第45話 身内の甘酸っぱさは、甘露らしいです
王都で初めて迎える早朝、雄一とホーラとテツは、体を動かす為に特に理由があった訳ではないが、いつも北側の街を抜けた場所で訓練する癖でなんとなく北側に向かう。
今日は、旅行に来たせいか、テンションが高く早く目を覚ましたアリアとミュウも一緒に参加と言ってもアリアは雄一に抱えられてミュウは定位置にいるだけではあるが普段居ない面子が揃っていた。
ただ向かうのは時間の無駄だからと2人に足音をさせないようにして自分に着いてこいと指示する。
2人が着いてくるのがちょっとしんどいと感じる速度に雄一は調整をして走り出す。
走り出して5分ほどは2人とも特に問題はなかったが、すぐにテツの顔に汗が浮かび出す。
柔軟メインでやっているホーラは衝撃を体で逃がす事ができるようだが、テツはそこまで重視してないのが差に出たのと不器用な性格が真面目にやろうと力が入り過ぎているのが原因だろう。
「テツ~、無駄に力が入ってるから疲れるんだぞ? ホーラを見ろ、無駄に力が入ってないのが分かるだろ?」
雄一がそういうと肩のミュウが、意味も分からずに、「ダロー」とガゥガゥと嬉しそうに真似をしてくる。
はい! という返事はいいが余計に力が入ったようで、やれやれとテツは、失敗を繰り返して体で覚えていくタイプだな、と苦笑する。
そうこうしていると街の北側の門番に体を動かす事を伝えて出る許可を貰い、離れた所に森の前にちょっとした草原があると聞かされ、そこを目指して再び、走り出した。
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汗だくにはなっているが最後まで足音をさせずに着いてきたテツを労い、辺りを見渡すと先客がいたようで訓練中の少女の姿があった。
その先客を見つめて雄一は呟く。
「あれ? あの子はマッチョの集い亭の入り口ですれ違った子じゃなかったか?」
ホーラは、ん? と何気ない態度で雄一の視線の先を見るが劇的な反応を示す者がいた。
そう、テツである。
「えっ? どこですか? あっ、本当だ……確か、ティファーニアさん」
そんなテツの反応を見た雄一は、隣のホーラを見つめるとイヤラシイ笑みを浮かべているのを見る。
自分も似たような顔をしているのがホーラの瞳に映る。
生温かい目をする雄一達が見つめるなか、それと気付かずにテツは鍛練中と思われる少女、ティファーニアを見つめる。
雄一達もティファーニアを見つめ、観察するとレイピアを得物にしているようで令嬢のような見た目と反して良く鍛えているのが分かるが、その動きから、とある事を気付かされる。
どうやら独学で一人で毎日のようにやっているようで、そろそろ頭打ちになりかけているのが雄一の目に映った。
実力的にホーラやテツと真正面からやれば、勝ちを拾うのは不可能、いや、テツ相手であれば、鼻の下を伸ばす行動さえやれば一発かもしれない。
普通にやれば勝てないが、おそらく、4の冒険者、上手くすれば3の冒険者としてもやれる力はありそうである。
チラチラと生温かい視線を向けられているのに気付かず、見つめるテツに雄一は、ついにニヤけを隠さずに笑みを浮かべながら声をかける。
「おやおや、テツさん? 王都に来て間もないのに、早速、女の子を口説いて名前を聞き出す手腕、感服仕るといった感じですな? 是非、ご教授をお願いしたいですな~」
だな? とホーラに笑みを送ると同じ笑みをするホーラが頷く。
言われたテツは、慌てて大袈裟に手を振りながら顔を赤くすると捲し立てるように言ってくる。
「えっ? 何を言われるんですか? これは、あれです! マッチョの集い亭で会った時にミランダさんから教えて貰っただけで知りたいと思った訳じゃないんですが、とはいえ、知りたくなかったと言えば、それは嘘になりますが……勿論、下心はなかったですよ? でもでも、ティファーニアさんが魅力がないという訳ではないんですよ。どう言ったらいいんでしょうか、聞いてますか? ユウイチさん!」
目をグルグルさせて言うテツが面白くて、ホーラと一緒に腹を抱えて必死に引き攣る腹筋と戦う雄一。
このままいくと敗北しそうだと思った雄一は、テツを正気に戻す為に額にチョップを入れる。
「分かった、分かった。お前に下心はなく、ティファーニアは魅力的である事は伝わったからアリアとミュウを抱えて歩行の練習をしろ。アリア、ミュウ、手伝ってやってくれ」
額を撫でるテツが面白いのか、ミュウも真似をしてガゥ~と額に両手を当てて唸ると雄一から降りるとテツの下へとアリアと一緒に向かう。
テツは、ティファーニアが気になるようであるが雄一に言われた歩行の練習をする為に2人を抱えると素直に始める。
「ホーラは、いつも通りに柔軟を多めにやって、その後、雑になりかけてる狙いの修正な?」
「ユウは、どうするさ?」
ホーラに、そう言われると雄一は視線をティファーニアに向ける。
「ちょっと、あの子の壁を破る手伝いをな? それに何より……」
そう言う雄一の言葉の続きを予想したようで、ホーラはイヤラシイ笑みを浮かべる。
「後で、詳しい情報を求めるさ?」
さすがは、女の子。こういう話には食い付きが良い。
その言葉に頷く雄一に同じような笑みを返し、柔軟を始めるホーラ。
そのホーラの行動を見送りながら雄一は、ティファーニアに近づいていく。
レイピアを振りながらも雄一達に気付いていたのは分かっていた雄一は、気負いもなく近づいていく。
近づいてくる雄一に警戒するようにレイピアを抜いたままで、いつでも動けるように重心を安定させ見つめる。
「何か、ご用ですか? 邪魔だと言われるなら礼儀知らずだと思いつつも場所を移動してあげても、よろしいですが?」
「いやいや、これだけ広かったら邪魔とか思わないだろ? そうじゃなくて伸び悩んでいるようだから少し揉んでやろうと思ってな?」
おそらく、本人も気付いているだろうと思い、廻りくどい言葉を排した雄一は、ずばり言ってのけるとティファーニアは歯を食い縛る。
「知りもしない相手にそんな事を言われる覚えはありません! 何より貴方から学ぶ事なんて1つとしてありはしませ……」
雄一は、ティファーニアに最後まで言わせる前に巴を眼前に突き入れる。
ティファーニアは、雄一の動きがまったく見えなかったようで鼻先に触れるようにして目の前にある巴の刃に震える。
スッと巴を引くと全身から汗が噴き出したティファーニアに雄一は話しかける。
「負けん気が強い奴は嫌いじゃないが……相手との実力を計れる目は持つようにしような? で、本当に1人で頑張るか?」
腰砕けに座りこみそうになるのをレイピアを杖のようにして足を震わせるティファーニアは瞳を輝かして雄一を見つめる。
「いえ! お願いします。言われるように、ずっと今以上に強くなれずに苛立っていました。是非、ご教授をお願いします」
震える足で立つ、ティファーニアは頑張って頭を下げ、「すぐに震えを抑えます」と歯を食い縛る姿を見ながら近づく雄一は、おもむろにティファーニアの尻を平手で軽く叩く。
ティファーニアは、可愛らしい悲鳴を上げて跳び上がると雄一を睨んでくる。
「そう睨むなよ? 震えは収まって、ちゃんと立てるだろ?」
虚を突かれた顔をして自分の状況を理解したティファーニアは、顔を朱に染めながら再び、雄一を睨みながら言ってくる。
「仰る通りに震えは収まりましたが、レディにする行動じゃありませんよ?」
「心配するな、俺からすれば、お前ぐらいの年齢の者は男でも女でも扱いにほとんど差はつけねぇよ」
言外に子供と言われた事にティファーニアは、頬を膨らませて恨めしそうに見てくるので笑みを浮かべながら頬を指で突いて空気を抜かれる。
雄一の瞳が、子供だろ? と言ってる事を悟ったティファーニアは、口をへの字にしてレイピアを構える。
「では、早速、ご教授をお願いします!」
そうが言うと不機嫌そうな顔のまま突き入れてくるのを笑みを浮かべたままの片目を閉じる雄一の巴に先端を合わせられて突きを止められる。
なっ! という声を上げたティファーニアは慌てて引き、連続突きをして手数を増やしてくるが全て同じように先端を当てられて止められる。
ティファーニアは、後ろに飛び跳ねるようにして下がる。
「分かったか? 相手に気遣う必要がないってことに? お前の前にいるものに遠慮する無駄な行動をする余裕なんて、お前には存在しないんだぜ?」
巴を肩に担いで自然体で見つめる雄一を見つめ、ブルッと体を震わせる。
ティファーニアは、スカートの裾を掴んで目上の者にする礼を雄一にする。
「失礼しました。ご教授をお願いした側が手を抜くような礼を失する行動をお詫びします。私の全力を受け止めてください!」
「気にするな。それは、お前の優しさからくるもの。だが、俺には遠慮は無用だ。殺す気で来い!」
ネコ科を思わせる瞳を輝かせ、口元を綻ばせる。
自分の全力を受け止められる存在を目の前にして、喜びに震えるティファーニアは全力でレイピアを突き入れた。
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それから30分が過ぎた頃、息切れの酷いティファーニアは四肢を広げて、しゃがまれたらパンツ見放題といった格好をする姿に雄一は苦笑する。
「おいおい、レディがする格好じゃないんじゃないか?」
「はぁはぁ、私も勉強中の身。まだ、完璧にできる訳ではありませんのよ?」
身じろぎもできない癖に減らず口だけは叩けるティファーニアに雄一は好意的な視線を送る。
ティファーニアは疲れた顔はするが、凄く満足そうに目を細めて切れる息を整えようと奮闘する。
「今日は、これぐらいだな? 明日もここにこの時間ぐらいからいるだろうから良かったら、また相手になってやるぞ?」
「えっ? よろしいのですか? 是非、お願いします」
首だけでこちらを見てくるティファーニアの顔が嬉しそうに輝く。
それに、頷きで答える雄一だが今の状況を考え、顔を顰める。
「そろそろ帰るのはいいんだが、お前さんをこのままにしていく訳にはいかんから……」
そこまで言うとイヤラシイ笑みを浮かべた雄一は、こちらを気にしながらも歩行の練習をするテツを見る。
思い付いた事を実行する為にテツを呼ぶと、こちらに来る理由ができたのを喜ぶように2人を抱えたまま疾走してくる。
「お呼びですか? ユウイチさん!」
はぁはぁ、と息切れが酷い状態であるが輝く笑顔を雄一とティファーニアに向けるテツに雄一は仰々しく頷く。
「テツ、お前に任務を与える。ティファーニアをこのまま放置する訳にはいかないのは分かるか?」
「え? 勿論です。こんな場所で動けないままにいたらモンスターもそうですが、どんな不埒者が現れるか分かりません!」
鼻を少し大きくするテツは、頬を朱に染めて言ってくるのを必死に笑いを堪える雄一。
「そこで、先程の任務に繋がる。ティファーニアをマッチョの集い亭までおぶって連れて帰る任務をお前に与える!」
言われた内容にショートしそうなテツが、人語とは思えない言語を話し出すのを腹筋が切れる覚悟で耐える。
そして、テツの後方で笑い転げるホーラを羨ましく眺める。
「では、任せた」
そう言うとテツの肩を叩き、アリアとミュウを引き取ると雄一はホーラの下へ戻る。
視線の先では、サムズアップするホーラに同じようにサムズアップを返す雄一。
ホーラと共に振り返り、テツの様子を見る。
顔を赤くしたテツがティファーニアに話しかけながら、時折、手で顔を隠したり、顔を横に振ったりして否定するような対応したりして翻弄されているのを離れた所で見ている雄一とホーラは膝を折り、声を上げるのを我慢して笑い続ける。
「モンスターは現れてないが……間違いなくティファーニアの前にいる者は不埒者だな?」
そういう雄一の言葉に我慢の限度が超えたホーラは声を出すのを抑える臨界を超えたようで噴き出すと笑い転げる。
ホーラの真似をしてアリアとミュウも転がり、ガゥガゥと声を出して遊びだと勘違いして楽しむ。
その光景と離れた位置でなんとか、おんぶする体勢までいくが、どうやらお尻に触れたらしく、慌てたテツが振り出しに戻るのを見て、雄一は微笑ましい笑みを浮かべた。
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