第33話 開会の儀
マルステンでは考えられない喧騒と平和の両立した酒場のあり方に戸惑いを隠せないまま、ユーマは目の前に並べられた朝食に手もつけず突っ伏して額をテーブルにこすりつけていた。
「くそったれ……」
「ユーマ朝ごはん食べないの? もらっちゃうよ?」
「人のもん食いながら言うな」
口の周りに汚らしくスクランブルエッグをつけたままいうエミリアに怨嗟の声を投げつけながらユーマは上体を起こす。
「どうしたんだユーマ。元気がないようだが」
「朝は弱いんだ……」
半開きの目をしばたたかせて、ハッシュドポテトをつまんだ。
「そういえば、貴様が死んでいたのも朝だったな」
「やかましい」
つづいてハムを一枚口に放り込んでユーマは続ける。
「昨日街を一通り歩いてみたが、この街の中心に位置するのは街門から入って直進した先にある広場の噴水だ。魔法を使うとすればそこだが、いやに目立ちそうだな……」
魔法というのは、マオの使う『探知』の魔法のことだ。
魔力の波を広範囲に飛ばし、反射して返ってきた情報をもとに屋内外、壁の有無にかかわらず心臓の拍動を元に生命情報を読み取る。読み取れる生命情報は比較的簡易なものではあるが、ヒトかそうでないかくらいは簡単にわかってしまう。
問題は魔法を使用するタイミングである。
魔法というものはそもそも、人間の体内に必然的に存在するウィーツェルコアのエネルギーを外界へ干渉する力の具現として行使する方法を言う。しかし、コアに蓄えられたエネルギー容量というものは決して鍛えられるものではない。加えて、それは人間が子孫を残し世代を変えていくに連れて萎縮している傾向にあるという研究結果が出ていた。
そのため、魔法を行使できる人間というのは大変有能視され、すぐに王都騎士団や魔法研究所へと引き取られていく。
つまり、王都騎士団や魔法研究所のある王都でもないこんな街中で魔法を使うということ事態が目立ってしまうということなのである。
そしてユーマ達はすでにお尋ね者である。目立つというのは言語道断。ありえない話であった。
「そういえば、武闘会をやるって聞いたな」
「舞踏会?」
「踊る方じゃねぇぞ。闘う方だ」
腕をひらひらと揺らすエミリアにユーマは呆れ顔で言った。
「腕に自信があるならユーマ出てみれば?」
「嫌だね。疲れるだろう?」
「なぁんだ。つまんないの」
「ところでその武闘会、もう始まっているのか?」
店外の様子が気になるのか、店の入口にチラチラと視線をよこしながらマオが横から割って入る。
「なんか面白そうなことになってるね」
扉の窓から見えるのは、駆け足で通り過ぎる街の住人たちのようだ。
それも縦横無尽、というわけではなく、決まって一方向に流れていく。
まるでそちらに何かがあるかのように。
「気になるな。行ってみよう」
「はいはい」
ユーマは腰の小袋から金貨を取り出し、テーブルにおいて立ち上がる。
椅子にかけた愛剣を背負うと、無邪気な子供のように飛び出したマオの背中を追った。
――おい、もう始まるってよ!
――急げ急げ!
――女王様を見るチャンスだぞ!
店を出た途端、市民の声が矢継ぎ早にユーマの鼓膜を揺らす。
皆揃って街の奥へ奥へと駆けていく。
「おや、君は……」
「あぁ――」
目の前を通る中年男性がふと足を止めた。
まだ完全に覚醒しきらない頭に喝を入れ、ユーマは半目のまま男性の顔面を注視する。ぼやけた記憶の映像を必死に研磨して、ユーマは男性の特定の成功した。
「パン屋の……」
「そうそう。覚えてくれてうれしいなぁ。武闘会の開会式、行くのかい? いや愚問だったね。武闘会に出るために街を訪れたんだろう?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「あら、そうなのかい。でも武闘会は楽しいし、開催中は街も賑わうから是非見ていくといいよ」
「ご親切にありがとう。あ、それと……」
「なんだい?」
「おっちゃん、パンうまかったぜ」
「ハハハ、ありがとさん。それじゃ、また店来てくれな」
「あぁ、約束する」
固い握手を交わすと、おっちゃんは足早に人の流れに沿って開会式会場へと向かっていった。
「さて、俺達も――って、どうしたエミィ」
二人に向き直ったユーマはこれでもかというほどに頬を膨らませたエミリアの顔面が急接近して心臓を跳ね上げる。
「パンってなぁに! ずるいよユーマだけ! 私も食べたーい!」
「そこかよ! パンなんて買ってやるから騒ぐな!」
「さぁ、行くぞ。人が集まっているならこんなチャンスはない」
マオが見た目に似合わず羽織ったマントを翻して歩きだす。
ユーマはちょっかいをかけてくるエミリアを御しながらマオの後を追った。
「しかし、武闘会というのも面白い試みだな。こんな辺鄙な街で」
「辺鄙だからこそ人を集めるために、と考えるのが普通ではないか?」
「まぁ、そうなんだが――なにか引っかかるんだよな」
腕を組んだユーマは昨日のヒルダの言葉が妙に気にかかっていた。
――見極めるだけです。
――武闘会への参加を?
ただの武闘会であるなら誰が参加しようと余興が盛り上がるだけ、街の人間からすれば交易や税収による収益を期待するところだ。しかしヒルダの面持ちはそのような楽観的なものではなかった。
言うなれば、査定のような。
「その話なんだけど――」
思い出したようにエミリアが口を開いた。
「シルヴィアの武闘会は5年に一度しか行われないんだって。なんでも、今回のは次期国王を決めるための武闘会らしくて」
「ただの余興ってわけじゃないのか」
「うん。んでもって今の国王……正確には女王様なんだけど今14歳。2年前、国王が暗殺された時に繰り上がり式に国王になっただって」
「暗殺?」
「正確には狙って殺されたというよりは巻き込まれたというか……」
しどろもどろになりながらエミリアは口ごもる。
2年前といえば、世界は勇者によって救われた後のこと。国同士の争いもなく平和だったはずだ。
誰かの思惑によったものでは無いと考えるのが普通か。
「にしても相変わらずよく掴んでくるな。その手のネタ」
「慣れてるからね」
胸を張って言ったエミリアを横目にユーマはため息をついた。
「さて、と」
「ふむ……」
マオは顎に手を当て足を止める。
開会式へ向かいたいのであれば足を止めている場合ではない。王城広場までは100m余りある。3人は正門すらまだくぐってはいない。しかし、人の群れがもうそこまで来ており進もうにも進むことが出来ないのだ。
それだけの人望を持った人物であると考えるのが常だが、『2年前』の話を聞くあたり、先代の人望だと言えなくもなかった。
「どうするマオ。強引にいくか?」
「いや、少々強めに魔力を放てば――」
――シルヴィアの皆様、そして外からの来訪者様。本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。
マオの言葉を遮って、女の声がユーマ達の脳に直接響き渡った。
「これは……『疎通』の魔法。これだけ多くの人間にか」
マオが感嘆の声をあげた。
『疎通』の魔法は魔法の中でもかなり難度の低い低級魔法である。効果は位置の離れた特定の対象に向け意志、及び言葉を伝えるというもの。術者の魔力次第で疎通距離は伸び、精度が上がれば対象を増やすことも出来る。しかし並の魔法使いでも出来て10人。100人を優に越す大勢に向け『疎通』魔法を行使するというのは並大抵のことではなかった。
王室によほどの魔法使いがいるか、もしくは『マオの力』の具現が存在している可能性に他ならなかった。
「マオ、指向性で『探知』、行けるか?」
「同じことを考えていたようだ。私を誰だと思っている」
「魔王様だよ」
「よろしい。『エスネ、ヨート、ノイテクティブ』!」
体の前に手をかざしたマオが静かに魔術三連符を唱える。
不可視の魔力の波が、水面に水滴を落としたときのように、波紋となって広がっていく。しかしその形はいびつに一方向へと伸びてどこまでも広がっていった。
ユーマは『探知』魔法の影響で若干息が詰まるのをこらえながらマオの様子を見守る。
これで該当がなければ全方位へ向けて『探知』を行使するだけだ。おそらく何も関係のない人間に多少の衝撃を与えることになるだろうが、かまっているほどこちらに余裕もない。
「……あった」
かざした手の平を握りしめてマオがぽつりとこぼす。
「微弱だが、確かにある。しかし――」
特定には至らない。マオはそう言いたげに唇を噛んだ。
「収穫はあっただろ。この街にあるっていう事実が」
「そうだよ。どうせ今『マオの力』がどういう形かすらわからないんだよ? 無機物に憑依しているのかもしれないし、キルナちゃんみたいに人の形をしているかもしれない。とりあえずは結果オーライだよ、マオ!」
「あぁ……。あぁ、そうだな」
マオは悔し紛れに口元に笑顔を形作った。
あるということはわかった。では次は何をすればいいか。
もちろん、その『マオの力』そのものの特定である。
さすがにこれだけの人混みの中をかき分けて王城へ向けて直進するのは骨が折れる。しかし、王城を自由自在に駆け回っていては衛兵に捕まって牢屋行き……なんてこともあるかもしれない。
ユーマは覚悟を決めていった。
「マオ、すこしここで待っていてくれ」
「何をする気だ?」
「ちょっくらお散歩だ」
「私も行ってくるよ!」
言い終えるや否や、二人は人の渦の中へ、その隙間を縫うように割って入っていく。
押し返されそうになるほどの圧力を全身に感じつつそれでもなお強引に進んでいく。背負った剣はいつの間にか胸にだいていた。
時折振り返りながらエミリアの安否を確認しつつ先へ先へ。スラリとしたユーマとは違い、エミリアの持つ明らかな凹凸が移動の阻害をしているのをみてユーマは気の毒に思う。だからこそ、ユーマが先行して道を作らなければいけなかった。
「うっひゃーやっぱりすごいね。前に行くほど密度がある! こういうときは自分の体が嫌になるね!」
乳房を自らの手で押しつぶしながら進むエミリアは恨めしそうに、それでいて楽しそうに言う。
「この辺りでいいか」
ユーマは広場の中程までやってきて足を止めた。
王室のいるバルコニーまでは30m弱ほどの距離だ。この程度であればその人物の大体の姿形もわかる。頭に響くこの声の持ち主たとえ『マオの力』でなかろうと、警戒しておくに越したことはない。
そうしてバルコニーを見上げたユーマの目に写ったのは、風になびく惚れ惚れするほど美しい銀髪だった。
「うわぁ……キレイ。あの人が『マオの力』なのかな。あれ? ユーマ?」
あぁ、そうか。それならば納得がいく。
ユーマは一人納得してさぞ面白そうに口元を歪ませた。
「女王ルセリナ……それにヒルダ……」
今喋っているのはおそらくルセリナではない。ならばヒルダが『マオの力』なのか。
そう決めつけるには短絡的すぎる。城の中から他の者が魔法を使っている可能性もある。断定こそ出来ないが、ユーマはあの夜の手合わせ思い出し、ブルリと身を震わせた。
「エミィ戻るぞ……あれ?」
用が済み、振り返ると後ろにピッタリとついてきていたはずの姿がなく狼狽える。
この歳にもなって迷子か?
必死になって背伸びをしながら周囲を見渡していると、どこからともなく声が降ってきた。
「ユーマ! 先行ってて!」
あぁ、そう。
エミリアが突然何処かへ姿を消すのは別に珍しいことじゃない。興味を持ったら犬のようにそれを追い求め満足したら平然な顔をして戻ってくる。それが彼女だ。
肉の壁に阻まれてどこから聞こえたかもわからない声を耳に一人合点し、ユーマはさっさと歩き出した。
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