第57話  長期休暇と帰省

「お休み?」

「そうです。今月の終わりから王国は帰省休みに入ります」

帰省休み。全寮制を敷いているこの王国の親たちに対するケアの一環として子供を一時期親元へ帰す――――それが帰省休みと呼ばれる休みの説明だった。

この期間は王国は冬の時期が到来し海が凍る現象が発生する為に船を出すことが出来なくなる――――そのため経費削減もかねて親元に子供を返すことで食費、光熱費などの諸経費を浮かす――――そんな大人の事情もあるにはあるのだが。

ともあれ、親と離れて暮らす子供たちは3か月の長きにわたり親元へ帰ることに成り新年を迎えることになる。

「ミライザさんはローデリアの北まで帰るんでしょ?」

「そうにゃ。寒い寒い冬ごもりにゃ」

「皐月は翁石国まで船だよね」

「左様。3か月の間、寒稽古がござるのでな」

「ヴェロニカさんはどうするの?」

「監視役はいつも一緒です。今回も同行させていただきます」

「ああ・・・はい」

(まぁ・・・・分かってはいたけどね)

凍太はヴェロニカの答えを知っていたにもかかわらず聞いてしまった自分に落ち込んだ。

「シシリーおばあちゃんは?」

「シシリー様も今回は凍太様についていくそうですが・・・・なにも聞いておられないので?」

ヴェロニカの質問は初耳だった。

「え?おばあちゃん来るの?本気?」

「本気ですよ?だって師匠ですもの」

後ろから声がした。シシリー・マウセンである。

「それに今回は、雪乃に合わせたい人がいるからねぇ」

「喧嘩しないでよ?」

「あのゆきのの態度次第です」

シシリーの答えはにべもないものだった。



▽▼▽▼



「で?なんで、鬼のおねーさんまでいるの」

出発当日の朝になって凍太は付き人の多さにげんなりしながら鬼族――――

彩花――――を見上げて言った。

「合わせてくれるんだろう?あの強い婆さんに」

彩花は楽しみな様子で聞き返してきた。

「雪乃に会いたいと言ってましたからね。まぁあの足では歩くのが精いっぱいでしょうね」

あっけらかんと言ってくるシシリー。いつも通り何も言わないヴェロニカ。

彩花に行き先が同じの皐月を加えた5人で王国から出る定期便に乗り込んだ。

「ホントに問題とかナシだからね?」

「ああ、心配するな。もう悪さはしないさ」

(大丈夫で御座ろうかな?)

隣でしょぼくれている凍太が若干心配になる皐月だった。



▽▼▽▼



「凍太が帰ってくる!」

凍子が手紙を見ながら――――はしゃぎまわっていた。

「まぁこれから寒期ですからねぇ。しかし・・・・シシリーと鬼族まで」

「仕方ありませんよ。シシリー様は凍太様の養護者ですし、鬼族は雪乃様に会いたがっているとの事ですので」

雪乃と紗枝は酒を飲みながら、すでに寒気に入った雪花国の雪景色を楽しんでいる。

「町全体に振れを出しておきなさい。鬼族が来るが慌てない様にとね」

「はっ畏まりました」

こうして長い寒気が始まろうとしていた。



▽▼▽▼



「ここでお別れで御座るな。温暖期に会いましょうぞ」

翁石国の波止場で皐月は船を下り、凍太達一行は馬車に乗り換え、雪花国へと向かう。途中で『北央』へと中継し、一泊。 観光をしてから、馬車でまた雪花国へと向かうプランだった。

「随分寒いねぇ」

彩花は南の大陸の生まれで寒さには弱く何枚も着物を重ねてはいるが―――どうにも寒いという。凍太とシシリー、ヴェロニカは平気だった。

「翁石国はまだ温かいほうですよ。雪花国はそれこそもう極寒です」

「本気なのかい?坊や」

「うん。ここよりだいぶ寒いよ。毛皮とか着ないと駄目かもね」

「なんてこった。アタシは寒さは苦手だ」

彩花はフードの上から頭を押さえて見せた。

「大丈夫だよ。『北央』で温かいご飯とお酒であったまれば元気になるさ」

「そうですよ。今夜はパーッと飲みましょう」

シシリーは楽しそうに言う。これまでに溜まった金を使いたいのだというので

今夜はシシリーの傲りだった。



門をくぐって中に入る。すぐにカウンターに並ぶ3人の受付嬢が目に入った。

選んだ店は『賢狼飯店』。凍太の思い出の店でもあった。

「おお、凍太様。大きくなられましたね?」

店主のフェイ・ブラウンがお辞儀をしてくる。相変わらずの対応の好さを発揮していた。

「そちらの方々もお連れ様で?」

「はい。4人で予約出来てるかな?」

「ええ。出来てますとも。一番の大部屋をご用意いたしました」

カウンターの受付嬢からキーを受け取り、3階の奥へと昇っていく。

中華風な内装が、改めて新鮮に感じられた。

「良い店を知っていますね」

ヴェロニカが嬉しそうにつぶやく。シシリーも満足げで、彩花は大きな体できょろきょろしながら階段を上がっていた。

「黄龍乃間」と書かれたプレートの奥にはベッドが4つ並んだ大きな部屋があった。

「おお!大きいな!」

彩花はベットに横になるとぽふんぽふんと撥ねて見せ満足げに笑った。

彩花の身体が入るベッドのある部屋をオーダーしたら最高級の部屋になってしまったが――――シシリーには痛くない額だというのでおごってもらうことにした。

シシリーは初めての弟子に使える金が嬉しくて仕方ない。

事実、いままで研究と講義で溜まった金は使い切れないほどある。

この位、なんという事はなかった。

「さぁ、ご飯にしましょう?」

次は夕飯。待ちに待った時間である。



「あら?久しぶりね?」

一階に降りると――――鳳麗華――――がそこに居た。

「あれ?なんでここに居るの?」

「なんでって・・・・あたしたちも帰省の時期だもの。故郷に居て不思議?」

麗華の後ろにはおつきの女中3人が立っていて、昔の事を想像させた。

「あの時はごめんね」

凍太は懐かしくなってぽつりと呟く――――麗華は顔を真っ赤にしてうつむきそれから

「そうよ!あの時は痛かったんだから!」

そう言ってそっぽを向いてしまった。




テーブルについて各自でオーダーを済ませると酒宴が始まった。

小皿に乗った一品料理が中心で酒は彩花に合わせて極上のモノを用意した。

「うまいなぁ!」

盃をあっというまに空にして彩花は上機嫌になった。

「久しぶりにうまい酒を飲んだね。ああ――――心地いいナ」

今度はゆっくりと味を確かめているようだった。

「寒暖の差で良い酒が出来るのだと聞いたことがあります」

ヴェロニカが蘊蓄を披露し、

「はい。凍太ちゃん。あーんなさい」

シシリーは酔っているのか、凍太に食べさせることにハマっていた。

「おばあちゃん。一人で出来る・・・むぐ」

「いいじゃない。しばらく特務の任務で構ってあげられなかったし、遊ばせなさい」

「ははは。坊やは幸せだなぁ。どれ。アタシも食べさせてやろう」

今度は彩花が悪乗りを初めてパイ包みを凍太の口に放り込んだ。

(あづ!)

中から蕩けた餡がしみだして口を蹂躙する。吐き出しそうになったが

水を流し込んで中和した。

「あっついよ!」

「はははは。悪い悪い」

「凍太様。こちらを」

ヴェロニカが今度は冷たいスープを口に入れてくれる。

「だから自分で――――」

「ヴェロも楽しみたいのですよ」

シシリーが笑っていた。




「おかえりぃ!凍太ぁ!」

「おかえりなさい。凍太ちゃん!」

「久しぶりですね。凍太様」

「よくぞ帰ってきましたね」

凍子、イリス、紗枝、そして――――雪乃が門の所で出迎えをしてくれていて――――雪花国の住人で、凍太の都市間交流戦優勝の祝いをしてくれるということで、「雪熊亭」の中が会場になっていた。

街の中はだいぶ新しくなり、ローデリア風の建物が増えていた。

土の通り道だったところも石畳みに変わっている。

「おお――――街中が白一色だな」

彩花が物珍しいのか感嘆の声を上げると、雪乃が進み出て握手をしてくれた。

「この間は、なかなかに良い戦いでした。傷は癒えましたか?」

「ああ、ありがとう。あの戦いでアタシは満足できた。傷は大分ましになったサ」

(よかった。根に持ってないみたい)

酷い終わり方だったから根に持っているのではないかと――――彩花を心配したが――――彩花の明るい性格のおかげで恨みは無いようだった。

「凍太ちゃん!」

ぎゅっと抱き着いてきたのはダークエルフのイリスだった。

「久しぶり。イリスちゃん」

「うん!ひさしぶり!」

「イリス。離れなさい。歩きにくいでしょ?」

「いいの!許嫁なんだから」

「まだ許してないわよ」

「時間の問題です。オカーサン」

イリスは凍子をオカーサンと呼ぶようになっていた。凍子は納得はしていないらしく、イリスには少し冷たかったが――――

(外堀っていうか、先に親の側から攻めるって行き遅れのOLみたいなんだけど)

間違ってもそんなことは言わない。言えるわけがなかった。

「凍太クン。ゴメンね」

イリスの母親、イリアナが謝っていたが、凍太は

「大丈夫です」

――――としか返せなかった。

(雪熊停のご飯だ。懐かしいなぁ)

雪熊亭の味は凍太の小さいころに慣れ親しんだ味なため、今でも一番うまいと思っている。そう脳が記憶しているのだ。

「久しぶりだね。元気だったかい?」

中に入れば、雪熊亭のオバサンが声を掛けてくれる。

「うん。元気だよ。おばさんのお料理期待してるね」

「いいねぇ。料理人としては期待されたらやるしかないね。―――――お前たちも気合入れなよ?」

「ヘイ。姉さん!」

厨房に居並んだコックたちが威勢良く返事を返す。何人か知らない顔が増えていた。




「やっぱりおいしいな」

「そうかい。ありがとうよ」

凍太は雪熊亭の料理を味わい料理長に笑顔を向けた。それに料理長も笑顔で返す。

「いいなぁ。凍太ちゃんの笑顔・・・・」

「凍太ぁ。お母さんのお料理もおいしいでしょう?」

「お母さんのは紗枝さんのお料理でしょう?」

ぐさ。

凍太の無慈悲な言葉のナイフが凍子を抉った。

「紗枝さんの味は好きだよ。キャルベルの煮込みがすきかな」

キャルベルとはキャベツに似た外見の葉物の野菜で、ロールキャベツが一番近い料理だった。

「キャルベルですか。買い置きがあったはずですが」

「アタシもお手伝いする」

イリスが紗枝に向かって手を挙げた。

「やる気ですね。私は厳しいですよ?」

「平気だよ。凍太ちゃんの胃袋を掴むんだぁ」

その発言を聞いて

(彼女っていうより押しかけてきた幼馴染みたい)

凍太は、頭の中にギャルゲーなどのテンプレ幼馴染を連想した。

(でもまぁ、確実に女運は上がってるよなぁ)

今までこの世界で7年間生活して気づいたことがある。

それは男女比の違いだった。

男は比較的に生まれにくいらしく、逆に女の子がよく生まれる。

10人生まれれば、うち3人程しか男は生まれないらしい。

女子の比率が高いうえに、戦争なども重なり、兵士として招集され男の数は少なくなっていた。

代わりに男の職業だった、傭兵業や兵士、鍛冶屋なども女がこなすようになりいまの世界が出来ている。加えて、この世界の女は『肉食系』が多い。

草食系として生まれてきても、長年生きていくうちに『強い女』になるのだ。

(女の子にとっては弱肉強食の世界なんだよなぁ)

周りを改めて見回してみれば、雪乃を初めとして強い女が揃っている。

イリスもこのままいけば相当に押しの強い性格になることは間違いないだろう。

ともあれ、凍太にしてみれば女の子に囲まれているのは、悪い気はしないので

さしたる問題はない。むしろ願ったりかなったりだった。


▽▼▽▼



「へぇ―――――学校もずいぶん大きくなったね」

「でしょう?」

翌朝凍太はイリスに手を引かれて、雪花国魔術教導院の寄宿舎を訪れた。

真新しい内装で木彫が美しい。表から見るとローデリア風の洋館が内部は月狼国風の伝統的な内装で飾られている。

「ここが練習室だよ」

そう言って案内されたのは――――大きな板張りの一室だった。

「おはよう。イリス」

そう挨拶してきたのは、眼鏡を掛けた雪人の女生徒――――ミサ――――だった。

「あれ?その子」

「うん。凍太ちゃん。いま帰省休暇中で帰って来てるんだよ」

「そっか。もともとここの生まれだもんね」

ミサは納得したように腕組みをしていると、その後ろからは

「なになに!あー王国の子がいる」

と一組の翼人種の双子が顔を出した。

「はじめまして?かな」

「はじめましてだね!あたしリリアナ!」

「はじめまして。あたしがアリアナです・・・」

元気よく手をさし差してきたのは姉のリリアナ。消え入りそうな声を出したのが妹のアリアナだった。

すこしすると――――

「失礼します」

「結構立派ではないですか」

そう言って練習室に入ってきたのは監視役のヴェロニカと師匠のシシリーだった。

「あ・・・・同じだ!」

アリアナ、リリアナ姉妹がヴェロニカの羽を見て自分たちの羽を広げると―――

ヴェロニカも羽をばさりと大きく広げて見せた。

「いまの何?」

「翼人種同士の伝統的な挨拶です」

「そーそー。懐かしいねぇ。同族の人に合うのは久しぶりだよー」

きゃっきゃとはしゃぎながらヴェロニカに姉妹はなつき始めていた。

「そう言えば、なんでここに来たんだっけ?」

凍太がひとりごちたその時

「久しぶりにお前と手合わせする為ですよ」

部屋の奥から雪乃の声がした。



「準備は良いですか?」

「はい」

「体がなまっていないかわたしが直々に見ます。魔術に頼らず戦って見せなさい」

「はい」

練習場の板の間で、凍太と雪乃が対峙する。

お互いに今回は武器を持っての格闘戦を行うことになっているが――――

御互いが鉄扇を用いるという特殊な状況になっていた。

「でははじめ!」

シシリーが号令を掛けると、二人は扇を眼前で構えたまま動かなくなった。

御互いが同じ構え。次に出て来る一手が分かりきっているからこそ動けないのだ。

(ふふ。昔のように突っ込んでくる事はしませんか)

扇をたたみ棒状にしてだらりと構えを解いたのは雪乃だった。

「どうしました?掛かってこないのですか?――――なら」

雪乃はトンと床を蹴って前に出ると同時に横蹴りで攻撃を仕掛けた。

扇で思いっきり横にずらそうと踵を横から叩いたが―――ずらされたのは凍太の方。

(相変わらず硬いな)

凍太は手に伝わってくる感触に眉をしかめた。

雪乃の連撃は続く。

震脚から膝げり。顎を打ち抜くような前蹴りをわざと外して――――踵を凍太の後頭部から襲わせる。

凍太も膝蹴りを扇の柄で迎撃し、前蹴りと踵をダッキングで躱す。

(嘘でしょう・・・雪乃校長の体術にあそこまでついていけるなんて)

ミサは眼鏡越しに目を疑った。

自分でも雪乃の相手をする事はあるが、いつも歯が立たずに雪乃の消化不良な顔を見るのが常だというのに、この目の前の7歳児は攻撃を往なし、躱し、崩れていないことが驚愕だった。

仕合はなおも続く。

凍太のボディブローに合わせる形で、雪乃の肩でのカウンターの当身――――擒拿術きんなじゅつで凍太が逆にダメージを負った。

「腹に一発貰いましたが・・・・お前の鳩尾も痛いでしょうね」

「気持ちいいくらいだよ」

本当は倒れそうなくらいに痛かったが――――。

「良い答えです」

2人は再び動き出す。

今度はお互いに舞うような扇の打ち合いで扇を薙いで行く形に変化をしていった。

(動きに緩急をつける。扇で頭を薙いでから、二段跳び回し蹴りだ)

扇が雪乃の顎すれすれを掠め、次に凍太は跳躍をし、回る勢いで引っかける様に後ろ回し蹴りを見舞った。

「おお!」

ギャラリーがどよめくのが聞こえたが――――

(ラスト!)

凍太の狙いは次の一発。空中で蹴り足を軸足とスイッチしハイキックへと瞬時に軌道を変えてみせる――――

普通の人間ならモロに顔面へとハイキックが決まるところだったが――――

「ふん!」

相手は人外である。逆に雪乃の肘を使った当身が決まり、空中から板の間へ強制的に落下させられた。

「―――――っ」

身体がバウンドし動けなくなったところに、上から雪乃の震脚が振ってこようとしたところで――――

「そこまで!」

シシリーが制止を掛ける。と、ぴたりと雪乃は震脚を空中で止め、元の位置へ戻した。

「――――えほっ」

凍太は咳き込んではいたが、何とか立ち上がり立礼をする

雪乃は

「まぁ、まだ打撃が軽いですね。鈍ってはいないようですが」

そう言って凍太の頭くしゃりと撫でた。

「――――ありがとうございますぅ」

か細い声で返礼をしながら――――久しぶりに撫でられる心地よさを凍太は感じていた。



「平気ですか?」

部屋に戻ってからヴェロニカが擦ってくれていた。

「雪乃――――いくらなんでもやり過ぎではないの?死んでしまうわ」

「あのくらいなんともないですよねぇ――――凍太?」

「はい。痛くありません」

「またそうやって、目で黙らせて――――私の弟子なんですからもうちょっと丁寧に扱うべきです」

「あんたの弟子の前に――――凍太はアタシの孫だ。変な言いがかりは止めてほしいもんだね」

シシリーが心配して抗議するが、雪乃は全く取り合わない。

雪乃、凍太の間では日常の事だったのだから。

「いいんだ。昔からよくやってたんだよ」

「そうそう。3歳くらいからよく手合わせしたもんですよ」

二人の間に流れるおばあちゃんと孫の空気にシシリーは悔しくなって――――

「気が変わりました。ご飯食べてから、制御魔術の講義をします」

「え――――今日は無しの筈じゃ・・・」

「プラン変更です。午後はみっちりわたしに付き合ってもらいますからね?」

シシリーがにっこりと笑う。

このとき凍太は背筋に冷たい汗が伝わるのを感じていた。


午後になって―――

シシリーとの魔術でのキャッチボールが始まった。

柔らかいお手玉を向かい合って、制御魔術を使って受け渡しをするのだ。

最初はお手玉自体は豆が入った軽いものだったが、シシリーは凍太がコツをつかんだとみるや、お手玉の中身を砂に入れ替えた。

「普通のお手玉じゃ物足りないわよねぇ」

シシリーは楽しそうに笑って見せたが、雪乃はその光景をみて

凍太とシシリーの遊びの様子を見ていた、イリス、ミサ、アリアナ、リリアナに注意を投げかけた。

「シシリーがあの顔に成った時は用心するんだよ。ああやってどんどん負荷をさりげなく上げていくからね――――見ててご覧」

負荷が増した砂入りお手玉を制御魔術でやっとのことで成功すると、今度はもう一つ砂入りのお手玉を追加し連続でほうり始めた。

(――――くっ、きっついぞ)

二個のお手玉を瞬時に操るのは相当に負荷がきついのか、次第に凍太の顔が渋くなり始めた。

やがて―――ぼとりとお手玉が落ち、一つも動かなくなってしまうまでになると、

「随分持ったわねぇ」

はあはあと荒い息を付く凍太にシシリーは頭を撫でながら、枯渇した魔力を凍太の身体に分け与えてやる―――――と、幾分か楽になったのだろう。凍太の顔から疲労が少し消えたように見えた。

「明日からは、今のをもう少し重くしておばあちゃんと遊びましょうね」

「ほらみなさい。ああやって、悪びれもせずに負荷を増やしていくんです。まさに鬼畜ですよ」

「何か言いましたかねぇ?雪乃」

「いいや――――なにも。ただアタシも同じようなことをされたなと思い出しただけさ」

「貴方の場合は制御魔術は大の苦手で練習なんかしなかったでしょうに」

「アンタが毎日そうやって重りを増やしていくのにうんざりしただけさ」

「ふふふ」

「へへへ」

笑いながら、固まる二人。

場に微妙な空気が流れ始めると、

「二人とも、やめてください。みっともないですよ」

ミサが止めに入った。



ニポポ山に極寒期に登ってはならない。

ニポポ山に『雪の女王』が帰ってくるという言い伝えがある。

温暖期には女王は旅に出ているが――――冬になると家に帰ってくる。

その時期に山に入る者は女王の怒りを買うことになるという昔話があった。


「有名な昔話よね」

「ええ、この地方に住むものなら知っている童話です」

雪乃、ミサを初めとした雪人の女性はうなづいた。

「僕は聞いたことないけど」

少し剝れた態度で居ると、隣から凍子が膨らんだ頬を人差し指でつついてきた。

凍太はそんな話は知らないため、明日の朝にひさしぶりに雪虎――――レイレイ――――と散歩に行こうと思っていたのだが、話し始めた矢先に周りから、強く注意されてしまったのが始まりだった。

「とにかく今の時期は、ニポポ山には雪の女王――――シンシアが居る山です。入山は禁止です。よいですね?」

紗枝が両手で凍太の頬を包んで見つめながら言った。

この時凍太は、この注意を軽く聞いていたことに後々、後悔することになるのだが

今はそのことを知るわけがなかったのである。

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