第46話 ティファーニアの事情らしいです

 右往左往するテツを楽しげに見守りながら、なんとかティファーニアをおぶる事に成功したのを見届けた雄一は、みんなを引き連れてマッチョの集い亭へと戻ってきた。


 テツは、1日中、走っていたのかというほどの疲労具合で見てるだけで笑ってしまう始末である。


 戻ってくるとシホーヌとアクアとレイアがテーブルで突っ伏して語りかけても反応がなかったらどうしよう? という具合にピクリとも動かない。


 それを横目にテツは、ガチガチに固まりながらも右端のカウンター席にティファーニアを静かに下ろす。


「ありがとうね? テツ君」


 微笑まれながら言われたテツは、ビシッという音が聞こえそうな直立しながらビッシリと汗を掻き目を大海を泳ぐ魚のように彷徨わせつつも、「はいっ!」と元気良く返事をしていた。


 テツの声を聞いた突っ伏している3人に反応があり、緩慢な動きで辺りを見ると雄一達の姿に気付くと飛び起きる。


「遅いのですぅ! お腹と背中がくっ付くかと思ったのですぅ!」

「そうです! 限界への挑戦を希望などしておりませんよ? 主様」

「いつもより遅いから待たされて死んでしまうかと思ったよっ!」


 噛みつくように言ってくる3人に困ったように眉を寄せる雄一は、ホーラの様子を見てみるが同じように訳が分からない顔をしていた。


「いつもより30分も遅くないだろ? あっ、分かった。お前達も旅行のテンションでいつもより早く起きたんだろ?」


 アリアとミュウと同じように、いつもより早く起きた3人は手持無沙汰でいると仕込みをする匂いにやられたと雄一は判断する。


 腹が空いてしょうがない状態になったが、いつもより早く起きたせいで長い事耐えさせられた事で突っ伏していたと推理を披露する。


 雄一の言葉を聞いた3人、シホーヌは再び、突っ伏して寝た振りをし、アクアを枝毛なんかないだろうに必死に探すフリをする。


 2人に置いていかれるようにされ、どうしたらいいか分からなく右往左往するレイアに雄一が近寄る。


「正解だろ?」


 イヤラシイ笑みを浮かべる雄一を悔しげに見つめると傍にいるアリアに目を向けて光明を見たかのようにアリアに近づく。


「アリア、朝、起きたら居ないから心配したんだ。コイツと一緒かな? とは思ったけど無事で安心したよ」


 目がキョドりながら必死にアリアに話を合わせてくれ、と嘆願しているのが傍目でも分かった。


 そんなレイアをニヤニヤした目で見つめる雄一を見上げるアリアの目が、許してあげて、と言っているように感じた雄一は頷く。


 レイアの話を流す意味も兼ねて、未だに硬直するようにティファーニアの前にいるテツが動けるキッカケを与える為に声をかける。


「ティファーニア、良かったら一緒にここで食って行かないか?」

「有難うございます。お気持ちは嬉しいのですが家族が私にご飯を作って貰うのを待っていますので、少し休んだらすぐ戻りたいと思います、先生」


 先生? と雄一が呟くとティファーニアは瞳をキラキラさせて雄一を見つめてくる。


「先生です。私、ユウイチさんほどの素晴らしい人を見た事がありません。学校で時折訪れた、剣聖と騒がれる人に指導を受けた事が1度ありますが確かに私よりは間違いなく強かった」


 学校に行っている事と、そんな人を呼べるようなとこにいたというところからティファーニアは良いとこの娘かもしれない。


 一瞬、そう思った雄一だったがティファーニアの料理を作るのを待ってる家族というギャップに首を傾げる。


 でも、と繋げるティファーニアは、肩を竦めるようにして思い出すように語る。


「剣聖は、相手の力量も考えずに自分との力の差を見せつけるような戦いをされるだけで学べるモノがありませんでした」


 ティファーニアの言葉を聞く雄一は、教えるのが面倒で突き離す教育方針のようだと溜息を零す。


 余程、やる気がない人物だったのだろう。


 それに引き換え、と繋げ、雄一を尊敬の眼差しを強めて陶酔するように見つめる。


「先生の指導は、私のギリギリを見極めて、頑張れば、頑張るだけ、私の限界引っ張り上げるような手ほどきをして頂ける。まさに夢を見てるような気分で指導して頂きました」


 無茶苦茶持ち上げられて少々気恥かしい雄一は頬を掻く。


 頑張るティファーニアに触発されて、やり過ぎた結果が今の状況を生んでいるが、まったく本人は気にしてないようである。


 雄一は、このまま話を続けさせるとベッドに戻って恥ずかしさでしばらく不貞寝しそうだと思い、「素直に照れるからそれぐらいで勘弁してくれ」と伝える。


 少々、言い足りないといった顔をするが雄一の言葉は絶対だと言わんばかりに飲み込むように褒めるのを止めるのを見て誰かに似ていると頭を抱える。


「憧れ方が女版のテツみたいさ」


 まるで雄一の思考を読んだのかと思えるタイミングでホーラが呆れ口調で呟き、ティファーニアを見つめる。


 雄一も同じ事を思っていたので溜息を吐く事しかできない。


 ここまで褒められると、まともに動けないようにした責任は取るかと思い、カウンターで微笑ましいモノを見るように見つめるミランダに声をかける。


「悪い、俺とホーラとテツはティファーニアを連れていって朝食の手伝いをしてくる。そのままご相伴に預かってくるから3人分の朝食はキャンセルで」


 笑みを浮かべるミランダは頷いて、あっさり了承する。


 ホーラとテツを見て、「すまんな?」と言うとホーラは肩を竦め、テツは逆に喜びを前面に出す。


「えっ? 先生にそんな事をさせる訳には……」

「任せてください、ティファーニアさん! ユウイチさんが凄いのは何も戦うだけじゃないのところが素晴らしいんですよ?」

「ふっふふ、これだけできる冒険者なのに本職が主夫だと言って譲らないのがユウなのさ」


 鼻息を荒くするテツと微笑ましそうに笑うホーラに見つめられたティファーニアは目を白黒させる。


「さて……じゃ、腹を空かせている家族がいるなら急ぐか。献立は決まってるのか?」

「い、いえ、帰りに市場で買おうかと思っていたので……」


 そうか、と答えた雄一は市場に向かう為にマッチョの集い亭を出る事にする。


 勿論、テツにティファーニアのエスコートをするのを言うのを忘れず、言う時にはイヤラシイ笑みを向けたのは言うまでもない。





 マッチョの集い亭を出た雄一達は、市場の場所をティファーニアに聞き、歩みの遅いティファーニアに合わせて歩く。


 さすがに少しは歩けるようになったティファーニアは、おんぶをやんわり拒絶してテツに手を引かれて歩いていた。


 コケそうになったら、「お願いね?」と言われて手を差し出されたテツの顔を思い出すだけで北川家の一同は、しばらく話のネタには困らない様子を晒してくれた。


「家族はどれくらいいるんだ?」


 雄一は市場の品揃えを見て、さすが王都、色々あるがダンガよりは高めだな、と眉を寄せる。


「えっと、私を入れて16人です……」


 へっ? と間抜けな声を出す雄一の視線を受けたティファーニアは赤面させると地面に視線を逃がす。


 ホーラもテツもびっくりしたようでテツなど、大家族なんですね、と変な褒め方をしていた。


 さっさと立ち直った雄一は店のラインナップを見て、ポトフが一番良さそうだと思い、ジャガイモとニンジンと玉ねぎを雄一が指示するモノを木箱に1つ纏めてくれと店主に言うのを見たティファーニアが慌てる。


「先生、さすがにそんな予算は使えない……銅貨20枚以上は……」


 ティファーニアの言葉を無視した雄一は店主との話し始める。


「なぁ? なんで俺が今の商品を詰めさせたかは気付いてるよな?」

「……いくらにしろって言うつもりだ?」


 苦々しく雄一を見つめる店主に笑みを浮かべる。


「銅貨10枚。いや……少し出し過ぎかな?」


 そう言う雄一に驚いたのティファーニアだけである。


 ホーラとテツは、よく見かける光景である為である。


「ちぃ、口止め料という事で銅貨5枚で持っていけ」

「ありがとうよ、おっさんに良い事がある事を祈っておくぜ」


 そう軽口を叩く雄一は木箱を片手で抱えると驚くティファーニアに戦利品ゲットだぜぇ、と子供ぽい笑みを見せる。


「どうやって、そんなに安く買えたのですか? 先生!」

「後で教えてやるよ。ここで話したら交渉した意味がない」


 チラ、と後ろを振り返ると犬を追い払うように手を振る店主に頭を下げると雄一は次はウィンナーを求めて歩く。


 次、行った店でも人数分のウィンナーを銅貨5枚でゲットする雄一に目を白黒させる。


 ティファーニアに家がどこにあるか聞きながら歩き、市場を抜けた辺りで我慢の限界がきたようで雄一に問いかける。


「先生、どういうカラクリなんですか? 普通に買えば銅貨50枚は最低はかかるはずなのに全部合わせて10枚なんて破格過ぎます」

「まあ簡単に言うとな? これは訳有り商品なんだな~」


 えっ? どこがといった風に呟くティファーニアに説明していく。


「まずは、さっき買った野菜だが、これは実は腐りかけで、ジャガイモに至っては芽が出始めて毒になりかけなんだよ」

「腐りかけはこれから食べるのですからいいですが……毒は不味いんじゃ?」


 慌てるティファーニアに雄一は笑みを浮かべる。


「まあ、限界はあるが適切な処置さえすれば普通に食べれるんだぞ? まあ、それらを新鮮なのと混ぜて売ろうとしてたのを突っついて捨て値で売らせたというのが答えだ」


 ウィンナーもしっかり火を通さないと危ない領域のを叩き買ったと伝える。


「だからと言って見様見真似でやろうとするなよ? 特にジャガイモの処置は間違うと幼い子だと本当に死んでしまうからな?」


 雄一が言うような事を考えていたようでティファーニアは体をビクッとさせる。


「ティファーニア、さっき言っていた16人と言ってた内で、お前は1番目なんだろ? 年齢の話だ」

「えっ? どういう事ですか、ユウイチさん? 家族と言っているんだから、お父さんか、お母さんがいるんじゃ?」


 そう話を続ける間もティファーニアは、視線を下に向けたまま答えない。


「おそらくだが、俺達と同じように血の繋がりのない家族じゃないかと思うんだが……どう思うホーラ。お前も途中から薄々気付いてたんだろ?」


 ホーラは、マッチョの集い亭を出た辺りからテツをからかって笑わなくなっていたのに気付いていた雄一は声をかける。


「……ティファーニア……アンタはストリートチルドレン予備軍、いや……最近、ストリートチルドレンになったんじゃない?」


 遠慮気味に聞いてくるホーラの言葉にティファーニアは重たい溜息を吐き、疲れた顔を見せ頷いてくる。


「ホーラさんが仰るように3カ月前に母親が逝き、屋敷を追い出されました。母は妾だったのです」


 悲しそうに語るティファーニアを見てテツは歯を食い縛る。


「母が生きている内は魔力が乏しい私をギリギリ貴族らしい生活と教育を受ける場を与えて貰えてました。ですが、母が逝くと貴族として名乗る事を許したアクセサリーと僅かなお金を握らせると放逐されました」


 酷いと呟くテツに悲しそうではあるがティファーニアは首を横に振る。


 残念な話さ、と呟き、ホーラは相槌を打つようにしてテツに言う。


「これがまともとは言いたくはないさ。でも、現実問題、ティファーニアは、まだ贖罪のつもりだとしてもストリートチルドレンから考えれば運があるほうさ」

「ええ、ここまで育てて貰っただけでなく、何も持たせずに放り出されるよりはマシだったと、何日かして自分でも気付きましたわ」


 貴族の証明するアクセサリーだと思われるペンダントを懐から出して、見せると仕舞う。


「これがあるだけでも私には1度だけにはなるでしょうが、チャンスがあります。私はコミュニティーを立ち上げました。今度、行われるコミュニティーの各付をする大会があります」


 握り拳に力が入り過ぎて白くなっているのを見て痛々しくて見てられないと目を瞑るテツ。


「そこで良い評価を貰い、冒険者ギルドで仕事をしていければ私は家族を養える!」


 そう言うや否や、力が入っていた拳から力が抜けて項垂れる。


「ですが、私では、その大会に出ても1回戦も抜けれないでしょう……しかも、目ぼしい人は既にスカウト済みですし、私は交渉する権利すらない……ですが、最近、王都である噂で持ちきりになってる話があるんです」


 再び、拳に力が戻るティファーニア。


 なんとなく話の雲行きが悪くなったような気がする雄一は頬を引き攣らせる。


「最近、ダンガにドラゴンが飛来して魔法一発で首を跳ねたとか、飛んでるドラゴンを撲殺したとか、良く分からない噂が出回っているのです。それも、たった一人の男という話です」


 ホーラとテツが黙って雄一を見つめる。


 その視線から逃れるように明後日の方向に飛ぶ鳥を追いかけるように見つめる雄一。


「他にも色々とんでもない噂はありますが、それでもドラゴンに勝つような人です。きっと強いはず。その人と交渉して大会に出て貰えれば良い成績が残るはずです。その人と交渉を成功させるためなら……私が払える代償なら何でも払う覚悟があります」


 覚悟の決まった目をするティファーニアを見たホーラとテツが、目で訴えてくる。


 ホーラは、ユウ、どうする? と


 テツは、ユウイチさ――――ん!!!!! と目力入り過ぎだと言いたくなるほど雄一を凝視してくる。


「さて、どうしたものかね……」


 雄一は、周りに聞かれないように口の中だけで、ぼやくように呟くがホーラとテツには聞かれたようだ。


「アタイは、ユウの判断に任せるさ?」


 そう言うがホーラは、見捨てるという選択肢は選ばせないと目で訴えていた。


 勿論、そんな気はないが、そんなに睨むなよ、と心で嘆く。


 もっと酷いのは声は出してないが、涙と鼻水で酷い状態になっているテツが、ユ”ウ”イ”ヂざーん、口パクで伝えてくる。


 テツの様子に気付いたティファーニアは、「大丈夫?」と慌てた風にハンカチを取り出すとテツの涙を拭ってやる。


 その手慣れた動きは普段だから優しいお姉さんをしているのが伺えた。


 更に断り難い理由を見つけた雄一は頭を空いてる手でガシガシと掻き毟る。


 答えが出ない雄一は盛大な溜息を吐く。


「本当にどうしたもんかね~」


 空に向けてボヤく雄一の声は晴天の青空に吸い込まれるように受け止められた。

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