第17話 相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主

「ねー。トレボー。みかん取ってよー」


 こたつにずっぽし埋まった赤毛の美女が、一センチも動かずに、口だけで言ってくる。

 このゴージャス美女は、昼間っからうちに寄って「休憩」とかいって、何十分か居座ってゆく。

 こたつの一面は、もうほとんど専用となっているくらいだ。


「やなこった。てめーで取れ」


 俺は当然の返事を、あたりまえのように返した。


「みかん取りなさいよ」


「こんどは命令形かよ。お願いとかプリーズとか付ける気はないのか」


「取ってくんなきゃ、いますぐ電話してゾーマ呼んで、取らす」


「それは脅迫なのか? 脅迫になるのか? もしNOっていったら、どういうことになるんだ? 本当に実行するんだな?」


 言いあう俺たち二人を、ろとは、右をみて左をみて右をみて左をみて――とやっていたが、自分も口を開いて――。


「ねー。とれぼー。ぼくもミカンたべたーい」

「ああ」


 俺は立ちあがった。

 台所からみかんを持ってきて、ろとの前に置く。


「わーい」


 お供えされたみかんを前に、ろとは無邪気によろこぶ。


「ちょっとォ――あたしのみかんはー?」

「その重たいケツを持ちあげて自分で取りにいけよ。好きに食え。代金までは請求しねでおいてやる」


「まー、トレボーってば、ハードボイルドぉー」


「とれぼー。むいてー」

「ああ」


 俺は、ろとのために、みかんを剥きはじめた。


「もー、過保護ねー」

「いいんだよ」


 俺は言った。

 べつに甘やかしているわけではない。これは仕方がない。ろとだから。


「で。あたしのみかんは?」

「そんなに意地になるほどのことか?」

「意地をはってんのは、どっちなのかしらー?」

「すくなくとも俺ではないな」


 彼女は携帯電話を取りだした。なんでか二つ折りのガラケーを、彼女はいまだに使っている。


「これが最後通告よ。ハードボイルドな坊や。――あんたが取ってくるか、ゾーマに取らせるか、どちらかを選びなさい」

「どちらを選んでも後悔しそうな選択肢だな」

「そうよ。どちらで後悔したいか、選ばせてあげるって言ってるの」


 俺とワードナーが、ハードボイルドごっこをやって、遊んでいると――。


「ねーねー? わーどなー、みかん、食べたいのー?」

「そうなの。でもトレボーが、この可哀想な継母ままははをいじめるの」

「だれが継母ままははだ」


「じゃあ、ぼくが持ってきてあげるー」


 ろとはこたつを出た。たたっと走って、たたっと戻ってくる。

 たった六畳間のなかでも一生懸命。


「はい」


 ワードナーの前に、みかんがお供えされる。


「みかんむくのは、とれぼーが、上手なんだよー」


「あーもう! ロトちゃん、くっそかわいいわぁー!」


 ワードナーはそう叫ぶと、がばりと、ろとに覆いかぶさった。襲いかかった。


「ああもうかわいい! しんぼーたまんないわ! 犯していい? ねえ犯していいっ!? いいわよねーっ!」


 くんずほくれつ。あっちをもみもみ。こっちをもみもみ。ちゅっちゅっ。

 以前から両刀使いバイの疑惑があった彼女ではあるが、やはり、噂は真実だったらしい。


「とれぼー、たすけてー!」


 ろとが助けを求めていたので、俺は手頃な凶器を探しはじめた。


 うんこれがいいな。

 カラーボックスに刺さっていた「辞書」を手にして――。


 ごいん、と、ろとに覆いかぶさるワードナーの脳天に落とした。


 頭を抑えて、振り返ってきたワードナーは――。


「なによ? ――混ざりたいの?」


 ケツを蹴っ飛ばす。

 半分ずりさがった真っ赤なショーツが目に飛びこんでくる。


「とれぼー、こわいよー! わーどなーが、ハァハァ言ってたよー!」

「おー。よしよし」


 ろとがすがりついてくる。

 ずり上がっておヘソの露出していた裾を直す。プルオーバーのフードも頭にかぶせてやる。ハム耳がぴょんと立つ。


「オバさんはコワいから。おまえ。こっちに座っとけ」


 ろとを違う面に座らせた。

 ワードナーとの間には、俺が座る。


「あんま、ろとを怖がらせんなよ」

「あんた意外と平気なのね。あたしにロトちゃん取られても、いいの?」


 いや取られんし。


「そういえば。あんたと、ろとって……どんな関係?」


 彼女に言われて、ちょっと考えた。


「トモダチだよー」


 考えていたら、ろとに即答されていた。


「とれぼーはねー、一番のトモダチー!」

「あたしから見ると、相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主……ってところに見えるんだけど」

「ヒモは余計だ」


 相棒については異存はない。

 執事――についても、まあいいだろう。

 ママってところには、若干、見解の相違がありそうだ。

 飼い主……は、言い得て妙?


 俺は、ろとを見た。

 ハーフトップのフードについてる、ハム耳が、ぴこぴこ動いた。


「そういや。あんたとゾーマは、どんな仲なんだよ?」

「うふっ。気になる? 気になるー? 気になるうぅ?」

「べつに」


 俺はそっぽを向いた。

 あー。ほうじ茶が、うんめえ。

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