第25話 魔王の力
「離せッ! エミリア!」
「だめだよ! 逃げるの!」
街道を外れた獣道を走るエミリアの腕の中で、マオは激しく抵抗して喚いていた。
「逃げてどうなる! たしかに、ユーマは我々を逃がすために囮となったかもしれん。だがあの状況下、四人の力がなければ逃げられなかったのだ!」
「マオ!」
さんざん暴れまわった挙句、やっとの思いでエミリアの拘束を脱し、自らの足で大地に立つマオ。
エミリアが止めるのも効かず、懐のポケットから黒い立方体を取り出していた。
「ただやみくもに言われた言葉を信じるなど、そんなもの優しさでも愛情でも何でもない。否定も肯定も、対立も和解もあってこそだろう。『イアカ、トラ──』」
「あっ……」
語気を強めて説教臭く言い、立方体を魔導車へ変化させようと呪文を唱えだしたマオが突然息を呑んで逃げてきた方へ首を向けた。同調するように、キルナも何かを感じ取って体を震わせる。二人の異変と全く同じタイミングで、森の中で潜んでいた鳥達が一斉に羽ばたいていった。
「……っ! この感触は……」
ひどく覚えのある感触だ、とマオは思った。
およそ一生忘れることのない感触だ。自らを封印した魔力など。だがそれだけではない。
魔力はぶつかり合うことで周囲にその余波を撒き散らす。マオが感じ取った気配は、一つではなかったのだ。
「勇者の剣が……二本!? 奴らはそんなものまで持ちだしてきたのか!」
瞳を閉じ、押し寄せる魔力の波に集中してマオは呻いた。
勇者の剣を相手が持ち出してきたとしたら、その所持者はまさに自分の天敵となることだろう。勇者の剣は魔王の力を弱める。完全な状態ではない今のままでは、うかつに近づけば二本の剣の魔力にあてられただけで戦闘不能となる可能性もあった。
「いや、待て……。ここには私の力があるではないか」
「…………?」
マオは傍らで身を震わせながら立つキルナを見て、ひらめいたように笑った。
「マオ……? 何を?」
「いいから見ていろ!」
マオは鋭い視線を受けて更に震え立つキルナにズンズンと歩み寄る。そしてそのまま腕を振り上げると──。
「ま、マオ!」
「──許せ。束の間の痛みだ」
マオは握った拳を、キルナの胸めがけて叩き込んだ。
「……ッッ!」
細く、今にも折れてしまいそうなか弱いマオの拳は何の障害もなくキルナの体を貫く。キルナの口からは空気と一緒に赤い鮮血が吹きこぼれた。
そしてマオは、体に突き刺さった腕をそのままに、ゆっくりと呪文を唱えた。
「戻れ、我が力の分身よ。あるべき場所へと還るが良い。『ヴァール、デル、レーヴェ』」
「かはッ!」
キルナの口から虚しい嗚咽が漏れた。
マオは突き刺した腕を素早くキルナの体から引き抜く。体の横で脱力したマオの右手は赤く染まり、指先からは血が滴り落ちていた。
「……あっ!」
キルナの体が傾く。とっさにエミリアが身を乗り出しキルナの体に支えの腕を差し出す。
しかし、エミリアが腕にその重みを感じる前に──キルナの体は一瞬で光の粒となって空気と混ざり合って溶けた。
「嘘……!?」
目の前の怪奇な現象に、エミリアは目を見開いて驚きの表情を示す。光は瞬く間にマオの全身を包み込んでいく。
「……ふむ。懐かしい感触だ。我が力よ」
光に包まれたマオは、天を仰いだ。空が表情を変え、雲があるわけでもなく黒く染まる。昼間、天の中心から人々を見下ろす太陽が輝きを失ったかのようにも思えた。
「ま、マオ……?」
エミリアはその数々の現象を受け入れることが出来ずに、ただ目の前の光景に見入った。やがて、その光の衣を脱ぎ捨て、マオの姿が全貌を表した。
それは──。
「さぁ戯れに一つ、逃走劇といこうじゃないか」
マオは口元に手をあて、さも楽しそうに笑った。
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