第1章:赤色の出会い
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彼と出会ったあの日を、多分あたしは一生忘れない。
燃えるように真っ赤な流星が、雲ひとつ無い青空を駆けた。
それをあたしが見つけたのは、外で洗濯物を干していたからという、本当にたまたまの偶然で、運命とか、必然とか、そんなものは全く存在しなかったと、今でも思う。
ばたばた風にたなびくシーツやタオルの間から垣間見えた赤い光は、弧を描いて、あたしの住むザスの街上空を飛び越え、街の南、ルグレット平原の方角へと落ちて行った。
あたしは咄嗟に、まだ洗濯物の詰まった籠を放り出して、建物の中へ走り出す。
「ちょっと、洗濯は終わったの!?」
どたばたと階段を駆け登って行くと、世話になってるこの店の主、フェリオの声が聞こえたけど。
「そんなのあとあと! もうけるチャンス!」
あたしは気にせず自分の部屋へ駆け込んだ。
ルグレット平原には昔から、空からの贈り物が降って来る事がままある。その多くは、この世界には存在しない鉱物だったり、科学者なら研究の為に、鍛冶屋なら究極の武器作成の為にと、喉から手が出るほど欲しがる金属だったり。
とにかく、この世界の文明と経済を仕切るカバラ社の支店にでも持って行けば、物の質によってはしばらく遊んで暮らせるだけのお金に換えてもらえるような代物だ。
あれだけ目立つ光だったのだから、それ相応の大きさの物が落ちただろう。他人に取られる前に、早い者勝ちだ。
平時のシャツとロングスカートを脱ぎ捨て、動きやすい服に着替える。鏡の前で、髪を高い位置で結い上げてリボンを巻く。左側の横の髪を少しだけ編みこむのは、あたしのポリシー。長剣と、小道具の入ったポーチを腰に帯びる。時に凶暴化した魔物が人を襲う事があるこの世界では、街の外に出るのに武器は欠かせない物だ。
身支度を整えて、再度鏡をのぞきこむ。
十五という実年齢よりやや幼いのが不満の顔。青の瞳に黒い髪。とうに見慣れた、あたしの顔。
うん、とひとつうなずいて、あたしは部屋を飛び出した。
ルグレット平原は広い草原だ。昔ザスが、サンザスリナという国の主要都市のひとつだった頃は、戦場になったりもしたそうだけど、今は、薬草や食べられる草も茸も採れる、ザスの人間の大事な生活源。
そこにこのところ、魔物が出るようになった。
魔物はこの世界に昔からいたけれど、大抵は大人しく辺境に住み、活動するのも夜間で、人を襲うなんて事は滅多に無かった。なのにここ数年、妙に凶暴になって、昼間からうろつくようになった。
まあ、ザスの周辺に出没するのは、ゴブリンとかキラービー程度の低級の魔物だ。ちょっと腕に覚えのある人間なら恐れる必要は無い。
だからあたしはいつも通り、ちょっかいかけてくる魔物を、剣を片手に――あたしは左利きなので左手に持ち――ちゃっちゃと追っ払って、赤い光が落ちたと思しき場所へずんずん歩いて行った。
近づくと、あの光が落ちた形跡だろう、草がなぎ倒されて、少し焼け焦げている。
一体どれほどのお宝が手に入るか。ドキドキ楽しみにしながら、倒れた草の軌跡を追ってやや背の高い茂みを抜けたあたしは、あっけにとられてしばしぽかんと立ち尽くしてしまった。
それは、隕石でも、鉱物でもなかった。あたしと同じ、手足を持つ。
人間の男の子。
さらにあたしを驚かせたのは、彼が、全身傷だらけで倒れていた事。
この子が降って来たの? 空から? どうして?
湧いて出た疑問は、がさがさと草をかき分ける、別の誰かの気配に遮られた。
感じ取れたのは、殺気。
あたしは咄嗟に腰の剣に手をかけていた。こんなに殺伐とした気配をまき散らす連中を、あたしは知っている。奴らがただの魔物じゃない事も。
現れたのは、黒いフードつきのローブで頭から爪先まですっぽり覆った連中。その数、二。あたしは倒れた男の子を背にかばって、奴らに左右を挟まれる形になっていた。
「退け、小娘」
黒フードの一人が、ボソボソした声で言いながらあたしの前に踏み出して来た。
「すぐさま立ち去り、ここで見たものを忘れると言うならば、命までは取らずにいてやる」
それに対するあたしの答えは、鞘から剣を抜いて構える事だった。
そんないかにも悪役の口上聞いて、はいそうですかって大人しく引き下がるあたしじゃない。
「そうか……では、その無謀さ、とくと後悔させてやろう!」
黒フード達が動いた。
振り下ろされた腕をすんでのところで避けるが、服の袖がすっぱりと裂ける。
予想通り。
あたしが振り向いた時には、長いローブの下からのぞく腕は、人間のものじゃなかった。腕自体も指も妙に細長く伸び、鋭い爪が生えている。
『
あたし達がそう呼んでいる、人間じゃない、かと言って普通の魔物でもない、得体の知れない連中。いつからこの世界に現れたか、奴らは人や獣に似た姿をとって人々の間に紛れ込む。だけどこうやって本性を現して、人間に襲いかかって来る事があるのだ。
ふたり目の攻撃をかわして、剣を腹めがけて叩き込む。ローブが裂ける手応えはあったが、影は、斬った、という感触を決して与えない。ただ、うめき声を洩らして、そいつは黒い煙をあげながら崩れ落ち、消滅した。
影に仲間意識があるのかどうかはわからない。だけど、相方をやられたもうひとりが、地を蹴って鋭い爪を振りかざしてくる。あたしは地に足を踏ん張ると、真正面から敵を待ち受け、剣を突き出した。
剣は確実に、人であれば心臓のある位置を貫く。そこから一気に振り抜くと、影はやはり黒い煙と鳥肌の立つような呻き声をあげて消滅した。
油断無く剣を構えたまま、他に影の気配が無い事を確認し、ようやく剣を鞘に収める。
それからあたしは足元に倒れる男の子を振り返り、膝をつくと、よっこらしょ、とオバサンみたいなかけ声ひとつあげて、彼の腕をこっちの肩に回す格好でかつぎあげた。
血に汚れるのを気にするよりも、手当てをするのが先だと思った。
そして。
ちょっとやっかいな拾い物をしてしまったのかもしれない、とも。
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