第36話 半人前の暴走
なぜ彼らの後をつけようと思い立ったのか、そしてそれを行動に起こしたのか、それは当の本人すらもわかってはいない。立ち振舞、身のこなし、さらに言えば雰囲気だろうか。自分と同じ匂いがしたから……そんな曖昧な動機だった。
「やっぱり同業だよね。……あ、でも私は半人前だったね」
通りを行くエミリアは前方を歩くフードを被った大小三人の背中を追いかけて言った。
開会の儀で触れた殺気を頼りにたどり着いたその人影に、不穏なものを感じていた。依然前方の三人は変わらない速度で何処かへ向けてあるき続けている。昼間ということもあって今回はエミリアは地上から相手を追っていた。
木を隠すなら、と言うように、下手に家屋や木の上から尾行するより、人混みの中を進むほうが目立たないというのは一目瞭然であるからだ。
だが――
「なんか、人多すぎじゃない……?」
開会の儀の王城前広場と変わらぬ混雑がエミリアの目の前に立ちはだかっていた。
なんだか気温も妙に高く感じる。体が火照って汗が止まらない。
だが足を止めるわけには行かなかった。
「あせっちゃだめ。ゆっくりと……」
滴る汗を拭い覚悟を決めて人混みをかき分けていくエミリア。
フードの中でも一際長身の後頭部を睨みつけて一歩踏み出した瞬間、周囲を取り巻く人という人の姿が跡形もなく消え失せた。
「なっ――!? 魔法!?」
狼狽するエミリアを嘲笑おうとするかのように、フードの三人はゆっくりと振り返る。その顔は太陽の光の影となり表情すら読み取ることは出来ない。
とっさに腰の短剣へ手を伸ばしたエミリアは再び驚愕した。
「……っ! ない!? いつの間に!」
頬を伝う汗を拭って後方へ撤退すべく跳躍した時、
「はっ!?」
小さい破裂音が耳元で鳴り響き、エミリアはその大きな瞳を見開いた。
シルヴィアの街並みは眼前から全て消え失せ、追っていたはずの三人の姿もない。目の前にあるのは見覚えのないふくよかで髭面の男。
そうか、そういうことか。
エミリアはぼやけた頭で静かに納得した。
アタシはすでに捕まっていたんだ。フードを追い始めてどのタイミングかわからないが、幻惑魔法をかけられていたんだ。いつまでも尾行している幻覚を見せられていたというわけ。
「お目覚めかな?」
髭面はろうそくに灯りを付けながら言った。
エミリアはぼやけた頭で力なく首を上下させて部屋を見渡す。
広くない簡素な部屋。椅子が二つ。自分と髭面。
体は……動かない。力が入らないのもあるが、そもそも体がベルトで椅子に縛り付けられている。
しくじったなぁ……。
エミリアは奥歯を噛み締めた。
「ここは……どこ。あなたは……?」
眉を潜め暗殺者としての一面を顔面に貼り付けて、低い声でエミリアは髭面に問うた。
「私の名前はモリア・キールズ。そしてここは我らが屋敷。ようこそ、半人前の暗殺者さん」
「…………っ」
エミリアはからからに乾いた喉を鳴らした。
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