第76話 休校
「ローデリア共和国ついに戦端を開く」
月狼国の新聞社月狼紙網は、一面でローデリアの参戦を報じた。
「ついに動きよったか」
王国の研究室で遅めの朝食をとっていたランドルフは、眉根を寄せて紙面をにらんだ。
結論から言うならば―――――こうなることは薄々だが、分かってはいた。
最近は特にローデリア近隣は、事件や小競り合いが頻繁に起こり、また、シシリーによって、もたらされた情報でもそれはわかっていた。
「きっと戦争は起こってしまうわ。残念だけれど」
シシリーは、王国の十人委員会に起こりうる未来を、簡潔に語ったのはまだ記憶にあたらしい。
日の当たる研究室の机で、豆茶を飲みながら、紙面を読み進めていくと――――今度は各都市の経済状況をまとめたところに「雪花国」の記事があるのをランドルフは見つけ嬉しくなった。
(雪乃もすっかり為政者か)
若かった頃のやんちゃな姿からは、いまの落ち着いた姿は誰が想像できただろう。
師匠も自分も、そしてシシリーまでもが、仲間であった最後の最後の時まで雪乃を『心配』だったのを思い出した。
もっとも――――雪乃は
「余計なお世話です。まぁ――――これからは誰が最後まで生き残るかで勝負しましょうかね」
そんなことを言って、雪虎の背に跨ったまま森の奥へと消えていった姿は――――
今でもランドルフの脳裏にカラーで思い返せるほどに覚えていた。
記事は、月狼国の各都市で「銃」の製造が始まったこと。そして、蒸気機関を使い、馬車に代わる移動手段を模索し始めていると書かれてあった。
(師匠が言っておった
師匠が、宿屋で蒸気機関の事を話して聞かせたことがあったのを思い出す。
確かその話の中には
(なぜこうも未来を予見できる?未来を見て来たのかのぅ)
師匠の言った夢物語が現実味を帯び始め――――半ば、予言にも近い形で実現しようとしていることに、彼は冷や汗をかいた。
そのほかにも、「雪花国」はその「銃」の製造に置いて、月狼国内でも着々と量産体制を組んでいることも書かれている。
「確かに。あそこは女が多いからの。種族的にも雪人は女が生まれる確率が高い。難民を積極的に受け入れているのも、常備兵を増やすためじゃろうしな。銃が量産されれば―――――魔術の素養がない女子供とて簡単に騎士を打ち抜く戦力じゃよなぁ」
ランドルフは一人ごちている――――と、コンコンと研究室のドアを叩く音が鳴った。
「入ってよいぞぉ」
ドアを見もせず、許可を出すと―――スッとドアが内側へ勝手に開き――――生徒が立っているのが、声で知ることが出来た。
「こんにちわ。ランドルフ先生」
「なんじゃ。ハンナか」
「医療課」のハンナ・キルペライネン。
いまや、各国に名がとどろく「聖女」でもあった。
「何かあったかの?」
「はい――――ついさきほど、十人委員会の会議上で『休校』の措置が取られることが、決定したので・・・・そのご連絡を」
ハンナの声が、沈んでいる。
顔は泣いてはいないだろうが――――うつむいているだろうとも、ランドルフには分っていた。
「やはりな――――じゃが・・・・うまくやったのう。『休校』で押しとどめることが出来たか」
「はい。一時は今回の事件の責任をとって『廃校』だと、ローデリアからは要求がありましたが、月狼国が我らの味方となってくれました」
「そうか。200年余り続いた『王国』も一時、その旗を降ろさねばならんな。寂しくなるのう」
「はい――――」
「廊下に突っ立っておらんで、中に入れ。温かい豆茶でも入れてやろう」
ランドルフは背を向けたまま、優しげな声でハンナを部屋に招き入れた。
2
「シシリー様はどうなさるのです?」
ヴェロニカは、会議室に残ったままのシシリーに問いかけた。
「そうねぇ。休校だと働き口がないものねぇ。困ったわ」
シシリーはのんびりと、思案しながらつぶやく。もっともシシリーほどの実力をもってすれば、どこであろうと再就職など軽いものだが。
本人もそれは分かっているはずで、顔にはいつもの余裕気な笑みが浮かぶばかり。真意の底は読み取れそうになかった。
「ところで――――凍太ちゃんの事だけれど。どうしたらいいと思う?」
「どうしたら?――――とは」
ヴェロニカは、オウム返しをするほかない。シシリーの質問があいまいだったからだ。
「このまま――――王国に住まわせて私の下で一緒に暮らすか、親元に返すかよ」
「僭越ながら、シシリー様のもとで、ともに過ごされるべきかと。もとより月狼国の暗部に狙われないため「王国」に亡命されたのです。今は戻すべきではありませんわ」
「そうよねぇ――――でも。「王国」は6か月の後、『休校』の措置が取られるわ。生徒の大半は親元に返されて、王国で生まれ育った子たちはここに残ることになる。――――でも、それは一般の子達だけ。『特務』の任にある力の強い子達はそうはいかないわ。ローデリアや月狼国は仲間に引き入れるか、できないならば、殺してしまおうと考える筈よ」
「では――――どうするのです?」
持ってしまった「力」の大きさゆえに自国に返してやることも、残ることもままならない、というのであれば、一体どうするのだろうか?
「だから――――」
ニコリと、シシリーは笑って、そして、
「捕まる前に逃げるのよ」
3
夕刻、講堂に呼ばれた現、特務員5人を含めたメンバー達は、ウェルデンベルグ本人から事情を、聞かされることになった。
「現、特務員5人と、他、一定以上の魔力量を持つ、お主達ににお願いがあるんじゃ」
ウェルデンベルグは講堂の壇上にたって各課の上位5位までにいる、生徒に向かって、静かに言った。
「来月から6か月後、「王国」は無期限で休校をする事に決した」
まず、ウェルデンベルグは頭を下げた。――――そして
「じゃがな。無期限休校に追い込まれる前に、君たちに「任務」を与えようと思うとる。これから現特務や君たちには、一足先に各地へ渡り、同盟国を募って貰う。――――これは言うまでもないとは思うが、力のある君たちにとっては『亡命』と同義じゃ」
そうも続けた。
「きっとローデリアや南の大陸が次に打ってくるのは、「王国」の解体じゃろう。ワシは、君らの価値が分からん、やつらなんぞに、任せるつもりは毛頭ない。
じゃが、数は力でもある。きっとローデリアのクソッタレ共は、数の力にモノを言わせて『王国』を、そして――――君たちを『併呑』してしまおうと考えておるはずじゃ。羽虫といえど集まれば脅威になりうる。いくらワシやシシリーちゃん。
十人委員会の先生方が強くても、疲れも、判断を迷ったりすることだってあるものじゃしな。数に押されることもあるじゃろう。
そうなれば――――「王国」は少ない手勢で――――つまりワシと十人委員会の先生方で守るしかなくなる。そうなったときに、君らの呼びかけに賛同してくれる同盟国の手助けがあればきっと、「王国」は守り切れるはずじゃ――――まぁ、ひどいことにはなるじゃろうがな」
ウェルデンベルグは、声をさらに重くした。
「ひどいことになっても、この場所さえ残っておれば『やり直す』ことは出来る。じゃから、君たちの『家』を守ると思って――――どうか手を貸してほしい」
声は重いものだった――――が
生徒たちからは、「やります!」「拝命しました!」などの明確な明るい声が響くことになった。
「いい返事ねぇ」
傍らで聞いていた、エリーナ・ガルティエはうんうんと頷き、他の十人委員会の面々も、自分達の育て上げた生徒達を見て、ニヤリと笑い呟いた。
「育てかたは間違ってなかったな」
「ああ、全くその通りだ」
4
それからしばらくの後。南の大陸――――サガルル山の裾野にあるエルトゥール村でも「王国」の休校の噂で村は持ちきりになっていた。
サガルル山の裾野から中腹に掛けて、森に囲われた一角があるが、ここには古代種とされる「竜尾族」またはドラゴニュートと呼ばれる種族が住んでいた。
人間の姿に近いとされる彼らだったが、絶対的な違いを上げるとすれば、二本の角と尾が『必ず』生えていること、そして住民の皆が比翼をもっていることがあげられる。
一説によれば、彼らは、サガルル山に棲む龍が人間と交わることで生まれたとも、また、竜の変化した姿だ。ともいうが―――――いまとなっては事の真相は分からなくなっていた。
「ついに「王国」もきつく成って来たのかね」
「ウェルデンベルグは悔しいだろうな」
住民は噂を聞いて、皆、一様にウェルデンベルグと「王国」に同情した。当然の報いだ。などと口にする者は誰一人としておらず――――なぜならその昔に古代龍からこのエルトゥール村を救ったのがウェルデンベルグとその仲間たちであったのだから――――言えるはずもない。
そんなことを言う者がいれば、のけ者として排除されてしまうだろうことは誰もが分かっていた。
サガルル山の古代龍はエルトゥール村の「竜尾族」にとって畏怖の対象そのものだった。古代龍は冬眠から開けると、減っている腹を満たすようにエルトゥール村へ飛来し住人を襲って食べるということが毎回のように繰り返されていた。
古代種からしてみれば、人間のような姿をした生物であって、『餌』以外の何物でもない。
腹が空いたから――――食べる。
相手に尻尾があろうがなかろうが――――ドラゴニュートだろうが人間だろうが『餌』にはかわりない。
村の住人は突如として、空からやってくる「災害」に困っていたところ、ある日、若き日のウェルデンベルグ一行が、古代龍を「気に食わない」という理由から退治して見せた。
ウェルデンベルグとその仲間たちは何も言わずにエルトゥール村に少し滞在した後、当時の村長に
「おまえさんたちに許しもなく、古代龍を倒してしまった。一応、誤っておこうと思ってな。もし――――信仰の対象であったなら、余計な世話を焼いてしまったかもしれない。詫びといっちゃなんだが――――」
そう言って古代龍の住処から少し、くすねて来た金銀と財宝、宝石の類を自分たちはなにも取らずに村長へと丸投げしてしまった。
それ以来――――仲間を食った古代龍を倒してくれた、ウェルデンベルグ一行はエルトゥール村にとって「英雄」となった―――――そしてそれは、今も変わってはいない。
100年近くたった今も、ウェルデンベルグの偉業は村の子供に脈々と受け継がれている。
あるドラゴニュートの老人は今でも語る。
「アレはワシらを死地から救ってくれた。古代龍がいまだに健在であればこの村は食いつくされていただろう」――――と。そしてそれは必ずこう締めくくられるのだ。
「ウェルデンベルグには借りがある。借りは返すんもんじゃ」
5
「あんな田舎に帰りたくないにゃあ」
ミライザは中庭にある射撃場でライフルを構えながら言った。
「俺だってここを出たくはないが――――仕方ないさ」
タァン。
隣でミライザの持つライフルよりもさらに、銃身が長くなった銃のサイトスコープをのぞき込んだまま――――エンリケ・グロッソは的を射貫いて見せた。
「ちょい右ね。エンリケ君。左へ
エンリケの隣で双眼鏡をのぞき込んだ科機工課のスズノが的の弾痕の位置からエンリケへ支持を出した。
「あいよ―――――
エンリケはすぐさまサイトスコープを左へ気持ち照準を修正した。
タァン。
「―――――どうだ?スズノさん」
「良い感じじゃないかしら―――――新型の調整はこんなもんかしらね」
スズノは双眼鏡を下ろすと、ふぅ。とため息を漏らした
「ここもあと、一か月かぁ・・・・月狼国に帰るのは――――憂鬱だわ」
「スズノはまだいいにゃ。アタシなんかローデリア辺境府のヒュプトゥナ村。大がつく田舎にゃ!」
タァン
ミライザの撃った弾はいらだちと力みのせいで――――的を大きく外した。
「外れ。力み過ぎだぜ。ミライザ」
エンリケはフフンとにやついて見せる。
「エンリケは、どうするにゃ?」
「俺は一旦故郷に帰ってみるツモリさ」
無論その後はウェルデンベルグの指示に従って同盟国探しにでることは決まっていた。
「お前だって総長様から言われたろうに。」
ミライザを見ずにエンリケは語り掛けた。
ミライザとて科機工課序列4位の優秀な人材なのだ。勿論、この間のウェルデンベルグの言葉を聞いてはいる。
「都会と田舎を一緒にするにゃ。田舎は動こうにも都会の何倍も苦労するのにゃ。
それに――――これから、アタシの故郷は雪に埋もれる。同盟国を探そうにもすぐに動き出せるって訳じゃない」
タァン
そう言ってミライザの撃った次の弾は―――――的を射貫いた。
「ソリャそうだな」
ミライザの言葉はエンリケを黙らせるのに十分すぎる威力を持っていた。
6
講堂に全教員、生徒が集められている。一段、高くなった壇上には、ウェルデンベルグの後ろに十人委員会が横並びになっていた。
「全生徒諸君。蛇の王国は今日をもって無期限休校となることを、諸君らにお伝えすることになってしもうた――――申し訳なく思っておる」
「こうなってしまったからには、無念じゃが、一時的に休校措置をとらざるを得ん。じゃがな――――」
「蛇の王国は君らの暮らした「家」じゃ。そこから一時的に親元へ返すだけ。これを覚えておいてほしい。それに、まだまだ君らの魔術は未完成じゃ。こういってはなんだが、学ぶことは数限りなくあり、そして「蛇の王国」は、惜しみ無く学べる場所で有ることをワシ、ウェルデンベルグの名の元に宣言しよう。そして、また、ここで、供に学べる事を願っておる――――また、帰っておいで。待っとるぞ」
最後に発された言葉は、既に涙声になっており、―――――帽子で隠れてはいたが、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
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