魔王のままではいられない

ミノ

第1話 対魔王相殺兵器・勇者

 人界最高の法術者たちが半世紀の歳月をかけて生み出した対魔王相殺そうさい用神兵は勇者と名付けられ人界を侵略する魔王軍の只中へと投入された。


 随伴した試験用神兵とパーティを組み彼らは人界の至る所に現れて魔王軍の勢力を根絶やしにした。


 その際に少なからず民間人の犠牲者が出たが多くは黙殺された。


 制圧された大都市に囚われた住民を含めた生きるもの全てを虐殺したことについてはもみ消しきれなかったものの勇者一行は計画通り目覚ましい成果を上げ、数えきれないほどの魔王軍将官の首を積み上げた。


 恐ろしい魔王軍はそれでもなお人界の支配と侵略、土地からの生命力略取をやめようとはしなかった。


 勇者たちは魔王軍人界残存兵力を虱潰しに殺しつくし、彼らの暴虐をより色濃い暴虐によって覆い尽くした。


 血が流れた。


 人界の人口が危うく桁が少なくなるほどの死人を出しその犠牲と引き換えにするように勇者は魔王軍を人界から追い散らし、絶滅せしめた。


 恐ろしい勇者。


 彼が殺したのは魔王軍であり無辜の民でもあった。人々は囁いた「あれ・・は本当に人の命と魔の命を区別できているのか」と。


 人界最高指導者、最高法師、そして複数の国家元首が居並ぶ席に勇者とその一行は招かれた。


「『ヒーラー』は」


 最高指導者・天公は勇者に尋ねた。勇者一行は4人だったはずが、ひとり欠員が出ている。


 勇者は何の感情もこもらぬ顔で消失しましたと答えた。


「魔王軍将軍を滅するためです。ぼくの神剣の威力に巻き込まれ魂魄尽き果てました。蘇生は不可能です」


 そうか、と天公はうなずいたがその目には蔑みの色がうっすらと見えた。仲間の命も敵の命も同じか。しょせんは作られた英雄に過ぎぬと。


「大儀であった。人界はそなたをたたえ、永久に名をとどめおくだろう」


 バチリ。


 勇者一行は全員気を失って卒倒した。


 天公の手には絶対制御装置が握られていた。勇者の行動の一切を封じるための最後の安全装置。


 勇者は幽閉された。


 やむを得ないことであった。


 英雄であり、一般市民ごと虐殺を行った大量破壊兵器であり、制御装置を使う以外には人界最高権力者においても行動を止めることのできない危険人物なのだ。


 戦後、つまらぬ醜聞を広めぬためにはこうすることが最良であると判断が下された。


 勇者には抗弁の余地はなかった。


 しかし異を唱えるつもりもなかった。彼には異論がなかった。彼は人間に作られた存在で、人間に反抗することに価値を見出すことはなかった。


 あるのはただ殺意だけだった。


 自分を凶悪な死神として世に生み出したのは人界を侵略した魔王軍の暴虐故であり、それがなければ自分はそもそも地上に産声を上げることはなかった。


 魔王軍と戦いたい。


 もし希望があるとすればその一言だけだった。


 だがそれはかなわない。


 魔王軍はすでに勇者自身の手によって皆殺しにされているからだ。


     *


 9年が経った。


 人界の人口は、本当に桁がひとつ減ってしまった。


 魔界から魔王軍の本隊が大挙して押し寄せたのだ。大魔寇と呼ばれる魔の大波である。


     *


「魔界へ。魔界の中心へ行ってもらわねばならぬ」


 9年間の幽閉を解かれた勇者にかけられた最初の言葉がそれであり、勇者はただお任せくださいとだけ言って頭を垂れた。


 9年の歳月は人界をして対魔神兵デミヒーローの量産化に成功せしめるに至っていたがそれでも最初にして究極の勇者には性能はるかに及ばず、彼に出番が回ってきた。


 およそ人扱いなどされていない勇者だが心はむしろ踊っていた。


「今度は」


 勇者はかつて猛威を振るった絶滅聖剣を手渡されつつ天公に尋ねた。


「直に会えるでしょうか。ぼくはそれだけが気がかりです」


 表情をめったに表さぬ勇者は奇妙に清々しい笑みを浮かべていた。


 対魔王相殺神兵は名の通り魔王を相殺するために生まれた存在である。魔王軍ではない。魔王をだ。


 存在意義。


 勇者にとってまだ見ぬ魔王を殺しその首級をあげることだけが真に成し遂げるに足る目的であり、それをなさないのなら生きているのも幽閉されているのも同じことだと勇者は思っていた。もしかすると死んでいることとも同じかもしれない。


 死ぬ?


 勇者は死なない。


 死ぬ時があるとすれば、それは魔王とするときだけだ。


 それが楽しみで仕方がない。


     *


「これを」


 天公の手から、銀色に輝く縄のようなものが勇者に下賜された。


「9年間の間に唯一生み出すことができたものだ。勇者よ、お前と同じ対魔王相殺兵器だ」


 それはあらゆる魔族を屈服させる法力を持ち、ただ一回しか使えず、その代わり魔王でさえもその力と尊厳をことができるという。


 本当に魔王に通じるかどうかは神のみぞ知る。


 勇者は銀の縄を信頼した。


 勇者は自分が魔王と相殺するために生まれたものだとこの世の誰より理解している。


 だから必ず縛り上げることができるだろう。


 勇者が魔王を滅ぼすことができるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る