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あたしたち二人がシェリーに呼び出されたのは、セレンがバウンサー登録をしてから二日後の事だった。
他の街では、バウンサーは自発的に仕事をもらいに行くもので、向こうから指名されて出向く事が多いザスの流儀は特殊らしい。
まあとにかく、あたしにとってはそんな稀な事態では無かったので、フェリオに休みをもらい、また、誰かの家の庭の芝刈りだの、荷物運びだのだろうと思いながら、カバラ社支店に向かった。
ところが、あたしたちを出迎えたシェリーはいつになく真剣な表情をして、彼女にしては珍しく挨拶もろくすっぽに話を切り出した。
「サンザスリナ城の魔力結界が、何者かに壊されたらしいのよ」
サンザスリナは、以前ここいら一帯を治めていた王国。西のオルトバルス大陸に在るサンザスリナとランバートン、東のダイアム大陸のヴァリアラ、北のエーデルハイト大陸のクルーテッダスというのが、千年も前から続く世界の四大王国だったらしいんだけど、クルーテッダスは百五十年くらい前に滅びて、サンザスリナも、いつだかの王様がえらい横暴で全く民を顧みなかったせいで、革命が起き王族は追放された。
それ以後、サンザスリナ城はカバラ社が管理する遺跡になって、カバラ社から依頼を受けたバウンサーが、魔物や盗掘者が紛れ込んだりしていないか定期的に点検する以外は、立ち入る者はいないはずだし、そもそも、シェリーの言う結界が、ほとんどの侵入者を弾くはずなんだけど。
「その、魔力結界って何なんですか」
ああ、馬鹿セレン。後先考えずに訊いちゃった。
「あ、それはね、カバラ社が古代文明の方式を解析して独自に開発したシステムでね、結界石を用いて、この支店に常に情報が届くように」
「とにかく、早く城へ様子を見に行った方がいいんじゃないの?」
シェリーの長講釈が始まりかけたので、あたしはセレンの手を思い切りつねって話に割り込んだ。あいつが顔をしかめて睨んできたが、気にしない。
シェリーも、あたしたちのやりとりには気づかず、そうだった、と手を打った。
「実は、あなたたちの前に、たまたま来たバウンサー二人にも、様子を見に行ってもらえるように頼んだの」
バウンサーのルールを知らないセレンは何とも思わずに聞いていたが、あたしはつい、え、と声を洩らしていた。
バウンサーの仕事は、基本的にはひとつに対して一人、もしくは一グループが原則だ。ひとつの仕事に複数のバウンサーが関わったら、報酬の取り合いになってしまうから。カバラ社側もそれを踏まえて、バウンサーに上手く仕事を割り振るのが、普通。
でも今回は、そのルールを無視する程の緊急事態って事か。
「報酬は全員にきちんと払うから」
シェリーもそれを自覚しているらしく、そう告げると、ちょっと重そうな革の小袋を差し出した。
「前の二人にも渡したんだけど、結界石。城内に不審者がいないか確認して、結界の壊れた箇所にこれを置いて、修復して来て欲しいの」
袋を開けてみると、素人目にはただの変哲無い拳大の石にしか見えないものが、四個入っている。
「城までの道には魔物が出るわ。まあカランと、噂に聞いているセレン君の力なら、大丈夫だとは思うけど、注意するに越した事は無いから気をつけてね」
突然、ケタケタケタ、っと店内に笑い声が響いたので、あたしとセレンは思わず、びくうっと、目に見えるほどすくみあがる。
声の方を見やると、カバラ社製魔力人形『マークくん』だった。人肌を再現して、温くぷにぷにと触り心地が良いくせに、カックンカックン動く彼は、巷の子供たちには人気者らしいのだが、あたしはどうにも不気味でなじめない。まあ、直球で言えば、嫌だ。
そいつのタイミングの良すぎる変な笑いに、あたしは少なからず、この先に不安を覚えたわけ。
ザスからサンザスリナ城までは徒歩で半日ほど。馬を飛ばせば数時間もかからない。今回は急を要する事態だし、先行しているはずのバウンサー二人も馬を使ったというので、あたしたちも馬を借りて行く事にした。
が、そこで問題が起きた。セレンが「乗り方がわからない」とか言い出したのだ。そういえば普段の生活に支障が無さすぎて、あいつが記憶喪失だという事実を半ば忘れかけていた。
いちから乗り方を教えている時間は無いので、仕方無く、一頭の馬を、あたしが操ってあいつが後ろに乗る、という、色々と少々恥ずかしい形を取る事態になった。
「変なとこ触らないでよ」
「いや、つかまらないと振り落とされるだろこれ。大体お前の身体のどこに触りがいのある……がふっ!」
余計な事を言い切りそうな口をグーで黙らせ、あいつがしばらく逡巡し、大人しくこっちの腰に腕を回してきたところで、あたしは馬を走り出させた。
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