第4話 いざ行かん

 いざ旅にでるとあれば、まず目的地を決めることが重要だ。目的は『マオの力を取り戻す』ということなのだが、いかんせんマオの力というものがどんな形状をしているのか、実態があるものなのかがわかっていない。

 とすれば、わざわざこちらまで出向いて襲いかかってきた相手に手がかりを求めるのは誰しもが取る行動なのだろう。が、

「……ダメだなこりゃ。全員雇われだ」

「こっちも。手がかりになりそうな物は持ってないみたいだね」

「やれやれ面倒だな。せめて雇い主が誰なのかわかればある程度対応もできそうだったんだが」

「こちらも駄目のようだ」

 ユーマの予想は外れた。

 襲撃に参加した魔術師達はものの見事に、依頼元を隠蔽している。指令書の一つでも持っていれば、そこから依頼主を突き止めることもできたはずだった。

「しゃーない。手当たり次第に街を巡って──」

 そこで、ユーマは気付く。

「なぁ、お前が入ってた箱。あれってどこ行った?」

「あぁ、あの箱か。あの家屋に置いたままだったから、家と一緒に燃え尽きたかもな」

「ばっかやろ! それを先に……」

 慌てて廃屋を見やる。

 当然の事ながら、元ユーマ宅は炎に巻かれた結果、すでに燃え尽きていた。

 あれだけの炎系魔法に晒されて無事な方が怖いくらいではあるが。

「言っても無理だったな、これは」

「ふむ。お前、本当にあの箱があの程度の魔術と熱で壊れると思っているのか?」

「と、いうと?」

「私が入っていた箱だぞ? そう簡単に壊れてしまっては、魔王としての品格が疑われてしまうではないか」

「よ、よくわからないけど、箱を探せばいいの? 大きさとか、色は?」

 自慢気なマオの物言いにエミリアは横から口を挟む。

「黒くて、ちょうど俺の胸下くらいまである四角い箱だ」

「ねぇ、それってさ……あれじゃない?」

「なぬ」

 申し訳なさそうにエミリアが指さした先には、家の残骸の山からぽっこりと頭を出した黒い箱。

 あれだけの炎に巻かれたというのに、見当たる限り傷という傷はどこにもなかった。

「で、中に入っていたのはこれ」

 エミリアは黄ばんだ紙を差し出す。

「ほうお前、仕事が速いな」

「まぁね!」

「しかしこれ、開かないぞ。差出人の名も何もない」

 エミリアから受け取った便箋を開こうと紙面に爪を引っ掛けたが、つるつると滑ってまるで取っ掛かりがなかった。

 物理的な開封が不可能なら、魔法に寄って封をされた便箋ということか。

「まぁ私に渡すがいい。『エスネ、ム、クオルン』」

 マオが手紙を奪い『解錠』を意味する魔法を唱えると、便箋はひとりでに開封され、中身の手紙が飛び出しマオの手に乗った。

「目的地は書いてあったか?」

「うむ。どうやら目的地は、マルステンという街だ」

「え、マルステン!? だったらすぐに案内できるよ!」

「ほぅ、エミリアとやら。この街を知っているのか?」

「知ってるも何も、あたしはずーーーーーっとそこで修行してたんだよ」

「では、案内はお前に任せよう」

「…………」

 意気揚々とマルステンへ進路を向けようとする二人をよそに、ユーマは浮かない顔をして突っ立っていた。

「どうした? ユーマ」

 マオはユーマの顔を覗きこんで問う。すると、エミリアがフォローを入れた。

「あー、ユーマはマルステンに嫌な思い出があるんだよねぇ……」

「あぁ、まあな。最も、他人からすりゃ正直どうでもいいようなちょっとした事なんだが」

 ユーマは話を続けようとして、

「いや、今はやめておこう」

 ──口を結んだ。

 死体が転がる廃屋の近くでこんな立ち話をするのもおかしな話だ。それに、使いが戻らないことを懸念した雇い主が増援を呼ぶ可能性だってある。できることなら一刻も早くこの場を立ち去るべきだった。

「行くならさっさと歩を進めよう。夜になっちゃあ進みたくても進めないからな」

 戒めるようにつぶやくユーマ。

「で、なにか持ち物とかあるか?」

「あたしはないよー! 必要な物はいつでも身につけてるからね!」

「だろうな。マオは?」

「ふむ。私は──」

 マオは少しだけ口を噤んでから続ける。

「あの、箱だ」

 ピッタリと廃屋の瓦礫の山に埋もれた箱を指さして言った。

「あ……?」

 一瞬威圧的な疑問符を浮かべるユーマ。

 冗談ではない。あの巨大な箱がどれほどの重さを持っているのか。重さはないにしろ、まず旅路の邪魔になることはわかりきっている。それにあの大きさだ。荷物になることは間違いない。

 ユーマは当然のように無理な願いを言いつけるマオに軽い殺意を覚えていた。

「お前の懸念していることはわかる。大丈夫だ、小さく出来る。『エスネ、ム、エルチル』」

「おぉ、すごいね!」

 指を弾き、マオが一言魔法を詠唱する。すると、瓦礫に埋もれた箱はみるみる内にその姿を小さく変化させ──

「……箱がどこにあるのかわからなくなったぞ」

 その行方をくらませた。

「お、おいマオ! てめぇ! どれだけ小さくしたのか知らねぇが、どうして瓦礫から箱を取り出してから小さくしようって考えなかった!? お前はあれか!? アホなのか!? 魔王のくせに! ちくしょう! だれが探すと思ってんだ!」

「ち、違う! これは、その……ふ、不慮の事故だ! 私の意識より先に魔法が勝手に──」

「出るわけあるか! 魔法の詠唱は自分の意志でするもんなんだよ!」

 ユーマの悲痛そうな怒号に、マオも慌てて取り乱して反論する。

 炭化した木材と灰の山。もっと悪く言えば、ユーマが使っていた食器やら家具もある。それだけの瓦礫──言い方は悪いがゴミの山から、どれだけ小さくなったのかもわからない黒い箱を見つけ出さなければならないとあれば、そうとうの苦労を強いるだろう。

 それは何でも屋を名乗り、モノ探しの依頼はある程度数をこなしているとはいえ、ユーマも骨を折る作業だった。

「魔法で探せたら楽なことこの上ないのにな……」

「対象がはっきりしないと魔法は使えないのだ。すまない……」

「これはこれで、あたしは面白いと思うよ!」

「お前はいつも楽しそうで何よりだ……」

 結局、三人は瓦礫の山へと足を踏み入れ、小さくなった箱の捜索を始める。すぐに衣服には燃焼にともなって生み出された灰にまみれていく。

 消えた箱の捜索は夕暮れまで続いたのだった。

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