HERO in Fantasy

Mr. Suicide

第1話 彼の名は

 ピンチの時、そいつは必ず現れる。

 あふれる涙を仮面で隠し、流れる血潮を赤い首巻きで隠す。例えその両の手が、どんなにボロボロになろうとも、その手で掴むは助けを求む者の声。我を知らぬば人に聞け、我が名知らぬば天に聞け。神出鬼没で奇々怪々、助けを求める者のため、そいつは走る東へ西へ。

 今日もまた、どこかで助けを求める声がする。輝く太陽背に背負って、奇妙奇天烈な身構えの男。左腕を斜めに伸ばし、右手は曲げ込み口の位置、指の先まで伸ばしきる。誰かが笑った、誰かは拝んだ、誰かが罵った、誰かが感謝した。しかし、誰しもこう呼んだ。


 英雄(HERO)と。


 暗い暗い森のなか、静寂が息づくその場所が、今日はどうにも騒がしい。追う男たちに、追われる女たち。追う男たちは、どいつも薄汚れた革鎧に身を包み、手には各々武器を持つ。追われる女たちは、みすぼらしい布でその身を隠し、中にはまだ少女と言えるような者も混じっていて、どいつも首に首輪を付けられている。どらも夜の森に慣れておらぬようで足は重く、男たちはその体力で乗り越え、女たちはその身軽さで乗り越えていく。しかし、少しづつ、ゆっくりと松明の明かりが女たちに迫っていく。焦りから、女たちの息が上がっていく。

 そしてとうとう追い詰められた。満月を抱えた高くそびえる崖の前に、女たちは為す術もなくうなだれる。男たちはわざとゆっくりと歩き、顔には下卑た笑みが張り付いている。少女は絶望の中、涙を流しながら怯え、震える声でこうつぶやく。


 「助けて、誰か……助けて!!」


 暗闇に一際大きく少女の声が響き渡る。


 「助けなんか来るわけねえだろ!」


 男たちの下品な笑い声が響く。女たちは男たちを睨みつけ、覚悟を瞳にたたえる。

 その時!

 HEROは現れる!!


 崖の上に人影、先程までは誰も居なかったその場所に、満月を背に背負った人間が一人。男たちは口々にその人間に罵声を叩きつける、威嚇する犬のようにわめきちらす。満月を背に背負った人間は、そんな者には目もくれず、女たちに声をかける。


 「助けて!!!!」


 少女は叫ぶ、先程よりも強く、そして大きく、少女は助けを呼んだ!!


 「HERO見参!!」


 HEROの声が、少女の絶望を切り裂いた。


 HEROは高く飛翔する!!

 人の身では到底考えられないほど高く、男は飛翔し、崖を飛び降りて行く!その姿はまるで鷹のように鋭く、仮面より覗くその目にはギラギラとした闘志が宿る!


 「ふざけんな!!やっちまえお前ら!!」


 先ほどまでHEROを馬鹿にしていたうちの一人が、たった一蹴りで意識を失ってしまったのを見て、男たちはすぐに戦闘態勢に入る。

 HEROと名乗ったその男は、蹴りを入れ、着地した直後、臨戦態勢を整える。静寂が支配する森のなか、対峙する者達の間に、ピンと張り詰めた空気が流れる。息苦しいほどの緊張の中、先に動いたのはHEROだった!


 赤い線が、闇の中を駆け抜けた!!


 次の瞬間、HEROから一番離れた男が吹き飛ぶ。男たちから、驚きから声にならない声を上げた。


 「なぁ……っ!?」


 少女は目を見張った、エルフである彼女にとって、魔法というものは種族柄敏感である。しかし、HEROの動きからは魔力を全く感じなかったのだ!

 つまり、HEROはその驚異的な身体能力と、技術だけで先ほどの攻撃を行った。目にも留まらぬ早さ、闇を物ともしないほどの視力。そして、族に囲まれていながら、一切動揺を見せないその胆力は、まさに口伝される英雄のようであった。


 キラリキラリと、月の光に照らされた広場に、族の繰り出す剣閃が軌跡を残す度に、女たちからは悲鳴が上がる。

 しかし、女たちの目は捉えていた。その剣閃をまるで踊るように赤い線が駆け抜けていくのを。


 上段から振り下ろされる剣を体を半身にし、間一髪で避ける。その隙を突いて繰り出された鋭い切り上げ、体を捻り宙を舞い紙一重で避ける。着地の瞬間蹴りが繰り出される、しかし、それも地を突いた両の手の力だけで飛び上がり避ける。


 HEROが離れた地面に着地をする。気づけば男達と女達は完全に分断され、間にはHEROが壁のようにそびえ立つ。


 大きな殺気だ。


 大きな背中だ。


 とんでもない恐怖感。


 とんでもない安心感。


 分断された男と女で、大きく認識に違いがある。


 「てめえ、一体何もんだ!」


 「…………」


 「ケッ……だんまりかい」


 不気味なほどに沈黙したHEROに、男達の頭は声を投げかける。少しでも時間を稼がなければ、自分達ではこのふざけた男には勝てない。そう理解が出来る程度には、頭は強さと経験を持っていた。

 頭はどうやってこの場を逃げ切るか、ただそれだけを考えている。何故、今回に限ってこんな奴が現れるのか。今までと同じ、簡単な仕事のはずだった。女を攫い、騙し奴隷に落としたやつから仕事を受けて、その奴隷を運ぶだけの仕事。だが、今回は運が悪かった。銀狼に襲われ、馬車が壊され女たちが逃げた、銀狼はその時に去ったが、商品である女たちを逃がす訳にはいかない。森に逃げた女たちを追い詰め、自分たちの立場を教育してやって、また運ぶのを再開すればいいだけだった。そう、問題はあったがそれだけであった。しかし、今目の前に立つこの男によって全ての計算が狂った。


 「忌々しい野郎め……ッ!」


 「善良な冒険者の仮面をかぶり、裏ではその力に物を言わせ、女子供を食い物にする下衆共に、語る名前など持ちあわせていない」


 よく通る声でつむがれたのは、男達の正体と、何をしていたのかを知る事を裏付ける言葉だった。


 「チッ……本当に忌々しい……ぜ!!」


 一瞬の隙を突いて、頭は袖口に隠した短剣を投与する、その方向はHEROの後方!

 そう、後ろに立つエルフの少女めがけ、短剣を投げつけたのだ!!


 その短剣には猛毒が塗られている、少しでも体内に入れば一刻も経たぬうちに少女の命を奪うほどの猛毒。ここから街までは四刻かかる、もしも少女にその短剣が当たれば、少女は助からない!

 なんという下劣!

 なんという卑劣!!

 自分達の命を守るため間接的に、いたいけな少女の命を人質にとったのだ!!


 しかしHEROは動かない、微動だにしない。投げられた短刀が、少女の胸に目掛け飛翔する。女達の一際大きい悲鳴。少女の喉から、引き攣った声が漏れる!


 次の瞬間銀の暴風が少女の前を横切った。


 「狼……?」


 其処に居たのは、馬車を襲った銀狼であった。


 「主よ、騎士団が近づいておる、早く終わらせよ」


 「ありがとう。と、言うわけだ、さっさとやられろ、三下共」


 本来喋るはずのない銀狼から、声が紡げれたことに、ここに居る者達全てが驚いた。そしてHEROの言葉に、男達は憤怒する。もし本当に騎士団が近くに来ているのなら、自分達は助からない。ならば男に一矢報いてやろう。


 男達は一斉にHEROに斬りかかる。今まで以上に研ぎ澄まされた連携は、まさに死兵のそれである!


 勝負は一瞬であった。


 今まで以上の早さでHEROが駆け抜け、一瞬にして男達を地にたたきつけた。女達を守りながら戦っていたため、出せなかった全力を、銀狼のサポートによって出すことができる。自分の命ではなく、女たちの命を第一に考えていたからこそ、万全を期すために銀狼の合流を待っていたのだ。


 「無事か?」


 HEROが少女に語りかける。夜が明け初め、闇が覆っていた森に日が差し込み始める。HEROの全体があらわになる。黒く染められた革鎧はよく手入れが行き届いており、族達の身につけていたものより遥かに上等であることが見て取れる。掌まで黒い手袋で覆われているが、小指と薬指以外は露出している。おそらく、細かい作業をするときに邪魔になるからであろう。首には赤い首巻きが巻かれており、闇の中で駆け巡っていた赤い線の正体はこれであった。そして、一際目を引くのはその顔を覆う仮面である。龍を模した仮面は雄々しく、伝説の龍のような神々しさもある。その仮面から覗く瞳は黄金に輝き、優しげな視線を感じる。


 「はっ……はい!助かりました!ありがとうございました!」


 その声に女たちははっとした様子で、HEROに対し口々に感謝の言葉を述べる。


 「無事なら良かった。もし、また助けがいるときは、俺の名前を呼べ」


 ある程度、女たちの言葉に応えたHEROは少女に視線を合わせ、頭をワシャワシャと撫でながら語りかける。

 家族の優しさを知らない少女にとって、それはまるで兄のようで、父のようでこの時が永遠に続けばいいと感じてしまうほどに、ここちの良いものであった。


 「我々はウノム騎士団だ!!全員両手を上げろ!!」


 ドタドタと騒がしい音を出しながら、騎士団の面々が流れ込んでくる。


 「ふむ、予想より遅かったな」


 「そうだな、相変わらず仕事の遅い奴らだ」


 そんな騎士団は敵の区別がついていないのか、全員が剣を抜き女達をも威嚇している。大体縛られている男達がいれば、それが犯人であって、女達は被害者と分かりそうなものだが。夜中に銀狼にたたき起こされ、それを追いかけてきた騎士団は混乱しており、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。


 「むむむ!!貴様はHERO!!今日こそ貴様を捕らえて、さらし首にしてやるわ!!」


 HEROを視界に捉えた騎士団長であろう男は、HEROに向かい剣を向ける。その瞬間、女達の雰囲気が変わる。まるで悪者を見るような目で、騎士団長であろう男を睨みつけたのだ。そして、混乱していたのは騎士団長であろう男だけで、団員たちは現状を見るや族達の身分を改め、女騎士達によって女達に事情を聞いていた。団員たちも自分達の上官に冷ややかな視線を送る。


 「エルフの少女よ!もしまた助けがほしいなら!俺の名を呼ぶがいい!」


 「おい!聞け貴様!!其処に跪いておとなしくお縄につけ!!」


 崖の上に飛び上がったHEROは、自分に助けを求めたエルフの少女に声をかける。陽の光を浴び、傍らには美しい銀狼が控える。まるで絵画にでもなりそうな光景を、必死に喚く騎士団長であろう男以外の者達は目に焼き付ける。


 「俺の名前はHERO!!正義の味方!HEROだ!!」


 ピンチの時、そいつは必ず現れる。

 あふれる涙を仮面で隠し、流れる血潮を赤い首巻きで隠す。例えその両の手が、どんなにボロボロになろうとも、その手で掴むは助けを求む者の声。我を知らぬば人に聞け、我が名知らぬば天に聞け。神出鬼没で奇々怪々、助けを求める者のため、そいつは走る東へ西へ。


 その男はHERO。


 正義の味方、HERO。

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