第10話 お巡りさんのお世話にはならんのです
雄一は、今、とても大きな試練を乗り越えないといけない状態に追い込まれていた。
もしかするとモンスターの群れに放り込まれるほうが気が楽なんじゃないのかというほど緊張を強いられていた。
初仕事に出て、確かにいきなり失敗して帰ってきた訳ではあるがホーラに聞く限り、特に期限がある訳ではないらしい。だから、やり直しが効く話である為、まだ依頼失敗というにはまだ早かった。
なのに、シホーヌとレイアの視線が恐ろしく冷たい。アリアは雄一に寄ろうとしているがレイアに手を引かれて邪魔をされていた。
雄一は思う。そろそろ、現実を認めよう……と。
確かに家に入る前までは、うっかりして気付いてなかった事だが、連れてきたホーラを紹介した時に気付いた。
思い出してほしい……ホーラがどういう格好をしていたかを……
雄一のブレザーを羽織ってボタンを留める事でワンピース状態ではあるが、靴のみの真っ裸であることを。
仕事に出たはずの男が陽が暮れて、仕事失敗して帰って来て、11歳の子をこんな格好して連れて帰ってきたら、普通はどうするか?
お巡りさん! こっちですっ!!!
はい、正解です。
雄一は、背中に流れる汗を意識しながらも、3人に近寄ろうとするが、近寄った分だけ下がられる。
「事情も聞かずに決めつけるのはどうだろうか? 頼むから話を聞いてくれ」
浮気がばれた旦那のようなセリフだと頭に過る雄一ではあったが、どうやら今は考えない方針のようだ。
「それで? メリハリボディーが大好きだと言ってたのは、本当の趣味を隠す為のブラフだったのですぅ?」
汚らわしいモノを見るような目のシホーヌに「冤罪だ!」と訴え「女の子の服を取るなんて酷い!」と憤慨するレイアにホッとする。
さすがに4歳児がシホーヌと同じ思考に至っていたら、雄一は家を飛び出したかもしれない。
「だから、違うんだって、依頼で汚れたから、洗って、俺の服を貸したから、こうなってるだけなんだって! なぁ、ホーラも言ってやってくれよ」
振り返ってホーラを見つめた雄一は仰け反る。
ホーラの半眼で静かに見つめられていた為である。
雄一はあれぇ? と思う。
入ってくる時までは、とても嬉しそうで明るい光を放っていた瞳が、今はとても深い闇を思わせる瞳をしていた。
ゆっくりと雄一から視線を切って、シホーヌ達に視線を向けたホーラは悲しそうな瞳をして、右手で左の二の腕を掴みながら口を開く。
「アタイは、コイツの(声)で、ビックリして汚されて、依頼を失敗した後、泉に無理やり連れていかれて、コイツのモノの(風呂敷)を使って洗う事になりました。そして、濡れて着れなくなって、こんな格好をしています」
振り返らなくとも分かる。
後ろから刺さる視線の温度が絶対零度まで下がった事に……
雄一は慌てて言う。
「ホーラ、今、重要なとこを敢えて小さい声であいつ等に聞こえないように言っただろ!」
ホーラは怯えた振りをして、シホーヌに駆け寄り、抱き締められる。
シホーヌとレイアに、キッ! と睨まれるが雄一は「冤罪だぁ!」と再び叫ぶ。
雄一は、男として覚悟を決める。
両膝を地面に着けて、両手を前に出して地面に叩きつけるように着く。
そして、鋭い視線をシホーヌ達に叩きつける。
その視線にシホーヌ達はビクッとさせるが気にせず、雄一は額を地面に叩きつけるように下げると叫ぶ。
「たのんますんで、話を聞いてくださいっ!!」
雄一は日本古来からの伝家の宝刀の『 Dogeza 』を発動させる。そんな雄一の頭を撫でてくる者がいる。
この場の唯一の味方であろうアリアであった。
土下座をしながら、雄一の目端に青春の汗が盛り上がる。
悲しいんじゃない、アリアの優しさが嬉しいのだ……と自分に言い聞かせているように見えた。
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それから1時間の雄一の奮闘の結果と雄一を苛める事で気が済んだようで、事を収める気になったホーラの事情説明で、漸く誤解が解け、シホーヌとレイアが腹が減ったと騒ぎ、雄一は台所に追いやられる。
「あいつ等、腹が減ったからどうでも良くなって納得したんじゃないだろうな?」
そうブツクサ言う雄一であるが、割と真理である。
女性とはそれほど疑ってない時は自分の欲求を優先するにも関わらず、仕方がないと折れてあげた、という態度を取りたがるモノである。
逆に男は馬鹿だから、もっとミエミエの手しか使えない辺りが物悲しい。
雄一は頭にある考えを振り払い、確かに遅い時間になってきてるから、早く料理をしよう、と腕まくりをすると横から声をかけられる。
「アンタが料理するだね?」
シホーヌに借りたと思われるブカブカのワンピースを着て現れたホーラが台所に入ってくる。
雄一は先程の事を思い出して、半眼でホーラを睨む。
「お前な? さっきのは酷いだろーが?」
「知らないね、アンタが紛らわしい事するからでしょ」
そっぽ向くホーラに嘆息しながら、献立を考えていると籠にまだ残るサツマイモに目が行く。
あの2人は食欲旺盛に見えるが食い意地が張っているだけで、それほど食べはしない。
おそらく頑張って1本食べたぐらいであろう。
逆にアリアがびっくりするぐらいに食べると伝えておこう。
サツマイモを手にして悩む雄一を見つめてホーラが言ってくる。
「夜もサツマイモにするの?」
「ん? まあ、俺達は朝からになるから1日、サツマイモ尽くしになるがな」
さすがに3食は止めておいたら? と、食材に余裕があるのを見て知っているようで雄一に言ってくるが、首を横に振って否定する。
「台所を預かる者として、それは頂けない判断だな。無理してまでとは考えないが、食材が同じでも食べ方を変えればいいんだぜ?」
そういうもんかねぇ……と言うホーラに、そういうもんさ、と笑いかける。
雄一は竈に火を入れる。
そして、サツマイモを乱切りにすると竈の上に中華鍋を置いて、熱している間にでっかい皿をテーブルの上に置く。
始めたら時間との勝負になるから、事前準備は大事である。
鍋の周りに必要な調味料を並べると、熱された中華鍋に炒め物をするには多い油をひく。乱切りしたサツマイモを投入する。
そして、転がすようにして廻し続け、一度、蒸したサツマイモの為、火の通りを確認する必要はないが香ばしい匂いがしてくるのを確認すると、火を弱めて、蜂蜜を投下する。
それだけじゃないっとばかりに、みりんをさぁーとかけて、風味付けに酢をパッと入れる。
そして、蓋を被せて、2分ぐらいそうすると今度は引っ繰り返して、同じ時間すれば、最後に黒ゴマを塗して絡めて、皿の盛れば、大学芋の完成である。
完成、と思い、横を見るとホーラは感心したように雄一が作った大学芋を眺めていた。その後ろでふんぞり返った駄女神が言ってくる。
「ユウイチっ! 3食、同じサツマイモは飽きるのですぅ! この借りは大きいものになるのですぅ!」
そのシホーヌを見つめるホーラはとっても残念そうに見つめ、雄一は、当然の光景を見るように呆れた顔をして口を開く。
「シホーヌ。そういうセリフは涎を拭ってからにしような?」
雄一はシホーヌの涎を手拭で拭ってやる。
拭われて、涎が垂れてた事に気付いたシホーヌは、赤面して「今回は見逃してやるのですぅ!」と言ってくるが、見逃すのは雄一のほうであった。
手を叩く雄一は指示する。
「もう何を用意しろ、と言わなくても分かるな? シホーヌは飲み物。レイアはフォークを用意しろよ」
台所の出入り口からひょっこり顔を出すレイアはバツ悪そうな顔をしながら、フォークを出し始める。
レイアの後ろから出てきたアリアは雄一の傍に来ると皿を運ぼうとするが大皿の為持てないようで、雄一を見つめる。
「じゃ、一緒に運ぼうな?」
そういう雄一にコクリと頷くアリアに微笑みかけると、振り返ってホーラに声をかける。
「ホーラはあそこにある取り皿を人数分な?」
雄一は大皿を持つと、両手を上げるアリアの掌の上に皿が触れる高さに調節して、ガニ股でヨタヨタ……と仲よさげに歩く。
そんな雄一の後ろ姿を見て、ホーラは暖かい気持ちから零れ落ちた笑顔を浮かべて、取り皿を抱えながら、雄一達の後ろを幸せそうに歩いた。
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テーブルに着くと、毎度の事だが、2人がまだか? まだか? と雄一を見てくる。
今回はレイアが雄一に殺意があるのかというぐらいに視線に力が籠っている。
相当、腹が減っているようである。
雄一は「もう少し待て」というとホーラに向き直り、口を開く。
「家では、ご飯を食べる時の決まりがあるんだ。これから俺達がやるのをしっかり見て真似てくれな?」
雄一達が手を合わせて、「いただきます」と言うのを見ていたホーラに雄一は、「やってみ?」と頷いてみせる。
ホーラも倣ってやってみせるのを見た雄一はフォークを握り締めている2匹の獣にヨシ! とゴーサインを出す。
すると、慌てて口に放り込む2人を見つめた雄一は「あぁー!」と声を出すのと同時に2人は慌てて飲み物を口に入れる。
「熱いから気を付けて食えよ?」
「遅いのですぅ! そういう大事な事は最初に言って欲しいのですよ!!」
レイアは口を拭うと椅子から飛び降り、雄一の傍にくると無言で脛を狙って蹴りに来るので必死に防戦する雄一。
それを眺めながら、ゆっくり、と大学芋をパクつくアリア。
その光景を眺めながら、大学芋に息を吹きつけて、冷まし、口に入れたホーラの口許が綻んだ、と思ったら真一文字になる。
その場に広がる嗚咽を我慢するような声がみんなの耳に届く。
文句を言っていたシホーヌも蹴り続けていたレイア、食べていたアリアも手を止めて、その発生源に目を向ける。
ホロホロ……と泣くホーラの頭に雄一は掌を置く。
「今日から、お前は家の子だ。ここがお前が帰ってくる場所だからな?」
止まらぬ涙を拭う事もせずに、雄一の言葉に何度も頷くホーラに「たんと食え!」と言う雄一の言葉に従うように黙々と食べる。
雄一は優しげな視線を送り、頭を撫でながら、周りを見渡して「お前等もしっかり食えよ」と微笑む。
優しげな空気に包まれた食堂で食べたこの大学芋を決してホーラは忘れない。
ホーラの大好物になる記念日であった。
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