ひとりの本棚

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第1話 孤立

特急の電車に乗って、反対方向に行ってしまったら、もう降りれないし、それでいいんだと思った。メールも見ない、LINEも、TwitterもInstagramも、とにかくなにも見ない。


これを、まるで私の失恋のようにしたがる彼が、すごく嫌い。


こちらが怒っているのに、哀しんでいるのに、結局、受け取ってくれなくて、怒る私も哀しむ私も問題人間みたいに言って、それで、ふてくされる男。最低じゃないかって思う。けちくさい、心の狭い、人間の小さい男だって思う。つい前の晩には、世界には私しか女がいないぐらいの勢いで、好きだとか、大事だとか、言ってたのに。嘘つき。ばかみたい。信用できない。カッコわるい。


私が謝ったり、やっぱりそばにいて、とすがるのを待っている、それが一番、嫌い。そんなことを、別れるかつきあうかの瀬戸際の、条件に据える男との未来に、女が幸せを見つけられるだろうか。


もう、帰りたくない。


狭いホテルの部屋もうんざり。お金を気にしないくせに、お金がなくなってしまうところも嫌い。無駄に贅沢して、ふたりのための予定を立ててくれないところも。


こんなダメな人と、つきあってしまった自分の失敗ももういや。


もう、メール見ない。連絡が来ないのも、来るのも両方いや。


仕事場にも、もう行けない。私の仕事場でもあるのに。


私にふてくされながら、今頃、自分の進退をかけたプレゼン資料もって、会議に向かっていると思う。私との色々なことはだらしないのに、そういう日には、ちゃんと起きて身支度して、行く、ずるい人。ゆうべの段階で、プレゼンテーション資料が綺麗だとか、冴えてるとか、上の人たちが彼を評価しているのを、聞いた。


そのとき、嬉しく思えなかった段階で、私は、彼と、もう終わっていたんだと思う。


きっと、今日は、このまま、彼は、怖いものしらずの態度で、スマートに自信満々で発表して、そして企画が通って、新しいプロジェクトが始まるに違いない。そもそも、その企画のアイデアは、私と彼とでしゃべっていた時、私が、思いついて言ってあげたことがきっかけだったことなんて、平気で忘れて、けろりと自分の手柄のように思ってしまうのも、わかっている。


男なんてみんなそんなもんだとか、理系の男性ではましな方だとか、彼は、自分でも、言ってたし、ほかの人も、そんなことを言ってた。でも、そんなの違うと思う。全然違うと思う。


というか、彼は、特に、「そういうところ」がありすぎる。


自信ありげでシンプルに話すのは、人と自分との位置づけを捉えるのが苦手で謙虚になれないために緊張もしないし弱気にならないからだし、複雑なことを一度に考えるのが苦手なために、自分の視界に入る目立つ要素綺麗につなげて話すからで、別に、取捨選択や整理が上手なわけじゃない。


もう、みんな、彼の味方で、彼を評価し、彼がプロジェクトメンバーに入って、話が進む。プロジェクトをたちあげるように責任者連に進言したのも、彼をそこに引き合わせたのも私なのに、別れると決めたときに、中心に入るのが彼なんて・・・、私は、彼とつきあうために、多くを捨てた。その上、仕事まで失って・・・馬鹿みたい。


もう、家族のもとにも帰れない。仕事場にも居場所がない。彼とは、何も話したくない。


スマホを切っただけで、こんなにひとりぼっちなんて・・・。


誰ともつながらないだけで、こんなに孤立してしまうなんて。


会社に行けなくて、反対方向の、特急電車に乗ってしまって、それだけで、こんなに簡単にひとりだなんて・・・。

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