第17話 策士、雄一、爆誕です

 雄一はホーラを連れて、『マッチョの社交場』を出て、メインストリートへと戻ってくる。


 おそらく、朝から行って帰るのが早くて夕方になると判断した雄一は、出発を明日の朝一にする事にした。


 明日は手抜き料理になる事から、今日は手の込んだのにしようかと思ったようで、市場に寄り道する事にした。


 鼻歌を歌うようにして、市場で、昼と夕食は何をしようかな?と呟きながら、市場に並ぶ食材を見ながら歩いていた。


 まったく気負ってない雄一に、安心していいのか、不安に思ったらいいのか分からない顔をしたホーラが、何かを聞きたそうにしていると気付いた雄一が声をかける。


「どうした? 聞きたい事があるなら、聞いてみればいいだろ?」


 雄一は、市場のトマトを見つめ、「これは、いいトマトだ」と呟き、サラダを出すとトマトを避けるレイアにトマトの美味しさを教えてやろう……と意気込む。


「ユウは、なんで、ミチルダに何も説明を求めなかったさ?」


 雄一は、市場のおばちゃんに、


「お姉さん、この美味そうなトマトを8つくれ」


 と声をかけ、色々、褒められた事が嬉しかったのか、良いモノを選んで、更に1個オマケしてくれる。


 雄一は、おばちゃんに銅貨を払うとトマトを受け取り、ホーラに向き直る。


 そうだなぁ、と呟きながら空を見つめる。


「この刀を手渡された時から、試験はスタートしてたからかな?」


 紙袋に入ったトマトの匂いを嗅いで、いい匂いがすると笑みを浮かべながら、ホーラの質問に答える。


「えっ? どういうことさ?」

「まあ、俺も確信がある訳じゃないが、あそこで質問すれば減点な上に、質問内容次第じゃ、その時点で取り戻せない失点になりかねなかったって事だな」


 ミチルダにリンゴって言われて、急に食べたくなったので、目に付いた店で購入する。


 卵はあったし、あっ、ベーコンが欲しいな、と辺りをキョロキョロしながらホーラの質問に答える雄一。


「そんな事ある? 言われた内容を吟味する事は、重要さ。そこから生まれる疑問をそのままにする、分かったつもりでいるのは、減点じゃないの?」

「まあ、言いたい事は分かるぞ? でもな、聞き逃したから、もう1度ぐらいならいいが、そういう意図されたものだから、そういうモノだと咀嚼するしかないんだな、これが」


 キョロキョロしながら、鼻をスンスンさせていた雄一が、こっちから燻製のいい匂いがすると言うとホーラの手を取り、歩き出す。


 手を引かれて歩くのは、少し恥ずかしいお年頃ではあったが、ちょっと嬉しかったようで、顔を赤くしながらもされるがままになるホーラは照れ隠しに質問を続ける。


「そんなの無茶ぶりさぁ! そんなのでどうやって、達成したらいいのさ」


 サリナの言葉でも触れられていたが、前に行った森の奥は本当に危険と知られている。


 雄一と出会って、適性を見いだされて、少し戦えるようにはなったが、今のホーラではそこに踏みいるだけで、自殺しにいくのと変わらないとしっかり認識できていた。


 いくら雄一が強いと言っても、心配な事は変わらないホーラは、雄一のプライドを傷つけないように言ってくる。


「ユウ、別に武器を買うなら、あの『マッチョの社交場』に拘る必要はないさ。他でも評判がいい店はあるから……」


 ホーラが雄一の手を握り返しながら心配そうな顔で言う姿を見て、苦笑する。


「気を使わせたな。でもな、俺は色んな意味で、『マッチョの社交場』で武器を用立てて貰わないと納得できなくなってる」

「ど、どうしてさ?」


 最初にミチルダに会った時と言ってる事が、逆転している事に、びっくりしたホーラが聞き返す。


 雄一は、歩いていた足を止めて、ベルトに無造作に差している逆刃刀に視線をやる。


「俺はどうやら、あのマッチョのお眼鏡にかなったらしい。そして、この逆刃刀を見せつけて、こんな特殊なモノですら、他人を魅了する物を打てる者以外の武器で、満足できるならしてみなさい……と喧嘩売ってきてるのさ」


 悔しそうに言う雄一を見つめたホーラが、思い出すように言ってくる。


「確かに、アタイが聞いた話じゃ、武器制作依頼してきた奴らは門前払いで、力づくで作らせようとした者も撃退したとか聞いたさ」


 あのマッチョの姿を思い出して、2人は顔を見合わせると、プッと噴き出すとすぐに爆笑に変わる。


 その状況が手に取るように分かってしまった為である。


 笑顔のまま、2人は市場を練り歩き、ベーコンを入手すると腹を空かせていると思われる3人が待つ家路を急いだ。



 腹を空かせた3人が、ドアが開く音に反応して飛び出してくる。


 雄一が持つ物を見て、表情が曇った人物がいた。


 レイアである。


「ト、トマト……アタシが嫌いって知ってて、買ってくるなんて、アタシに対する嫌がらせかよっ!」


 噛みつくように言ってくるレイアに、自信ありげな雄一は笑みを浮かべる。


「その情報は古いな、今日からレイアはトマトが嫌いじゃなくなるんだぜ? 我慢どころか、また食べたいと思えるトマトと出会う日になるのさ」


 レイアの視線に合わせる為に屈む雄一は、そっと手をレイアの頭に置くと語りかける。


「レイア、俺と賭けをしようじゃないか?」

「賭け? 何を賭けるっての?」


 この馬鹿は何を言い出してるんだ? と思ったようだが、同時に興味が出たようで、こちらを見つめるレイアを笑顔で見つめる雄一。


 賭けをするという事に意識がきていて気付いてないレイアのお馬鹿さん加減をいい事に、頭を撫でられている事を悟らせないように自分の持てるチートをフル活用する。


 レイアの頭を剣豪も真っ青な気配の消し方でナデナデを堪能する親馬鹿、雄一が溜めを作って勿体ぶって話す。


「俺が作るトマト料理をレイアが我慢して1口食べて、次、食べられないかどうかをだよ」

「馬鹿だろ? お前? アタシがトマトを2口食べれる訳ないだろ?」


 呆れるレイアは、半眼で雄一を見つめるが雄一の余裕の笑みは崩れない。


「じゃ、賭けは成立だな。レイアが食べれないなら、明日の昼にレイアが食べたい物を作ろうじゃないか? で、食べれる物を作った場合だが……」


 ふっふふ、と邪なオーラを発する雄一の態度に、恐怖を覚えたレイアが仰け反る。


「その時は、レイアは俺の胸に飛び込んでくるんだ。ハグを、ハグを希望するっ!!!」


 両手を広げた雄一は、「今でもいいぞ?」と嬉しそうにしている姿を見たレイアは嫌そうな顔をする。


「ハグ? アタシ、ちっちゃい子だから、分かんない……」


 視線を明後日に向けて、すっトボケる。


 今までの料理から、雄一なら万が一があると踏んだようである。


 いつもの雄一なら、ここで項垂れて終わるが今日は折れない!


 アリアに視線をやると、アリアは頷いてくる。


 雄一は両手を広げて、「カムヒア、アリア!」と叫ぶ。


 トタトタといった走り方をするアリアが雄一の近くにくると、トゥ! と言う掛け声が聞こえそうな飛び方をすると雄一の胸に飛び込み、雄一はガシッ! とアリアを抱き締める。


 抱き締め合った2人は、同時にレイアに顔を向けて、サムズアップをバッチリ決める。


「これが、ハグだっ!!」


 逃げる道を1つ塞がれたレイアは苦虫を噛むような顔をする。


「アタシは受けるって言ってないし……」

「えっ? レイア、逃げんの?」


 分かりやす過ぎる挑発であったが、さすが4歳児、あっさりと乗ってくる。


「誰が逃げるか! 受けてやるっ!!」

「じゃ、賭けは成立って事でぇ~」


 手を振りながら背を向ける雄一の後ろでは、やってしまったとばかりに項垂れるレイアの姿があった。


 雄一の目と口が、三日月形になるのを見ていたシホーヌが呟く。


「おとなげないのですぅ……ユウイチは最低なのですぅ。でも、レイアのおかげで、今日はとても美味しい物が食べれる予感が、ヒシヒシとするのですぅ~」


 スキップしながら、アホ毛をピコピコさせ、空色の瞳を輝かせて食堂のテーブルを拭いて、いつでも食べれるようにと準備をする為にレイアを放置して去って行く。


 未だ、項垂れて床に手を着くレイアの肩をホーラがポンと手を置く。


「まあ、犬に噛まれたと思って、諦めるさ?」

「ホーラ姉、頼むから、そうならないって言ってほしいよ……」


 頭を掻くホーラは、レイアには悪いが、やる気になった雄一が失敗する絵がどうしても浮かばなかった。


「好き嫌いはないほうがいいさ、こういうのが嫌なら嫌いなモノを自分から直すようにするといいさ」


 ホーラはもっともらしい事を言うと、レイアの下から離れて、雄一がどんなものを作るのか気になり、雄一に着いていったアリアを追いかけて台所へと歩いていった。

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