第48話 番町皿屋敷(大盛)



その屋敷からは夜な夜な、


皿を数える若い女の声がするという――




時は江戸。


とある屋敷で働いていた菊という女性が、主のお気に入りの皿を割ってしまい、

許されず死んだ。そして菊が死んだ日から一晩中、菊が皿を数え許しをこう声が

屋敷に響き渡るというのだ。


屋敷の主に相談された上人は、菊の霊を成仏させるべく屋敷に泊まり込むことに

なった。そしてその夜もまた、死んだはずの菊の声は聞こえてきたのであった。


「一枚、二枚……」


上人は声のする井戸へ向かう。念仏を唱え、菊の無念を昇華させようとした。


「八枚、九枚……」


菊のカウントが九にさしかかったとき、上人はすかさず言った。


「十」


菊はニコリと嬉しそうな顔をして、上人の顔を見つめると微笑んだ。


「あら、嬉しや……」

「菊、お主はもう……」

「手伝ってくれるのですね~」

「えっ?」

「11枚、12枚、13枚、14枚、15枚、16ま~い」

「待って」


大層広いこの屋敷には、主人の宝物として千枚の皿がおかれていた。

菊は割ってしまった千枚の中の一枚を捜すために、毎晩999回のカウントを

繰り返しているのである。


そしてようやくその時は訪れ――


「998枚、999枚……」

「千!!」

「あら、嬉しや……」


夜も更けたころ、いよいよカウントを終えた菊が柔らかな光に包まれた。

消えゆく菊を見つめた上人が安堵のため息を漏らす。

そこにひょっこり、消えたはずの菊がもう一度井戸から姿を現した。


「いっけない! 私ってばドジで、旦那様の筆も一本ダメにしてしまって……」

「筆は何本あるのだね、お菊や」

「一万本です! 頑張って数えなきゃ! いっぽーん! にほーん!」

「いい加減にしろーー!」


大屋敷の夜は、再び始まった長いカウントダウンとともに明けていったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る