第2話 文民統制(シビリアンコントロール)

「周囲をスキャン。

 受動パッシブモード」


俺は〈機械仕掛け〉に命じる。


「スキャン。

 受動パッシブモード完了。

 半径50メートル以内に、高熱源反応、動体反応いずれもなし。

 能動アクティブモードでの再スキャンを提案。

 能動アクティブモードであれば、より広範囲かつ、細密なスキャンが可能」


「いや。

 能動アクティブはまずい。

 誰が聞き耳を立てているかわからない」


俺は〈機械仕掛け〉の提案を即座に却下する。


〈機械仕掛け〉には能力も知識もある。


しかし、絶対的に不足しているモノがある。


経験だ。


それは、サーバから転送された情報を分析して得るものではない。


ネットを検索して得るものでもない。


おのれの足や手を動かす。


そして、泥や血にまみれながら得るものだからだ。


「衛星はどうだ?」


「偵察衛星の上空通過まで、およそ1800セカンド」


この作戦オペレーションのため、無理をいって偵察衛星の軌道を変えてもらった。


しかし、偵察衛星は気象衛星や通信衛星とは違う。


地球の自転周期に合わせて軌道に置かれた衛星。


静止衛星ではない。


何時間かおきの通過時間帯。


そのときにしか情報を得ることができない。


通常の戦域であれば、航空機の支援が受けられる。


だが、いまは論外だ。


〈俺〉は決断をせまられる。


予定通り、夜を待って〈目標〉をおさえる、か。


あるいは、このまま明るいうちに侵行する、か。


先ほどの少年のことがある。


発見されれば……。


いや。


少年が発見されなくても、少年の姿が見えないことに誰かが気づく。


そうなれば、異変を、侵入者の存在を……。


感じ取る者がでてくるかもしれない。


ビジネスの世界。


そこでは、時には待ちもありかもしれない。


しかし、援軍が来ないのがわかっている敵地。


そこで待っていていいことなどまずない。


俺は小休止の後、このまま侵攻することに決める。


〈機械仕掛け〉には必要ないかもしれない。


でも、生身の俺には休息が必要だからだ。


俺には原子力のこと。


それは、基本的なことしかわからない。


俺、個人としては……。


事故が起こったときに取り返しがつかない状況に陥るモノ。


子々孫々にわたって……。


後始末を強要するようになってしまうようなシロモノ。


そんな、普段、享受できている利益。


そいつがいっしゅんで吹き飛ぶ。


そして、有形無形の負債を抱えなければならなくなるようなモノ。


そんなモノは人の手で、作ってはならないと思う。


俺たち兵隊は常時。


不測の事態に備えるのが仕事のようなものだ。


だから、研究者連中の「絶対問題ない」。


あるいは「0%に等しい低確率」などという言葉。


そんなものには一切、耳を貸すことがない。


それはいうまでもないことだ。


しかし、それはその国の有権者。


そして、有権者が選出した為政者いせいしゃが決めることだ。


だから、そういったことをしとするのか。


しとするのか。


そういったことも、政治屋れんちゅうのすることだ。


俺のような兵隊はひたすら。


与えられた任務をこなすだけだ。


それがいまの人類が考え得た。


いまのところ理想的だとされている。


巨大になり過ぎた近代化軍隊ちからの抑制方法。


文民統制シビリアンコントロールというヤツだからだ。


「おい。

 文民統制シビリアンコントロールってわかるか?」


文民統制シビリアンコントロールですか?

 それが何か?」


「まあ、いい。

 〈俺〉は寝る」


目標ターゲット〉に関して、そんなことを考えている……。


すると睡魔がおそってきた。


〈機械仕掛け〉には「15分後に起こせ」と命令してある。


この命令を発した。


そのとき。


俺ははじめて〈機械仕掛け〉のことを「便利だな」と肯定する気持ちになった。


ちょっとだけだが……。

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