけ意識を奪う


 彼の者は、5分とかからず、500を超える相手を命を奪わずに自分の得物で薙ぎ払う。


 彼の者、ストリートチルドレンの為に学校を作り、生きる術を与える。


「そのうえ、彼はパパラッチをほぼ単独で壊滅させました」

「パパラッチ?」


 女性が首を傾げるが、その名前が何を意味するか分からなかった。


 同じように老人も首を傾げるが、「あっ!」と声を上げてペペロンチーノに詰め寄るように確認する。


「パパラッチと言えば、ダンガを牛耳るあの者の組織の1つ?」

「然り、しかも、どうやら、あの者がバックにいると分かったうえで暗に挑発もしております」


 2人はその話を聞いて目を剥くが、その瞳に僅かな希望を宿し始める。


「それだけではありません。彼の者の下には、志高い有能な者が募り始めております。代表的なのは、剣聖、灼熱の魔女、そして、彼の者を師事する少年少女、その少年、先日、中止になりましたが冒険者ギルドが主催する大会で貴族のバカ息子が暴走させた魔剣に挑んだのがその少年なのです」

「ああ、その話はこの子達が凄く楽しそうに私にしてくれたので知っております。あの白髪の少年が師事する相手ですか……」


 女性がすぐにも飛び付きたいという思いと戦いながら、リスクとメリットを必死に考えて苦悩するのをペペロンチーノは眺めつつ、数ヵ月前の出来事に思い出す。


 あの時、自分の屋敷に現れた少女2人を思い出していた。


 その少女達に通行許可書を書くキッカケになった自分のカンを褒めてやりたい。その少女の1人がその者と一緒に暮らしていると年長の門番から報告を受けていたのである。


 女性に老人が問いかける。


「どうされますか? お嬢様」


 言ってから、口を押さえる老人を苦笑する女性。


 そして、表情を真面目なモノに切り替えるとペペロンチーノを透き通った迷いのない瞳で見つめる。


 それを見たペペロンチーノは、女性の腹が決まったのを悟る。


「爺、大変心苦しく思いますが、貴方にこの子達を彼の者の所に届けるのを頼んで良いでしょうか?」

「ははっ! この老骨にムチ打ってでも必ず遂行してみせます」


 目を細めて老人を見つめて「ありがとう」と微笑む。


 再び、ペペロンチーノに視線を戻し問いかける。


「彼の者の名は?」

「ユウイチと申します」


 また1つ雄一の物語に最後の希望を願う者が交差する。

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