第48話 男って馬鹿よね、というフレーズの歌があったそうです
ポトフを作り、みんなで楽しく食事が済ませると同時に雄一は子供達に掴まり、揉みくちゃにされていた。
「こら、ちょっとは落ち着け! いたたっ、髪を引っ張るなって……誰だ! 背中に石入れたのはっ!!」
群がるように乗っかられていた雄一が、うがぁー、と唸り声と共に両腕を上げる。
雄一の声と動きで落とされた子供達は甲高い声を上げて蜘蛛の子を散らすように散開する。
「この悪ガキどもが! お尻ペンペンしてやる!」
逃げた子達を追いかけ始める雄一。
手近の笑いながら逃げる女の子を捕まえようとすると横から雄一の足にタックルしてくる猛者がいた。
「ここは俺に任せて逃げろ!」
へっ! と洩らして良い笑顔を女の子に向けるテツより2~3歳年下に見える少年が更に雄一の足を掴んで走れないように頑張る。
微笑ましいモノを見るように見つめ、油断をしていた雄一の反対側からもタックルされてびっくりする。
それがキッカケと言わんばかりに次々と子供達にタックルされた雄一は、子供達の足を踏まないように避け続けてるとよろけて思わず膝を着く。
「今だ! このチャンスを逃すなぁ――――!」
最初にタックルした少年が叫ぶの聞いた逃げていた子供達も走って戻ってくる。
雄一は、思わず、「げっ!」と声を洩らして子供達のビックウェーブを諦めるように口の端を上げて見守る。
そして雄一は、抵抗らしい抵抗も出来ずにチルドレンウェーブに飲み込まれた……
うつ伏せ姿勢のまま肘を着き、顎を載せて、好きにしろよ? と体現するようにして子供達の玩具にされている雄一。
髪は引っ張られ放題で無造作に縛っていた髪はほどけて暴発するように広がりを見せていた。
それが子供達は面白かったようで、更に揉みくちゃにされて頭が大変な事になっているが雄一の表情は大型犬がされたい放題されているように不動であった。
顔は泥でどこかの部族のように頬に横線を幼い女の子に入れられる。
「お兄ちゃん、とってもきれいだよ?」
可愛く首を傾げて前歯が一本抜けた顔で笑いかけくる。
それに、雄一は、
「ありがとうよぉ」
片目を瞑って礼を伝えると本当に嬉しそうに笑顔を輝かす。
この女の子は、見た感じアリア達と同じ年頃のように見える。
本来ならあの3人もこんな感じに子供らしい姿が見れてるはずだがその気配がないとは言わないが少ない。
ミュウが来た事でアリアとレイアの行動に少し年頃の行動らしさが垣間見れるようになってきたが、まだまだ早熟な感じが抜けていない。
もっと年の近い子達と一緒に居れば、少しづつ子供らしさを引き出してやれて、毎日を楽しく過ごさせてあげられるのかもと雄一は思う。
そう思い始めたのは今日が初めてではない。
ダンガで生活をしていてストリートチルドレンを見る度にいつも頭の片隅で考えていた事、学校があればがどうだろう? と思っていた。
勿論、アリア達の問題にアプローチが出来るという事もあるがホーラの心の楔から解放のキッカケになればと思っていた。
だが、思ってるだけで実行どころか、口にすらしてきていない。
施設を作る土地はある。
足りなければ買う金も潤沢にあるし、ストリートチルドレン達を寮生活させて養う事も可能だ。
足りなければ稼げるという自信もある。
なのに、雄一は口にする事もなく、今日までやってきた。ずっと悩み続けてきた。
「俺は、先生になれるのだろうか」
口の中で言葉にするが周りの子供達は雄一で遊ぶ事で夢中で聞いていない。
そう、雄一は職業が先生になってしまう事を恐れていたのである。
これでは分かりにくいかもしれない。
例えるなら、子供達に自分を紹介される時の言葉が分かり易いかもしれない。
この人は誰? と問われた子供達が、
「学校の先生」
と答えるのと、
「僕の、私の、先生」
と言われる違いである。
勉強を教えてやれる、戦い方を教えてやれる、生活に必要な知識を教えてやれる。
だが、それだけでは足りない。
そこに足される+αを自分は果たせるかという事に自問自答し続けている。
雄一は進みべき道が見えずに苦しみ続けていた。
「こらぁ!! 先生に何をしてるのっ!!」
洗い物に行っていた3人が戻ってきたようである。
子供達が雄一にする恐れも知らない蛮行を見て、顔を真っ青にするティファーニアは大声を上げて走り寄ってくる。
その姿を後ろから眺めるホーラは目を細めて頬笑み、テツはティファーニアに呼び掛ける。
「ユウイチさんはそんな事で、怒ったりしませんよ……ブッ…ハァ……」
最初に雄一にタックルを仕掛けた少年がティファーニアの横を通り抜けて逃げるドサクサに紛れてスカートをめくる。
「口煩いブスぅ~、バーカバーカ~!」
テツの位置からは可愛らしいお尻を守るように薄いブルーの生地で覆われているのを確認するベストポジションであった。
スカートを押さえる為にお尻に両手を当てながら顔を赤くして振り返ってテツを見てくる。
「見た? テツ君?」
「いいえ、何も見えてません」
テツは、最高の男前の顔をして首を横に振ると赤い青春の汗が飛び散る。
ジト目のティファーニアは棒読みのセリフを口にする。
「そうよね、色気もない白のパンツなんて見られなくて良かったわ」
「大丈夫ですっ! とってもグッとくる薄いブルーの鮮やかさが僕の目に焼き付いてます!」
沈黙する2人をホーラは眺めた。
とりあえず神に祈るように胸で十字を切ってテツの冥福を願う。
「テツ君?」
「はい、なんですか、ティファーニアさん?」
ティファーニアはコメカミに血管を浮き上がらせる。
「目を瞑って歯を食い縛って?」
「はい、分かりました!!」
言われるがまま、目を瞑り、歯を食い縛るテツはティファーニアの手加減少なめの右ストレートを頂戴する。
殴られたテツは、どことなく幸せそうな顔をして吹っ飛ばされていく姿をまだ少数残るティファーニアを恐れぬ強者な子供達に髪を引っ張られながら雄一は呟く。
「若いな、テツ……」
ドヤ笑顔を決める雄一だが、子供達に揉みくちゃにされていてイマイチ決まりきらない。
この師匠にしてこの弟子あり、と体現している2人であった。
ティファーニアに救出された雄一は、肩をコキコキ鳴らしながら立ち上がる。
「本当にすいませんでした。どこもお怪我はありませんか、先生?」
申し訳なさそうに言ってくるティファーニアに雄一は笑みを見せる。
「怪我なんてねぇーよ。子供は元気でナンボだろ?」
「そうですっ! それに優しいユウイチさんがこんなことで気分を害したりしませんよ!」
テツは紙を鼻にネジネジと突っ込みながら、我が事のように嬉しそうにティファーニアを見つめる。
殴った直後は、感情のままにやった事を後悔していたティファーニアだったが、このテツの回復力と精神的にもタフさを目当たりして、さすがに呆れ気味である。
突っ込んでやらないと決め込んだホーラは雄一にこの後の予定を問いかける。
「今日は、これからどうするさ? このまま王都観光に行きたいっていう気持ちもあるけど面倒事を先に済ませて楽しみたいとアタイは思うさ?」
「そうだな……確かに早めに済ませるに越した事はないと俺も思う。とりあえず、今日は冒険者ギルドに顔を出して試験の予定日を決めて貰うか」
決まるとすぐ行動というのが雄一のスタンスに従い、巴を肩にかける。
雄一に着いていく為にホーラとテツが準備をしようとするのを見た雄一は、テツに声をかける。
「テツ、良いモノを見せて貰ったのに貰い逃げするような男に教育したつもりはないぞ? 予定日を聞きに行くだけならホーラと2人で充分だ。迎えに来るまでティファーニアにこき使って貰え」
そう言う雄一にティファーニアは顔を赤くして、「先生っ!」と怒ってくるのを楽しそう笑うとホーラにケツを蹴られる。
「はい! 頑張ってきます!!」
力むテツは鼻に突っ込んでる紙の白い面積を少し減らす。どうやら漲ってきているようだ。
「じゃ、頑張れよ!」
そう言うと雄一はホーラを連れだってティファーニアの家を後にした。
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雄一は、ティファーニアにメインストリートを北上して大きな建物を見つけたらそれが冒険者ギルドだと教えられたので、ホーラと2人でノンビリと歩いて向かっていた。
「そういえば……ユウと2人で行動するのって久しぶりじゃない?」
「そう言われてみれば……そうだな? テツと初めて会った依頼以来か?」
雄一が思い出すように答えるとホーラに頷かれる。
確かにテツが来てから、ホーラと行動する時は、ほぼほぼテツが一緒にいた。
テツがいない場合には、アリア、レイア、ミュウの誰かと一緒である事があり、2人っきりというのは久しぶりであった。
「ユウ、急いで行く理由もないし、通りの露店を見ながら……向かっていい?」
上目遣いで雄一を見つめるホーラに雄一は快く頷き、頭に手を置いて撫でる。
「たまには、お姉ちゃんせずに楽しむ事も大事だしな?」
微妙に分かってない事を言う雄一を苦笑気味に見つめる。
それでも、この時を有意義に楽しむという思いが勝ち、水に流すホーラは雄一の腕を取り引っ張り、手近にある露店へと連れていく。
冒険者ギルドを目指しながら、ゆっくりと楽しんで見物する2人。
2人で同じモノを食べたり、駆け出しの鍛冶師が作ったと思われるペンダントを眺め、値段と自分の財布の中身と視線を行ったり来たりをするホーラに雄一は、
「買ってやろうか?」
と言うと、ホーラは指を左右に振って、チッチチ、と声に出して返事をする。
「制限ある金額でお洒落をするから楽しいという乙女心も理解できるように……ユウにはハードルが高かったさ……」
シレっとこき下ろすホーラに、「ちょっと待て!」と怒る雄一から逃げるホーラの楽しげな姿がそこにあった。
楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去り、2人の目の前には大きな建物、建物の入り口の上には、『冒険者ギルド本部』と書かれた看板がそこにあった。
ちょっと残念そうなホーラを見る雄一は頬をポリポリと掻く。
「もうちょっと遊んでから行くか?」
そう言ってくる雄一の言葉にゆっくりと首を振って断るホーラ。
「ちょっと足りないぐらいが心地良いのさ」
少し寂しげな笑みを見せるホーラは雄一を見つめて続けて言葉を届ける。
「また、連れていってくれる?」
「おう、勿論だ。今度はみんなでこような?」
サムズアップする雄一はホーラに会心の笑みを浮かべる。
その雄一の言動や行動を見て苦笑いをする。
「30点。やっぱり、ユウはユウさ……ユウのバーカ」
雄一から視線をプイッと音が聞こえそうな切り方をするとホーラは雄一を置いて冒険者ギルドの入り口へと歩いていく。
「馬鹿? 30点ってどういう内訳だよ?」
虚を突かれて軽くフリーズしていた雄一は、ホーラを追いかけながら問いかける。
必死に問いかけてくる雄一の追撃にも知らん顔を決め込むホーラは、答えずに冒険者ギルドの入り口に辿り着くと振り返る。
「教えてあげない」
そう言うホーラは雄一にも負けない会心の笑みを浮かべた。
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