第67話 海賊の戦い方

海賊女王アリーナは『鉄腕』ヴァンデットと共に南吠ナンフェイの街に攻めこむ算段を海賊船のなかで話し合っていた

「ミリアスの情報屋が持ってきた内容は知ってるね?」

「ああ、南吠ナンフェイの街が何でか、無傷なんだってな」

「不思議じゃないさ。何てったって王国の奴等が加勢してる。あいつらの厄介さはあんたも知ってる筈だろ?」

「知っている―――――いや覚えているさ」

『鉄腕』は肩口にはめ込まれた腕甲ガントレットを撫でて見せる。

「俺の腕を持っていったのは魔術師やつらの魔術だ。今でもあの時の夢を見るくらいだからな」

ヴァンデットは渋面を見せた。

鉄腕ヴァンデットは10代の後半に魔術士によって片腕を吹き飛ばされた経験がある。今でもその時の悪夢を繰り返し見るくらいだ。

無論、やった相手は王国の魔術士ではない。ではないが、ヴァンデットにしてみれば魔術師は全て敵だった。

「既にミリアスが先に動いてる。南吠ナンフェイはミリアスに任せるとしてだ――――

問題は王国をどうやって足止めするかなのさ」

アリーナはキセルを揺らしながら、地図を目の前にして小さな宝石を3個地図の上に置いて見せた。

「いいかい?緑の宝石が王国の手勢だ。で――――青がミリアス。赤がアタシ達だ」

それぞれ緑の石は地図上の王国に、青いサファイアに似た宝石は、南吠ナンフェイの沖に。

そして、赤い宝石は南の大陸の先端へと置かれる。

「で、ここに――――4つ目の勢力が入る」

そう言っておかれた宝石はタイガーアイによく似たマーブル模様が美しい石。

それが王国のすぐ隣の沖にコトンと置かれた。

「そいつは?」

「これは海老さ。あのジジイ今回は珍しく乗り気でねぇ。王国に奇襲を掛けるんだってさ」

「へぇ。ファンのジジイめ。戦陣に立つなんて珍しいじゃねぇか」

「まずは、ミリアスが南吠ナンフェイに攻めかかる。月狼国の兵隊たちがいるらしいが物の数じゃあない。南吠ナンフェイはミリアスが落とすだろうね」

ス――――と青い宝石が南吠ナンフェイの街に移動する。

「で―――その情報は月狼国を経由して各地に広がる。まず最初に行くのは王国とローデリアさ」

ヴァンデットは黙ったままだ。

「勿論、王国は今回も月狼国から要請を受けて兵を送り込む筈さ。それもミリアスの兵隊を相手する。だが――――この派兵の際、大勢を移動させるには自ずと船を使う」

ここで地図上の緑の宝石が沖へ少しだけ移動する。

「なるほどな――――そこで『海老』の出番か」

「当たりサ。船が王国をでて沖に付いたら、ファンの船が攻撃を仕掛ける。当然あいつらは応戦してくるだろうが――――ファンの狙いはそこじゃない。船を丸ごと沈没させるつもりなのさ」

「相手は魔術師だぜ?飛んで逃げるやつらはどうする?」

「『冷血』エディルが南の大陸から飛竜を20頭ばかり買い占めて、自分の船で輸送してる。飛んだ魔術士達は―――――飛竜そいつらの餌サ」

わざと飛ばせて横合いから飛竜20頭を放ち、捕食させる。

大型の飛竜は肉食で、素早い。魔術士の飛翔の魔術の早さとは飛竜の早さは訳が違う。もれなく空に逃げた魔術士は飛竜に食われてしまうだろう。

「このプランをエディルから聞いたとき、ミリアスとファン・ローはひどく薄気味悪い笑み浮かべてた」

アリーナはふぅと自分を落ち着かせるように、紫煙を吐き出した。

「で?俺たちは?」

ヴァンデットがアリーナに聞く。

「ミリアスが南吠を取った後に動く予定だとさ」

「つまんねぇなぁ」

「後はエディルに聞いてみな。すべてはアイツの頭の中にある。」

そういってアリーナは説明を終えて船室を後にした。



夜中に成って、ローデリアの王国に一番近い港町アテペウスに21隻の船団が数珠繋ぎになって荷揚げを待っていた。

港町の一角にある倉庫群に次々と荷揚げされ平済みされていく大きな木箱は縦横5メートルほどの正方形で、中からは時折ガシャンと金属の当たる音がし、何かの鳴き声が聞こえていた。

「くくく・・・これで準備は整ったな」

黒い外套に身を包んだエディルは葉巻を吸いながら、木箱を見つめる。

「高い買い物だったぜ」

木箱の中身はもちろん飛竜で、今は暴れださないように眠りの魔術を施した檻に入れてある。

海老ファン・ローが動き出した時を見計らって、空に飛竜を放ち、魔術士達を食らわせる。

腹の減った飛竜たちは空に飛ぶ、他の鳥などの動くものを食べる習性がある。

それを利用して魔術士達を襲わせようというのだ。

飛竜たちは飛んで動いているものならば、すべて餌だ。それが鳥であろうが、人間であろうが、関係はない。

このアテペウスの今いる位置からは王国の沖合は障害物は何もない。

腹の減った飛竜は一目散で飛び立ち餌を存分に食うだろうとエディルは予想する。

「いまから笑いが止まらんぜ。海賊ならではの戦い方ってのを見せてやるヨ・・・・ククク」

暗闇の中、いつまでもエディルは笑い続けていた。



少し時間は遡る。

「さぁ―――獲物を狩るとしようかね」

ミリアスは沖についてから、夜になるまで時が満ちるのを待っていた。

狙うのは夜襲。

昼間は近くの岩礁に船を止めて置き夜霧が出るまで、待つ。

今回は75人ほどを乗せた船が5艘。岩礁に隠れるように停泊し今か今かと

時が満ちるのを待っていた。

「錨を上げろ!出航だ!!」

ミリアスが号令を掛けると、すぐに命令がランプによる信号で合図され4隻の中型海賊船と1隻の大型海賊船が岩礁の陰から姿を現した。

どれも帆船であるが、みな規模は帆船フリゲート程度で、三本のマストが特徴的だった。

夜霧に紛れながら進むと、次第に霧の中に灯台の明かりが見えだした。

「見えたねぇ――――南吠ナンフェイだ」

ミリアスは望遠鏡をのぞき込み周囲を確認した。間違いない。月狼国の国旗と南吠の街を現す旗が並んで立っているのが見えた。

「突撃だ!!お前ら!気合入れなァ!」

「――――――!!」

号令を掛けると甲板から返事が怒号となって帰ってきた。

「女は殺せ!男は生け捕りにして、楽しんでから奴隷にしな!」

「イァぁぁ―――――!」

ミリアスは女だらけの海賊団を率いている都合上、煽り方も心得ていた。

船員のモチベーションを高めてやるためには、まず餌がいる。女の海賊たちにとってそれは、男、酒、財宝だった。



月狼国警備隊が海賊団の船を見つけた時にはすでに一隻目から海賊が飛び降りて、着地を果たしているところだった。

「海賊がぁ!」

切りかかった女の兵士は、跳んでくる矢によって四方から打ち抜かれて絶命した。

やがて港の防備の一部にほころびが生じて、戦線が崩れだすと、水がしみ込むようにして、そこから海賊たちが中へ、中へと街を蹂躙していった。


月狼国の警備兵たちの兵は自国の民を守るために、奮戦していた。が――――

相手との数が違いすぎる。時間がたつうちに、月狼国の兵士たちはじりじりと押され始めて行いった。

「歯ごたえがない街だねぇ!いるのはジジイとババアとメスガキばっかじゃないか!」

女海賊が笑う。一方で右端の奥に続く道では何やら物音がしている。

「助けてくれぇ!」

奥からは悲鳴を上げる男の声――――

「ぎゃっはははは!助けなんて来るわけねぇだろが!」

「おら、殺されたくなかったら大人しくしな!もう片方の腕も壊してやろうか!?」

そして、複数の女の声がしていた。

(いいねぇ!まだ男がいるみたいだ・・・・捕まえてアタシたちの専属のおもちゃにするのも悪くないね)

そんなことを考えながら、相手の戦列に切りかかり、兵士を切殺す。

相手は三人ほどいたが、女海賊の方が戦い慣れをしていて兵士たちには相手が務まりそうもない。

兵士のうちの二人が、同時に槍を上から叩きつけるが――――女海賊は一方をがしりと掴み、もう一方を剣で刃先を切り落として難をしのいだ。

「―――――!」

槍を掴まれた方は槍を引き戻そうとして力を籠めるが槍は動こうともしない。

刃先を切り落とされた方は半狂乱で突っ込んで行った末に

「うぐっ!」

後ろから別の海賊に襲われて死んでしまった。

「さあどうするよ?あんた正規兵だろう?掛かって来いよ!?」

腰が引けた兵士は槍を捨てて逃げ出そうと踵を返す。が、

「・・・・・ちっ 腰抜けが。死にな」

その臆病なさまを見て女海賊はボウガンを背中から取り出すと引き金を迷わず引いて―――兵士を鉄兜ごと射貫いて見せた。



夜が明けるころには、南吠の街は陥落した。

街のあちらこちらには死体の山と、嬲られる女共と男の姿。

金品は強奪され、家は燃やされ、王国が救った南吠の街の姿は面影もなくなっていた。

「へっ。生きてる男はこれだけかい」

ミリアスは目の前に縛られた男たちを見ながら――――その中の一人の顔面に蹴りを入れた。

「おや。まだ生きてるねぇ!腕は折れてるようだが、治れば奴隷として使えるかもねぇ!」

「お頭!その前にひさしぶりにアタシらにも回してくださいよ。久しぶりにチ○コを味わってみてぇんですよ」

「いいぜ。好きにしな――――ただし殺すなよ?最後には売り飛ばすんだからな」

「へい!わかってまさぁ」

まるでけだもののように男を持ち上げると、髪を掴んで顔を上げさせる。

「よかったなぁ!お前はアタシたちのおもちゃになる。せいぜい頑張ってオッタてなよ?」

回りには100を超す女海賊の姿。どれも引き締まった肉体で柔らかそうなところなどなさそうな体付き――――こんなのの相手をさせられては一日と持たないだろう。

残りの30人ほどの男は同じ目にあわされ――――船内へと引っ張られていった。

「ああ、良い燃えっぷりだねェ―――――キヒヒ」

ミリアスは引きつったような笑いを浮かべたまま、南吠の街の中央通りを悠然と歩いて行く。阻むものは何もない。

ミリアスの心は高揚感でいっぱいだった。

(月狼国の正規兵も大したことはねぇ――――)

やがて、街の一番奥にある講堂の前に出ると、その建物の階段へどっかりと腰を下ろし、

「さぁて――――王国よ?どう出るんだい?」

ミリアスは誰に呟くでもなく、挑戦的にひとりごちたのであった。





南吠ナンフェイが落とされました!」

第1報は、2日ほどして月狼国を経て、ローデリア、王国へともたらされた。

この時月狼国の皇帝は苦虫をかみつぶしたようなしかみ顔であったと文書には書かれている。

反して、ローデリアはこの知らせを聞いて商人どもは「戦争が出来るぞ」と喜び、市民はまた戦争かと肩を落とした。

そして、一番この知らせに沈んだのは、「蛇の王国」の凍太達4人だった。

王国の食堂の一角で四人は顔を合わせていた。

外は雨。食堂に聞こえるのは窓に叩きつける雨音と、食堂の昼の準備をする物音だけだった。そんな中でハンナがおもむろに呟いた。

「あのとき、月狼国に全権を渡すんじゃなかった・・・・・あたしが残ってれば・・・・」

ハンナはどんと机をたたいて悔しがる。

「ハンナ殿の責任ではござらん。それに拙者も口惜しい」

皐月はぎりりと奥歯をかみしめた。

「こんにゃに早く巻き返されるとは考えてなかったにゃぁ・・・・」

静かに言ったのは猫族のミライザだった。

「もう一度、南吠を取り返したい・・・・」

凍太は希望を口にした。

「直談判にいきましょ。エリーナ先生なら聞いてくれるかもしれないわ」


こうして、4人そろって十人委員会のエリーナの元を訪ね直談判したのだが――――

「駄目よ。今は要請が来ていない。勝手に、こちらから動くことは出来ないわ」

「エリーナ導師!」

ハンナが袖を引っ張る。

「王国は要請によって動くの。自分の都合で派兵していたら魔術師がいくらいても足らないわ。それに、こんなに早く動いてくるなんて――――敵が十分に兵力を持っている証左でもあるわ。恐らく、前の襲撃は威力偵察だったんでしょうね。

それに今回の首謀者は『烈火』のミリアス。五大海賊団の一人よ。強敵だわ」

「その相手って強いんですか?」

凍太は相手の情報をよく知らないため、疑問を漏らした。

「烈火のミリアスの名を聞いたことないかしら?南の大陸に本拠地を置く大物よ。

詳しく知りたかったら図書館で調べるか、シシリー導師に聞いてきなさい」

凍太の質問にはエリーナは答えるつもりはないようだ。

「王国に居る魔術士は約400。それも、みんな他国からの預かった『生徒』よ?

平時は王国の管轄下で活動が認められるけど――――これが戦争状態になったら

状況は一変するわ。王国は留学先。もし王国が他国と戦争になったら、あなた達の母国は即刻、王国に生徒たちの帰還を要請してくるわ――――そうなったら王国は、私たち十人委員会と

総長様、それと本当にこの島で生活している皆だけで守らなければいけなくなるわ」

淡々と、エリーナは現状の状況を語る。

「わかって。先生だってつらいの。こっちから派兵すれば南の大陸と戦争状態になる。戦争になってしまったらもう、王国は終わってしまう」

終わってしまうという言葉は、四人を黙らせるのに十分で、誰も何も言わずにそのまま頭を下げてエリーナの前から去っていった。

「よく説得できたのぅ。流石はエリーナ先生じゃて。ワシなら『一緒に行こうか』と言ってしまうかもしれん」

廊下の陰から声がして、振り向くと、其処に居たのはウェルデンベルグ本人だった。

「煩かったですね・・・・申し訳ありません」

「なになに。良い答えじゃったよ。現状をわかり易く伝えて、予測される結果を想起させる。実に、良い授業じゃ」

「恐れ入ります」

「じゃが、ワシはヤキモキもしとるんじゃ。わかるかな?」

「ええ。私も今回の出来事は承服しかねます」

「やっぱり教え子は考えが近くて助かるのう。で?次の一手はどう出るね?」

「月狼国に要請を出させます。まずは要請を皇帝自ら出してもらって正式な手続きを踏まないことには動けませんので」

「まぁ――――月狼国の皇帝はすでにシシリーちゃんが親書を渡して説教もしておることじゃし、動くじゃろう。しかしなぁ、ローデリアの馬鹿どもは派兵が長引けば、生徒の帰還命令をだしてくる。分かっておるな?」

「ええ。出来るだけ短時間に兵を送り込んで南吠を奪還。その後、教師を防衛の任務につかせるという所ではないかと。なんにせよ――――速度が明暗を分けることは確かです」

「そうじゃなぁ。本当は特務の誰かを行かせたいが――――今回はまだ何かあるような気もする。各課から10人づつをを選出せい。海賊の規模はそれほど多くないが、仕方あるまい。率いる教師の選抜はお主に一任する」

「かしこまりました」

エリーナは頭を下げる。こうして、蛇の王国の奪還作戦が始まろうとしていた。

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