第34話 ゲームで学ぶこと 制御編
その日凍太は、二階のテーブルの上にカップを並べていた。
お茶を一人分用意しながら、傍らには紙とペンを用意して。
まだ朝は早い。ヴェロニカも、シシリーもまだ1階のベッドルームで眠っているはずの時間だった。
(あの時ウェルデンベルグは確かに時間軸の概念を言った)
『前にそこに存在した事象を引っ張り出す』のだと。
(たしか、1次元が点、2次元が平面、3次元が『立方体』だよな・・・)
紅茶を飲みながらゆっくりと知識をひっくり返す。
(もし、時間軸がこの世界にあってそれを魔術で操作できるとしたら)
時間をもし瞬間毎に入れ替えることが出来るのだとしたら――――と仮定する。
この間の何もない所に椅子やテーブルが以前にはそこにあったのではないか。
そう考えると仮定していた答えがつながる感じがした。
だが、概念はそれでいいとしても――――起動式や魔力量の問題はまだ山済みで
朝の短い時間では答えは出そうにない。
問題はまだある。
物体の制御。それも、物体を飛ばす、動かす、等の仕組みが今一つ理解しきれていないのも問題だった
(たとえばこのティーカップをどう浮かして、動かすか・・・)
考える。
例えば、足の裏に空気の層を作ったようにカップを浮かすには・・・・
浮かすのは出来たとして、こんどは移動させるのはどうやればいいのかがわからない。風の魔術で動かせば動くだろうが―――きっと割れてしまうだろうし。と考えている時だった。
とんとん・・・と脇にある階段からシシリーが昇ってくる。
「今日も早いわねぇ」
ニットショールを肩から掛けるようにして挙がってくるその姿は今日も人畜無害な老婆そのものだった。が、
「あら、あらあら」
凍太のメモを見つけると魔術で机の上からかすめ取ってしまい、ざっと目を通した後で「ゲームをしましょうか」
と言い出した。
「ゲーム?」
「そう。ゲームよ。ルールは少し難しいかもしれないけれど、おばあちゃんはこのゲームが好きでねぇ」
そう言いながら3階に上がり、持ってきたのは一つの皮張りの四角いバッグだった。
テーブルの上にバッグを置き中を開くとチェスによく似た台と駒が入っているのが見て取れた。ただし人型ではあったが。
「起きなさい」
シシリーが声を発すると――――駒たちが一斉に起き上がる。
何かの魔術が恐らくかかっている筈だった。
「並びなさい」
シシリーがまた指示をすると、今度は広げられた盤の上に駒たちが並ぶように移動して配置についた。
「おばあちゃん。これは?」
「”チェリスト”よ。見るのは初めてかしら?」
「似た者なら在るけど・・・・駒は動かなかったよ」
「そりゃそうよね。この駒は私が作った『特別製』だもの。普通は動いたりしないわ」
フフフと笑うシシリー。
まだ朝の日が上りきる前だというのに、とても元気な様子だった。
ルールはチェスに良くにていた。
駒を取れ、移動をし、最終的には王を追い詰める。
駒は6種類。歩兵、ナイト、ビショップ、ソーサラ、女王、キング。
それぞれの駒を使って相手を追い詰める行為に凍太は夢中になった。
最初は、手を使って駒を動かしてルールを覚えていると、シシリーの制止がかかる。
「空間魔術で制御してみましょうね」
手を使わないで、駒を動かしてみなさい。というのだ。
「まず魔術で駒と自分を繋いでごらん」
「次に駒を持ち上げて」
「それから魔術で駒と場所までを繋いであげる」
「最後は駒が場所まで動くイメージをして」
シシリーの言葉の通りにイメージを組合せ指示通りに魔力を注ぐ。と歩兵がひとりでに歩いて所定の場所まで移動を始めた。
「動いた!」
「あら、できたわね!」
喜んで手を叩き合う。
シシリーも、すぐ動かせるとは思っていなかったのだろう。存外に喜んでいた。
(やはり、この子は理解が早い)
喜ぶ裏側で、確信を持った。並の子であれば、特別製の駒を動かすどころか、
魔力を駒とリンクさせるまでがせいぜいの筈が―――凍太はそれを最後まで動かして見せたのはシシリーに驚きと感動をもたらした。
この制御がこの歳でできる子供を手元に置いてくれた運命にシシリーは感謝して、
(この子は私が責任をもって育てよう)
そう心に決めさせるまでになっていた。同時に、
(他の誰にもこの子は渡したりしませんよ)
そうも考えていたが――――顔には出さずに置く。たとえウェルデンベルグの命令であってもこの子を渡すつもりは毛頭なくなっていた。
それから1時間ほど。
凍太とシシリーのチェリストの講座が続いていた
駒の動きをゆっくりと覚えつつある凍太は、今は対局をしながら駒を魔術で動かす動作を学んでいた。
「ほんとにそこでイイの?」
シシリーが聞いてくるのを凍太が了承する。と、歩兵の後ろからビショップが進んで凍太の
「あぅ」
間違いに気づいたときにはすでにナイトはビショップにとってかわられ、また一つ、シシリーが有利な状況へと傾いていく。
「4-3へ兵士を移動」
「5-2へクイーンを移動」
次々と差していくうちについには、
「負けました」と凍太がもろ手を挙げて降参を示していた。
(やっぱり強いなぁ)
思いながら、空間魔術が少しづつ使え始めていることに嬉しさを感じていると、
「明日もおばあちゃんとゲームしましょうね?」
そうシシリーは申し出てくれたのだった。
午前中は特別講習の為、授業を受けず、今日はグラウンドへと向かう。
学舎から少し離れた場所にある大きめの練兵場として使われていたものを今はグラウンドとして利用しているものだった。
「来ましたね」
先に準備のためにグラウンドへ来ていたヴェロニカが凍太を見つけて呟く。
今日は他の講師の姿は見えなかった。
「他の先生は?」
「今日はどなたも授業が入っておりますのでおりません。私一人だけです」
ヴェロニカの声はいつも通り抑揚がなく事務的だった。
「今日から大地系の魔術なんだよね?」
「ええ。まずは先日お見せした
「よろしくお願いします」
凍太がぺこりと頭を下げると――――「はい」とヴェロニカの声が朝のグラウンドに小さく木霊した。
まずは、小さな
媒体となる魔石を地面に置き、魔石に魔力を流し込むようにして
「んんんん・・・・」
これが意外にも難しい。
魔石に魔力を流し込むまでは行けるのだが、外皮を形成する途中で魔痛症の傷みが走り、集中が途切れてしまい、結果魔力を絶たれたグラウンドの土は形を成さず、ボロボロと崩れ落ちていくのみだった。
「そこまで」
止めが掛かり、作業を中断する。魔素を取り込まなくなると徐々に痛みは引いていく。
「まだ痛むようですね」
「うん」
「幸い、
今作ろうとしているのは3メートルほどの型で標準よりもう少し大きいのだという。
もう一度コアを作ろうとして、ふと、気づいた。
(火でも風でもいきなり大きいと駄目なら・・・・小さいのはどうなんだ?)
気づいて、核を再度生成し、今度は全長30センチほどのゴーレムを生成してみることにする。土を盛り上げ、核から魔力を流し込むようにイメージをしながら身体全体を形作る。と
「お見事です」
小さいながらも、全長30センチほどのゴーレムが出来上がっていた。
「できたぁ」
嬉しくなりヴェロニカに同意を求めるように顔を向ける。とヴェロニカも『よし』と言うように頷いてくれる。
「さて、ココからは制御をしたいのですが・・・・・」
「うん」
「もうお昼ですね」
ゴーンゴーンと昼の時間を知らせる鐘が鳴り響くのをきいて、ヴェロニカは撤収を命じる。今からでは、恐らく食堂にろくなものは残っていないだろうと考えて――――
凍太たちは街に昼食を取りに行くことに決めた。
タオルで汗を拭きながら、身体を伸ばす。と同時に深呼吸をする。と隣からヴェロニカが話しかけてきた。
「1つ作れたのは上出来でした。今日のお昼は私が一つ好きなものを奢ってさしあげます」
いつもの抑揚のない声だったが、聞きなれると、その奥に若干嬉しいのだろうと感情が読み取れる。凍太はその申し出に素直に甘えることにしておいた。
「じゃあ、早く行こう?黄金の小鹿亭に行きたいな」
リクエストを言ってみると、案外とそれはすんなりと承認された。
「随分とあの店がお気に入りですね?」
汚くこじんまりとした店である「黄金の小鹿亭」は繁盛する店の一つではなくどちらかと言えば――――客足があまり向かない、他の振興店に客を取られる側の店だったが、なぜか凍太のお気に入りなので、食堂で食べれない時や休日の夕飯などは度々、
訪れる店でもあった。
ヴェロニカやシシリーからすればもっと高くて居心地のいい店があるのだが、
不思議と「黄金の小鹿亭」はヴェロニカもシシリーも気に入ってはいた。
路地裏にある小さな古い店は今日も一定の固定客でにぎわっていた。
お昼時の混雑する時間に「黄金の小鹿亭」も例にもれず、忙しい時間帯に突入しているのを中に入ると同時に感じ取る。
いつもは店の端っこに腰掛けている年老いた店員もいまは客の注文を聞きながらいぞがしそうにしていた。
「3名様どーぞー」
可愛らしいこえがかけられて、席に案内される。
いつもとは違う店員なのに最初に気が付いたのはシシリーだった。
「あら、あらあら。可愛い店員さんね?新人さんかしらぁ」
目の前を歩いていくウサギの耳を生やした店員。
年のころは12、3だろうか。黒い髪の毛と体毛が一緒になって、頭の上にあるウサギの耳にまで生えている。
「ウサギだ」
「ウォルニッシュですよ」
店員が訂正した。
席に通され、水がポットに入れておかれ、メニューを渡されるまでの動きは慣れていた。
「決まったら読んでくださいね」
と愛想笑いを振りまいて、今度は他のテーブルへと移動してから、注文を取って厨房へと戻る速さが常人よりも早いことを凍太は気が付いてヴェロニカに問う。
「ウェルニッシュ族は月狼国の賢狼族と同じくらい勇猛な種族ですから」
賢狼族――――つまり皐月の種族だという事か――――とぼんやりと考える。
「さて、決まりましたか?」
そう聞いてきたのはシシリー。
既にお腹が空いているように見受けられたので、すぐに店員を呼ぶ。
やはり、来たのはウォルニッシュの店員だった。
「お決まりですか?」
手に板を持ちながらそこにメニューを書き込んでいく。
3人が頼んだのは鹿肉ローストのランチだった。
「しばらくお待ちください」
そう言ってまた、厨房へ駆けていく店員を見ながら凍太は水を器に入れて一口飲み込んだ。――――あまり冷たくないので持ち手に魔力を集中させて器の外から軽く冷やしてから、もう一口飲み込んだ。
「また、無詠唱になっていますよ」
言われて、気が付く。それから、ヴェロニカが凍太の頬を「めっ」とつついた。
「ほんとに無詠唱なのねぇ。ヴェルデンベルグ先生みたいだわぁ」
向かい合って見ていたシシリーが懐かしそうに言っている。
「でも、その歳で無詠唱は、確かに隠しておくべきかもしれないわね。身の安全の為に使える武器は隠しておきなさい。最初から情報を与える必要はないわ」
そうシシリーは言った。
「どこかに隠れる所はないもんかな・・・・?」
挑戦を受け続けてから十数日が経過したある日、凍太は皐月と自宅の一室で考え込んで居た。
「隠れる?」
「うん。面倒なんだよね。四六時中狙われてさ。いい加減ゆっくりさせてほしくて」
「まぁ、そうでござろうな。推薦者は追われる身ゆえ神経がやられそうにござるよな」
はっは・・・とにこやかに笑っている皐月。それをみて凍太はげんなりした顔でうな垂れた。
「皐月は挑戦とか考えないんだ?」
ふいに不思議に感じてなにげなく聞いてみる。と、
「拙者はそんなに実力があるわけではござらんし、まして凍太殿と戦いたくはござらんよ」
そんな答えが返ってきた。
「まぁ、あと三月もすれば、期間も時間切れで御座ろうが、とはいえ、斯様に疲れておるのは友としても少し忍びござらんゆえ―――――」
皐月にしては珍しく、考えるような素振りを見せて腕を組んで、頭を目を瞑ったまま右へ左へと動かして。
パチリと目を開けてから
「迷宮の中に隠れるというのはどうでござろうか?」
そう言ったのだった。
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