第16話 追う者2
「ジーシーはおやすみー」
「はい、おやすみジーシー」
目をこすり、大あくびを重ねるジーシーが居住部の寝室へ入っていった。
もう魔導車に長いこと揺られ続けている。日も沈み、人が就寝するにはちょうどいい時間だった。ただ、そんな中でもディータ、ダギム、エイラの三人は寝るようなことはしない。
寝るということは、完全に無防備なのだ。襲われてからでは対処できない。街道を移動中なら尚更のことだった。
「眠れて……いいですね、ジーシーは」
「ホント」
「はは……」
もう寝入ってしまったジーシーを見て、ダギムがこぼす。それにエイラが相槌を内、ディータは笑った。
「ところで、あのトロール達……」
「うん……」
突然、ダギムは声色を変えて話しだす。すぐに言いたいことを察したディータは、小さい声で頷いた。
ダギムが言っているのは、マルステンへ続く街道に放置された多数のトロールの死骸のことだった。トロールらと共に激しく切り倒された木々の数々。明らかに木々の伐採を行った後、そこでトロールを狩った者がいるという見解が相応しい惨状。
だが、ディータ隊の面々の意見は違った。
それは──木々とトロール、同時に切り倒されたのだ、というものである。
もし現実的な前者の意見が正しいとすると、切り株の切断面にトロールの飛沫した血液がついていないことの証明にならなかった。
しかしそれ以上に、もしその現状を創りだした者が人間ならば、どんな怪力なのだろう、と想像を巡らせるところだった。
「トロールとはまた別の生き物がやったのだろうとしか言えないよ。絶対とは言えないけど……」
頼りなさげにいうディータ。
「やはりそうですよね。それにしても、残党のトロールを狩りつくせて良かったですね。これで道行く人も安心して通れます」
「えぇ、本当にそうね」
「ジーシーがトロールの巣を見つけ出したおかげさ」
ディータは軽く感謝を述べて、ジーシーを一瞥する。
幸せそうな寝息を立ててジーシーは眠っていた。
「いや、ですが討伐数は隊長が最も多かったじゃないですか。十体なんて、感服したとしか……」
「ジーシーが五体。ダギムは三体。私は二体ね。さすがは第三号騎士」
「いやぁ……ハハ。この剣のおかげだよ」
チャ、と腰に下げた剣の鞘を叩いて言う。
「楽しいこと面白いことがあると人が変わるのも相変わらずよ? ディータ」
「えぇ。はじめは驚かされましたが、今はもう慣れましたね。むしろ心強いですよ」
「これは対人用の技術でもあるんだけどね。相手を油断させるための」
「なるほどね。でも私達の間でなら普通にしてもいいのに」
「もうこれが普通になっちゃったからなぁ」
たはは、と笑い頭をかいてディータは笑った。
ディータは言わずもがな、人前での体裁を気にするようにしていた。丁寧な言葉、柔軟な物腰など、誰かと顔を合わせる時は決まって人を良くするようにしていた。
「ん?」
「どうかしましたか? 隊長」
「いや……」
不意に腰の剣が気になってしまうディータ。
震えているわけでもなく、鞘に収まっているのもかかわらず、勇者の剣が青白いもやを溢れ出させているのだ。
「なん……だ……?」
キシャリ。
たまらず剣を抜く。その時、ディータの脳裏には懐かしくも恨めしい過去の記憶と、ある一つの事実が流れ込んだ。
近く──そう遠くない距離に感じる、自らを強調するような存在感。どこか融け合うようなイメージ。
それは──
「魔力の同調……?」
剣を握った手が突如感覚を失い、弾けるようにもやへと変化する。
「っ──!」
不用意にも上ずった悲鳴が喉を震わせた。
左手から肩、胸の順に次々と体が霧状へと変化していく。
紛れもなく幻覚だ。剣から溢れでた魔力がどこか遠くで発せられる魔力と同調──つまり互いに影響を及ぼし合い、干渉したその余波を受けて脳が混乱しているのだ。
(しゅ、集中しろ。心を強く持て!)
ディータは幻覚に抗う。
己が地に足をつけた人間であること。
この世に生きる生命であること。
ここにいるということ。
念じた途端、ディータの体は夢から冷めたように感覚を取り戻す。やはりその手には、先ほどと同じ勇者の剣が握られていた。
(今のは──)
「……隊長? 大丈夫ですか?」
「──ク、ククッ」
「また変わってしまいましたか」
胸中で考えていることとは裏腹に、ディータは邪悪な笑みを浮かべた。突拍子もない豹変に、エイラだけでなくダギムでさえ呆れたように言った。
「ふ……。魔王討伐は二の次だ。先にやらなければいけないことが見つかった」
「はぁ!? 突然何を言い出すかと思えばそんなこと!?」
ディータはクックッと笑い、両足を投げ出して座り直す。エイラは操縦から肩越しにこちらを見やって驚きを示した。
「それは……どのような事で?」
「よく聞いたな。そいつは──」
愉快に、壮大に、饒舌に。
ディータは雄弁を振るいだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます