第23話 コース選択
今年の受験者の中で、監視対象者となったのは凍太だけ。
他の者は多少レベルのばらつきはあれど、例年通りの成績をマークした。
王国内に造られた街ではこの頃とくに囁かれる議題があった。
「問題児はどこのコースに入るのか」
である。
見学者として各コースの視察に来たところまでは、学舎内で見た者がいるらしい。
『医療』の講師は上級補佐官に話をするところまで。『魔術』講師 リットーに至っては彼を使って見世物のように扱ったと十人委員会に確認が上がっていた。
「どういうことなのかね?リットー君」
魔術コースの査問会の席に座らされて彼女――――リットーはまさしく窮地に立たされていた。
一つの長机に3人の査問員と、被疑者としてリットーがその前に座らされている。部屋は古めかしい木彫で覆われ石造りの壁に王国の紋章が入ったタペストリーが飾られていた。
「申し訳ありません・・・」
査問員に睨まれる中、リットー講師は必死に声を絞り出す。
「君は、王国と彼を仲違いでもさせるつもりか?」
査問員の一人が重々しく問いかける。
「いいえ」リットーは必死にかぶりを振った。彼女に課せられたのは『王国』の資材の横領罪。
「王国の資材(凍太)を私的に使用し、監視対象に心的重荷を背負わせた」とされた為だった。
勿論本当の所は監視者であるヴェロニカから申し立てがあった為だったが、王国はこれを重く見て査問会を開く事態を取った。
「もし仮に、監視対象者が心的に負担を感じて王国に信を置けない。そんな状況になったら――――君には責任を取れるのかね?」
しわがれた声でリットー講師に叱責が飛んだ。
「いまは、あの子に王国の好印象を『刷り込む』大事な時期だというのに。あなたはそれを台無しにしたのですよ?わかっていますか?」
査問員の真ん中で老婆がやれやれといった感じで話し始める。
声はとても重々しかった。
「幸いなことに、彼はそれほど今回の事を気にしておらず、また、魔術コースに興味を持っていると情報を得ています――――ですが今回は運が良かっただけで、大変遺憾と言わざるを得ません」
「はい」
「そこで、我々としては、次の一手を講ずることになります。わかりますね?リットー講師」
「なんとしても、魔術コースに編入させる。ですか」
「正解です。これ以上事態をややこしくしないために、早期解決として魔術コースへの編入をどんな手を使っても成しなさい。他のコースに横取りされるような失態を犯すことは罷りなりません」
「拝命いたします。リットー。必ずや汚名を注いで見せます」
リットーはうつむき加減ではあったが――――しっかりと返事をして見せた。
その日の昼食時、魔術コース以外の講師たちが集まって緊急会議を行っていた。
お昼時なので、街に食べに出てきて、そのついでではあったが。
場所は、『魔女の帽子亭』の一角で行われていた。
「で?どうするよ?このまんまじゃ、魔術コースと十人委員会の思うままだ」
「それは断固反対」
円卓を囲んだ6人の講師が口々に意見を述べる。各コースから2人づつの参加で他の講師は午後は授業の講師を務めるためここにはいない。
「はむっ・・・むぐ、私たち『騎士』コースとしては、あの子を指揮官として育成するプランを立てているわ」
一人の女が目も前にあった肉詰めを食べながら、コースで決まっているプランを上げた。
「私たち医療コースは彼を世界最高レベルの治療師として育て上げ、各国を回り、王国のイメージアップを考えています」
チュルボの煮込みを啜りながら、眼鏡をかけた白衣の女性が意見する。隣では同じく白衣姿の男性がサラダを食べていた。
「俺たち科魔工コースは彼の魔術をさらに伸ばすようなカリキュラムを選定中。彼に参画してもらう特殊計画も考え中だ。もちろん、俺らが全面的にバックアップするぜ」
科機工コースの講師陣はパンをかじりながら、熱弁していた。
「バックアップなんかどこだってするわよ。騎士コースは特に最高の環境を与えるつもりでいるしね」
「ああ・・・おれのジャガイモ!」
ブルストをかじっていた女が、となりのジャガイモに手を伸ばしながら科機工コースに噛みついた。
芋をとられた同じ騎士コースの講師が悲鳴を上げる。
「それは医療コースも同じです。研究室はもちろんの事、最高待遇で歓待します」
医療コースは黙々と食べながら、他の料理を開けていく。
「それにいま世界は怪我人や病人で溢れかえっています。彼は治療師の道へ進ませるのが世界の為です」
眼鏡の女はロブスターをがぶりとかみちぎりながら、静かに語る。
「おいおい?それを言ったら、科機工は全世界を豊かに出来るんだぜ? さらなる技術発展のために
最新の学問を学ばせてやるのがいいとおもうがな?」
「何をいっている?それなら、騎士コースで指揮を学ばせて、各国の火種を迅速に鎮圧でき、平和を維持させるほうが重要だ」
話がまとまらない。三方が一歩も引かないのが原因だが。その裏で動く利権や、金が大きく左右しているのは言うもでもなかった。
ただ一つ、魔術コースにだけは一人勝ちさせない。と言うのがお互いの共通認識だった。
「それに騎士コースには彼の友達がいるのよ?」
ふふん。と騎士コースの女講師が言ってのけた。
「もうすでに、その子を通じて、彼を勧誘する事になっているわ」
「きったねぇぞ。騎士課!」
「なによ。これも戦術のうちよ?」
「成功するといいですねぇ・・・・ねぇ先輩」
「そうね。医療課としては成功するかは疑わしいものだわ」
医療コースの二人は怪しく微笑む。
「まぁ俺らも、あの子の独自情報は入手しているんでな。遅れは取らんさ。なぁ?」
「ええ。もちろん。準備は出来ていますし」
科機工コースは何かを企んでいるのか、医療コースに負けず怪しげに笑って見せた。
「凍太様はどなたともお会いになられません。「黄金の小鹿亭」で昼食が控えていますのでどいていただけませんか?」
「アリトフ上級補佐官。そこをどいてください。凍太殿と話をせねば成らんのだ」
凍太の自室の前でヴェロニカと『騎士』コースの講師が向き合っていた。
「あなたで3人目です。あなた方のせいで凍太様はお昼をまだ食べられていないのですが」
「だから、私もご同行をだな」
ヴェロニカと対峙した女の講師は引く気配はない。後ろには、医療コース、科機工コースのメッセンジャーも立っていた。
「あたしがそれもう言ったわよ」
「あたしもよ」
二人はヴェロニカにすげなく断られてここにいる。ただでは帰れないため、凍太の出待ちをしていた。
こんこん
部屋の中からノックされヴェロニカが応答する。
「如何されましたか」
「お腹すいた・・・」
声が聞こえる。中に対象がいるのを確認できたヴェロニカ以外の3人が色めき立つ。
「科機工コースのスズノです。お食事どうです?」
「騎士コースのカーシャだ。お目通りを」
「医療コースのエマ・ポライリィです。お食事しながらご説明をー」
口々に囀るのをシャットアウトしようとして----ヴェロニカが叫ぼうとした時だった。
キィ・・・
扉が開いて凍太が姿をあらわしたのは。
「凍太様」
ヴェロニカが部屋に戻そうとしたが、凍太は首を横に振って否定した。
「話を聞いてからでもいいじゃない?お腹も限界だしさ。ね?」
笑いかけると、仕方ありません と言って、急遽3人の同行を許可した。
凍太はおべっかが嫌いだった。のだが、どうにもこの3人は嫌いになれなかった。
騎士コースのカーシャ講師は、上官からの命令で説明に来ていたし、科機工コースの鈴乃さんは先輩講師からのお願いで、医療コースのエマさんも似たようなものだったからだ。
「説明しなければ帰ってくるな」
と厳命されていて、凍太の確約を取るか、最低でも説明の責任を果たさなければいけないということを聞いて
同情したのもあった。
テーブルで向き合いながら、遅めの昼食を「黄金の小鹿亭」で食べながら各コースの説明と利点を説明されることになった。
「このたびは、お目通りいただき感謝に耐えません」
そんな言葉で切り出してきたのは騎士コースのカーシャ講師だった。
ローブの下に銀の胸当てが見える。腰には長剣と短剣が装備されていた。
「騎士コースでは魔術の指導の他、指揮及び戦術指導、実戦訓練等をおこない、各武器の使用法を学べます。
このコースで学ぶことで各王宮、貴族とのパイプもでき、御身のキャリアが---」
「特に魅力は感じないかなぁ・・・」
「え?」
「だって、魔術はほかでも学べるし、実戦訓練が出来るのも騎士に成りたい子には必要だろうけど、僕には必要ないと思う。武器だって普通の武器じゃなくて、『鉄扇』だし。貴族との繋がりも――――めんどくさそうなので」
バッサリと断る。
カーシャ講師は目を白黒させて、二の句が継げない様子だった。
「科機工コースのスズノです。まずはこれを」
そう言ってスズノが渡してきたのは小さな銃だった。片手用の小さなマスケット銃によく似ている。手に取っていろいろ弄ってみて、あるモノがないことに気が付いた。
(ライフリングがない――――おそらく知識自体がないのか)
「それは、最新型の武器でして」
「うーん。銃だよね。知ってるよ。鉛球を飛ばして攻撃するんだ」
相手が説明しようとした矢先に、答えを言うと、スズノの目が鋭いものに変わった。
「よくご存じですね?しかし一体どこでそれをお知りになったのです?」
「うーん。どこだろうね。まぁとにかく、これが最新型だとすると僕には必要ないと思うよ」
マスケット銃を返そうとしたが――――相手は受け取らなかった。
「科機工の粋を集めたこの武器を知っているとは、それに――――まだなにか知っていることがおありでしょう?」
「まぁ・・・ね。でも僕のヤリタイこととは方向性が違うし、科機工の分野はもっと人を生かす方向のがいいと思うんだ」
凍太は静かにしゃべって、パエリアを口に入れる。
むぐむぐと租借して、飲み込むと、鈴乃に
「ごめんね」
と付け足した。
最後は、『医療』コースのエマ。彼女の説明はやれること、とやれないことの区別の説明から始まった。
治療に使われる回復の魔術は覚えるのが難しく、人体の構造、血管、各種機能に精通していなければならないこと、それが出来ていないと、構成を間違い、うまくイメージできず、うまく治癒できないことが説明されたうえで、凍太にぜひ『医療』コースに入学してほしいと頭を下げた。
「ともに頑張って、けが人や病人を減らしていきませんか?」という誘いは甘美に、凍太の頭を刺激した。
がもともと、サラリーマンをやっていた時には「技術職」で「医者」ではなかった。
(入るんなら、科機工がいいんだろうけど、人殺しの道具を研究するのは気が引ける・・・、医療コースは話を聞く限り、『解剖』が必須だぞ。困ったな)
頭の中でぐるぐると思考が回る。
自分が解剖をする----そんな姿など想像は出来そうになかった。
「いかがです?」
「治療魔術は覚えたいです。でも・・・・」
「人体を切り開いたりするのは、今の僕にはたぶん無理だとおもうから・・・・」
言い淀んでしまっていると
「いいんです。治療魔術に興味があることだけでも聞けただけでうれしいですから」
エマさんはにっこり笑っていた。
遅めの昼食を終えて自室に帰る。と『魔術』コースのリットー講師が扉に寄りかかって待っていた。
「遅かったじゃない」
リットーは言いながら、二人を値踏みするように見て、
「でも、その様子じゃまだ、どこにするかは決めてないみたいね」
そう言った。
「ええ、その通りです。ですが、凍太様はこれから図書館へ行くつもりですので、あなたの言葉を聞いている時間はないのですよ」
ヴェロニカの口調はそっけなかった。
「ちょっと待ちなさいよ。図書館に行くのは明日でも出来るじゃない」
リットーは食い下がる。
(確かにそうだけどね?)
凍太はリットーを横目に見ながら、通り過ぎようとしたのだが、むぎゅっと体を抱きしめられた。
「待ってってば!アタシを助けると思って、少しでいいから話を聞いてほしいの!」
駄々っ子のように凍太に縋りつくリットー。それを冷ややかに見つめるヴェロニカ。間に挟まれながら-----
凍太は「少しだけだよ?」と仕方なく言って見せた。
「----つまりあれね?治癒魔法は覚えてみたいけど、人体解剖やら、薬学の知識を全部覚える自信はないと?」
「うん」
「氷雪系の魔術以外はあまり使ってこなかったし、正直、火や火炎の魔術は得意じゃないわけね?」
「うん」
凍太にあてがわれた個室で、リットー、ヴェロニカ、凍太の3人は小さなテーブルを囲んでいた。
テーブルにはヴェロニカとリットーが凍太の前に並んで座っていて、リットーがいつの間にやら場の雰囲気を支配している。
凍太は先ほどから、リットーに促されるようにしてイニシアチブを取られ続け、今は頷くのが精いっぱいだった。
「だったら、やっぱり『魔術』コースしかないじゃない。氷雪系の魔術しか使えないんじゃピーキーにもほどがあるわ。『魔術』コースに来れば基礎からみっちり教えてあげるわよ」
「別につかえないわけじゃあ・・・・」
ない。と言いかけて、リットーに睨まれた。
「多少のレベルじゃだめだかんね?」
口元がにんまりと笑う。
「それに、魔術コースは治癒魔術も出来るのよ。最終的には『医療』に負けるけど。凍太君は『医者』になりたいわけじゃないわよね?だったら、『医療』は行くことないとアタシは思うけど~」
リットーが正論を言った。
確かに、医者になりたい、どころか、何になるかも決めてはいない。やりたいことがたくさんあって決められてはいないのが現状。そんなどっちつかずな状態をリットーは見抜いていた。
「基礎をすっとばすと、いいことはないわよ? 大きくなったら苦労するんじゃないかしら?」
(・・・確かに、基礎がなければ何もできない。氷雪系がいくら出来ても、万事がうまくいくとは限らない)
ぐらぐら・・・凍太の心が揺れ始める。
「魔術」コースはいっぱいいい先生方もいるし。一番規模が大きくて資金も潤沢。はっきり言って他のコースとはレベルが違うわね」
リットーの言うことは本当なのかとヴェロニカを見る。
「残念ながら事実です」
ヴェロニカは静かに言った。
「他のコースは出来てから騎士コースがおよそ100年。医療コースは80年。科機工コースにいたっては10年です」
「「魔術」は?」
「王国が出来てから、およそ220年。魔術コースは設立の母体となったコースです」
要するにほかのコースとは歴史が120年違う。これはさすがの凍太も予想外だった。学舎の傷み具合が年季が入っていたので相当古いことは分かっていたが、他のコースと同じくらいだろうと思っていたのだ。
「資金も潤沢。講師陣も結構いい。とくに禁呪と呼ばれる魔術の文献や知識は、他とは比較にならないわ。
王国にいる者なら、知ってみたいと思わないかしら?」
ゆさぶりは続く。
(歴史が長い、文献も知識も豊富。治療魔術も学べる・・・か)
「いいかもしれない」
なんとなくだったが----凍太は呟いた。
「でしょ?魔術コースは楽しいわよ?一緒に基礎から頑張ってみない?」
最後の一押しは甘い誘惑だった。
「----決めた。魔術コースにする」
凍太の決心を聞いてリットーは内心でほくそ笑んだ。これで査問員から言われたことは果たした。と。
講師の職の剥奪は免れ安堵していると
ヴェロニカが目を向けて来た。指でオモテを刺している。廊下に出ろという事だろう。と考えてリットーは席を立った。
「ひとまずは、礼を言います。ありがとう。リットー」
廊下に出て言われたのは思わぬ言葉だった。
理由を聞いて、実はヴェロニカも魔術コースを進めるつもりで居たという。
「医療」を進めるつもりで居たらしいのだが、解剖が無理と本人が言ったのを聞いて進めるべきではないと考えたとの事だった。
「凍太様はすこし迷われることが多くてどうしようかと悩んでいたのですよ」とヴェロニカは言っていた。
元々、助言など得意な方でもないヴェロニカは凍太にどう切り出すべきなのか----と考えあぐねていたという。
「まぁ、あたしも見せもんみたいに扱っちゃったし・・・・出来れば、どうやって育つのか見てみたいじゃない」
リットーはどことなく楽しそうだった。
「そうですね。手元に置いて、どう育つのかを見るのもいいかもしれません」
ヴェロニカもまんざら悪い気持ちではないらしい。どちらかと言えば、楽しみですらあった。
わずか7歳にして最高学府に受かった才能がどれほどのものなのか確かめてみたい。
そんな気持ちは確かにあった。
「ともあれ、コースが決まったからには明日からさっそく講義を受けていただくようにしないと」
「そうね。まず最初は初歩のカリキュラムを受けてもらうのがいいかしらね。基礎固めをしないと」
「講師は誰がいいかしら---」
廊下で密談する二人の声は妙に楽しそうな感じであった。
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