第11章:悠久の剣

11-1

 守りたいものが、あたしにはあるから。


 セレンの転移魔法でクライスフレインに戻ると、楼閣の入口で、兄さんが腕組みして壁によっかかり、あたしたちを待ち構えていた。

「悪い報せとそうでもない報せがある」おかえり、より先にその台詞が飛び出す。「どちらから聞く」

 仏頂面は相変わらずだけど、悪い報せがあるっていうのにニコニコしてる人がいたら、それが兄さんじゃなくたって、頭どうしたんだって思うだろう。

「悪い方から聞こうか」

 レジェントが答えると、兄さんは告げた。

「世界各地の街がシェイドに襲われている。ハミルやガゼルのような大都市は対抗するだけの力が残っているが、小規模な村などの中には壊滅したものもあるらしい」

 影が動くという事は、本格的に世界を滅ぼそうというフェルバーンの、ううん、アポカリプスの意志なんだろう。あたしたちは表情を固くする。

「そうでもない方は?」

「カバラ社と連絡が取れた」

 セレンが訊くと、あくまで淡々と兄さんは続ける。

「というか、ナイアティットがガゼルに赴き、アスター・トスティを直接連れて来た。影が各地を襲撃している話も、カバラ社が集めた確定情報として聞いたものだ」

「それを先に言って欲しかったな」レジェントが苦笑して足早に歩き出した。「賓客を国王が出迎えないなど、俺が失礼極まりない男みたいじゃないか」

 それであたしたちも彼の後を追って楼閣内へ入る。

 客室の扉を開けると、

「これはレジェント陛下、それにみなさん!」

 ソファにかけてはいるけど、どこか所在無げにきょろきょろしていたアスター君が、ばっと立ち上がり、あたしたちに深々頭を下げた後、黒縁メガネのずれを直した。あまり眠っていないんだろうか、目の下にクマができて、歳より幼い印象を受けていた顔が今は逆に老けて見える。

 エイリーンとリサも合流して、六人でアスター君の話を聞く事になった。

「社長の……、いえ、アポカリプスの声を世界中が聞いた直後から、カバラ社の世界中を繋ぐ回線が断絶されていたのです」

 恐らくフェルバーンが、人間たちが連携を取ってアポカリプスに対抗できないよう、社長になった時から仕込んでいたんだろう。それでも、カバラ社に残った社員が自力でそれをある程度まで復旧すると、今度は各地の支店やバウンサーから、影襲撃の報が次々舞い込んで来た、とアスター君は語った。

 便乗するかのように魔物も凶暴さを増しているらしい。戦わずにいる事で村を守ろうとした、エーデルハイトのあの村は大丈夫だろうか。ちょっと心配になる。

「今は私が臨時の社長代行という事で、社員たちに指示を下しておりますが、なにぶん、世界の地形も変わっているらしく、現状を把握するだけで手一杯です」

「それについてはオレから説明できる」

 セレンが言った。たしかに、アストラルとして覚醒した彼なら、アスター君に充分な解説をする事ができるだろう。

「ただ、その前に」赤い瞳が鋭くアスター君に向けられた。

「一応確認しておきたいな。あんたは社長秘書という奴に一番近い位置にいたのに、何もされなかったのか。シェリーさんのように」

 するとアスター君は、自分が疑われている事も先刻承知だったんだろう。困ったように肩をすくめる。

「私のようなもやしでは、影にしても役に立ちそうに無いと判断されたのでしょうね。彼の計画を微塵も知らされなかった訳ですし」

 そこは利用されなくてよかったとほっとしていいのか、利用価値が無いと思われたんだと落ち込むべきか。アスター君としても心中複雑なところだろう。

「だけど」

 だからあたしは告げる。

「アスター君が味方でいてくれるなら心強いよ。助かる事がいっぱいある」

 すると唐突にアスター君が、ぼっと顔を赤くしてあたしを見つめた。それから不自然に視線を泳がせて、

「と、とにかく、我々カバラ社は皆さんのサポートの為、情報収集とその提供に尽力します」

 と、ちょっとどもる。一体どうしたんだろう。首を傾げていると、「お前は無自覚だから怖いんだ」と、兄さんがぽつりと洩らした。レジェントやエイリーンたちも笑いをこらえているふうなので、どうやら訳がわかっていないのは、またあたしだけみたいだ。

 あたしの疑問を置き去りにして、セレンが、わかる限りの事をアスター君に語る。アストラルの存在は事実で、彼らがアポカリプスを造り出した事。世界が融合して、アストラルの里が現れている事。そして、アポカリプスを斬れる神剣の事。

「では、アポカリプスを倒すには、勇者の子孫であるカランさんかラテジアさんがその剣を手にして立ち向かうしか、方法が無いのですか」

「今のところはな」

 アスター君が問うと、セレンは眉間に皺を寄せる。

「千年の間に、神剣以外でもアポカリプスやアストラル、影化した生命を倒せる技術を、アストラルは開発してきたみたいだけれど、カルバリーを受け継いだ時の記憶の中に無いんだ。それを研究していた光と風のアストラルなら……」

 そこまで言ったところで、客室の扉が叩かれ、サイゼルさんが、

「お話中、失礼いたします」

 と入って来た。

「アストラルだと名乗る、妙な風体のふたり組が、皆様を訪ねてまいりました」

「妙な、とは?」

 レジェントが訊くと、サイゼルさんは困惑気味の表情で答える。

「金の髪と瞳を持つ者と、緑の髪に瞳を持つ者です。緑の髪の者は、その、カラン殿より薄い緑ですが」

「純血の光と風のアストラルだよ」

 外見を聞いてセレンが即座に反応する。レジェントは頷き、「通してくれ」とサイゼルさんに告げた。

 やがて、言われた通りの容姿を持つふたりが案内されてくる。光のアストラルだろう金色の青年は、ほっそりと背の高いそこそこ美形。緑の風のアストラルはやや小柄で、青年よりは年上に見える男性。

「フリメル・アイトの光のアストラル、ノアル・ジャルカ・クリューゲル」

「レア・アイトの風のアストラル、アーレン・ユス・ヴァナ」

 ふたりは順番に名乗り、ノアルと名乗った光のアストラルの方が言葉を継いだ。

「シエナ・アイトのユエナ・サザク・アイエスクスの依頼により、アポカリプスに対抗できる武器の製法を授けに来た」

 それを聞いて、あたしたちは目を丸くした。ユエナ、彼女が本当に他のアストラルにかけあってくれたんだ。

「では、ミーネ・スクーナーの所に行ってくれないか。彼女はヴァリアラ、いや、世界でも屈指の武器職人だ。きっと期待に応えられると思う」

 レジェントがそう言うと、ノアルとアーレンは、承知した、と短く返事をし、アーレンが付け加える。

「他にも、カバラ社とやらに技術提供をするため、同志がガゼルや各地の都市へ向かった」

「それはありがたい!」アスター君が深々と頭を下げる。「ありがとうございます」

 少しずつ、だけど。人間とアストラルが近づきつつある。世界に訪れる脅威を前にして、手を取り合おうという意志を見せてくれる。あたしは、その歩み寄りを嬉しく思った。

「ところでね、お願いがあるんだけど」

 その時、話し合いの時には聞き役に徹して、あまり自己主張をしてこなかったエイリーンが挙手する。なんだろう。あたしたちが揃って不思議そうな顔を向けると、注目を浴びた彼女は、ちょっとおもはゆそうに微笑みながら提案した。

「神剣を探しに行く前に一度、ドローレスおばあさまの所へ行ってもらってもいいかしら?」

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