第3話 きのこの山 と たけのこの里
骨董品グラスホッパー、エドモンド少尉は再びこの店ののれんをくぐった。
「旦那、らっしゃい」
相変わらず、愛想だけは良い店主の嘘くさい笑顔。
なにやら写真を眺めてニヤニヤしていた,
顔が性的な意味で上機嫌である。
「仕入旅行はどうだったんだ?」
なんとなく不機嫌そうに聞くエドモンド少尉。
写真を裏返しにしてガラスケースの上に置き、
「仕入旅行?……えぇえぇ順調でしたよ……仲間とも親密になったというか……まぁいい情報も手に入れましたし……あぁ!旦那、ちょっと待っててください、実は旅先で、面白い話と地図を手に入れましてね、ぜひ旦那にと買い付けたんです」
と店の奥に行く店主。
エドモンド少尉は、さっきの写真を手に取り見てみると、若い女の子と2人で仲良く映る店主の姿、だらしなくはだけた浴衣の店主の顔はリラックスの向こう側。
思わず拳を握ってしまう。
自分がグリズリーのディナーになりかけたときに、この野郎は、女と旅行か!
おそらくは、俺の金でだ。
誰と親密になっていやがったんだ!
戻った店主は、大事そうに、おもちゃの缶詰を両手で差し出した。
「なんだこの錆びた缶カラは」
「へい、その昔ジャポンを2分したと云われる争いの証です」
馬鹿真面目な顔であった。
なんなら、少し男前にすら見えないこともない。
キョ○ちゃんのイラストがクェッと笑う。
「ジャポンの……」
そう、エドモンド少尉は、ジャポンの末裔だ。
父から聞いている話では、ジャポンは、ヒデヨシ・トヨトミが治める黄金の国。
サムライは国と民を守る栄誉ある騎士なのだと。
時代が変わろうともサムライの精神は、ジャポン人には残っているのだと。
――目を閉じて、亡き父の言葉を記憶で噛みしめるエドモンド少尉。
幼少の頃を思い出して、ヒックヒックしかけたとき、
「パパ~、この前の旅行楽しかったね♪今度はいつ連れてってくれるのかな?
また、少尉さん騙したら、誘ってね~他の嬢誘っちゃいやだよ、チュッ」
店の入り口に、派手な若い女が立っている。
見覚えがある。
当然だ、手の中にある写真の女だ。
振り返り、店主を見ると、あちゃぁ~って絵にかいたような顔をした店主が
入口の女に必死にジェスチャーしている。
軍属のエドモンド少尉は、すぐさま意味を解した。
イ・マ・ダ・メ・マ・ズ・イ
エドモンド少尉の顔をチラリと見て、すぐさま察するあたり、究極の接客業のプロといえよう。
店主にニコッと笑いかけて
「ま・た・ねチュッ」と
女は、足早に店を後にした。
「旦那、その筒は……ガフッ」
エドモンド少尉の右フックが店主の顔面をとらえた。
忘れてはいけない、エドモンド少尉は近接戦闘のプロである。
「いやいやソレは旅行のお土産、じゃなく、旦那にお渡しするために買い付けたんです。お代なんて、はなから頂くつもりは、ハイ」
「おい、押すな、おやじ、貴様!……」
エドモンド少尉にくちを挟ませまいと捲し立てる店主に押し出されるように店を追い出された。
とりあえず、アルミの筒を右手でポーン、ポーンと弄びながら繁華街をブラブラする。
そういえば、繁華街で食事をしたことがない。
あたりを見回して、食事処を探してみる。
ポツリポツリと目には止まるのだが、いまひとつ興味というか胃袋が反応しない。
繁華街を避け、1本路地に入ると、
おっ、屋台がある。
『ラ・メーン』『オ・デーン』
エドモンド少尉の知らないものばかりだ。
こういうのもいいな。
祭りのようで愉しい気持ちになった。
『ラ・メーン』に決めた。
のれんを右手でちょいと上げながら顔をだすと、
「へいっらっしゃい!」
威勢のいい掛け声で迎えてくれる。
腰かけると、目の前にお冷が出される。
プラスチックの容器、
この時代ではコップとして広く普及している、ぷっちんプリンの容器だ。
「ラ・メーンをひとつ」
「あいよ、ラ・メーン1丁毎度」
手際よく調理が進む。
「お待ちっ」
どんぶりが差し出される。
「これが、ラ・メーン」
食べ方が解らない、キョロキョロと。他の客の食べ方を盗み見ながら、
とりあえず、一口、うまい。
食べにくいが、うまい。
スープまで飲み干して、思わずハァーッと満足の溜息。
今日は、良い日だ、骨董品屋ではタダで筒を貰った。
なんの役にたつか解らないが。
なにより、ラメーンという安くて旨い料理を知った。
ぜひ機会があれば、調理法を習いたいものだ。
寄宿舎に戻り、報告書を作成する。
本日はラメーンのことを書けばよい、楽なものだ。
報告書の提出まで時間がある。
エドモンド少尉は、アルミ筒を開けてみた。
中には、薄い光沢のある紙に、大きなキノコを持ったタヌキと
黒いたけのこを持った猿の絵が描かれている。
猿?
……………ハッ。
机の上に置いてある、アノ本。
この猿の王と同一人物か!
似ている、この2つの絵は同一人物を描いているのか。
モンキーキング ソンゴクウという猿。
「まさか」
エドモンドは小さく呟いた。
しばし、目を閉じて考えた。
そして小首を傾げた。
ジャポンの歴史、猿の王、繋がるのか。
報告書を提出する際に、遠方調査許可を取ってきた。
「行かねばなるまい、たけのこの里へ」
空を睨み、グッと拳を握るエドモンド少尉であった。
明朝、バイクにまたがったエドモンド少尉は、一路西へ、
骨董品屋の店主の旅行先へと向かっていた。
その地で、筒を手に入れたのならば、情報も聞けるはずだ。
半日ほど走った、途中給油によったガソリンスタンドで、パサパサのハンバーガーをパクついた。
昨日のラメーンが早くも恋しい。
ていうか、バーガーまずい。
ガソリンスタンドの店員の話では、目的地はそろそろのはずだ。
――遠くに蜃気楼のように揺らめく街が見える。
目的地のようだ、アクセルを開けバイクを飛ばす。
街に入り、まずは保安官事務所を探す、軍駐留地ではないので、
バイクを預かってもらうつもりだった。
バイクを押しながら、迷うこと1時間
保安官事務所を見つけるころには、エドモンド少尉は肩で息をしていた。
ドアをノックして、エドワード少尉は敬礼をしながら名乗りをあげる。
「アメリカ陸軍 第8方面 食糧調達部隊 特殊素材調理斑 X-1
エドモンド・ナカムラ少尉であります」
「陸軍の方ですか? エリア51 保安官 ドットアット・アープです」
すっと手をさしのべて握手を求める、ラフな格好だが好青年だ。
「任務により、調査を行うため、何日かこの町に滞在したいのですが、
備品であるバイクを、お預かりいただけないかとお願いに参りました」
「バイクですか、あぁ、いいですよ」
「ご協力感謝いたします」
「調査とおっしゃいましたけど、遺物ですか?」
「えぇ、これを頼りに」
とエドモンド少尉は、例の光沢紙を差し出した。
「なるほど、絵のほうは解りませんが、この紙でしたらエリア51ではよく発掘されますよ、ん?でもこれほど薄くはないかな」
「本当ですか、やはりこの地に関係するものだったのか、この筒に入っていたんです」
とキョ○ちゃんの缶を差し出すと
「あぁコレだったら知ってます。宿泊施設の売店で売ってます」
「売店?」
「はい、よろしければ、そこにお泊りになられてはどうですか?」
嫌な予感がする。
またか、またなのか、売店に遺物が?
いや、ここは、遺物の採掘でも有名な街らしい、
それゆえ、ここに住んでいる人達には珍しくないのかも、
それに重要なのは筒ではない。
考えたくは無かったが、
あの店主が女と遊びに来て、泊まった先の売店で俺に売りつけようとして購入したのでは。
写真のバカ面が脳裏を過る。
「どうかされましたか」
「いや、なんでもありません。そこに案内してもらえますか」
――いいお湯だった。マッサージチェアに座りながら、リラックスしているエドモンド少尉は、宿の温泉に満足していた。
大露天風呂とは、かくも絶景とは、屋上から街を一望し、湯船でコーラも飲んだ。
「最高だ」
ブルブル揺られながら呟いた。
軍属ならではの特権といえよう、軍人さんには申し訳ない。
卓球もやりたかったが、相手がいない。
浴衣でやる卓球は最高の娯楽なのだが。
明日こそは調査だ。
気を引き締めよう。
とりあえず、マッサージが終わったら、宿の観光バスツアーに申し込むことを決めていた。
エリア51の名所を周る宿泊者限定のツアーだ。
誤解のないように言っておくが、遊び目的ではない。
昼食が“たけのこの里”で山菜御前と書いてあるのだ。
早くも確信に迫っている予感がする。
ちなみに、売店では、キョ○ちゃん缶詰めが大量に並んでいたことは言うまでもない。
売店のお姉さんに聞くと、缶詰の中身は開けてのお楽しみだそうだが、
軍の調査と知ると、正直に答えてくれた。
ちょっと前に、段ボールに数十箱、まとめて仕入れたそうだ。
缶詰めの中身は、小さな遺物がたくさん入っており、
中身は、骨董品屋に売り払い、缶詰めには
ゴミのような遺物を適当に詰めて販売しているとのことだった。
それに騙されて、ココに来てしまったエドモンド少尉。
そこには触れないでほしい。
デリケートな問題だ。
この感じでは、きっと、たけのこの里も……。
解っている、それが証拠に、部屋に戻ったエドモンド少尉は、調査報告書を前に固まっているのだから。
調査開始前から悩んでいる理由、それがすべてだ。
結論から言うと、ツアーは楽しかった……。
調査はした。
たけのこの里で、おばちゃんに色々聞いた。
裏の山に、宇宙という場所と交信できるという老人が住んでいることを聞いた。
宇宙という言葉は初めて聞いたが、エリア51では頻繁に耳にする言葉だ。
宇宙には人が住んでいるらしい。
ときおり、この地にも表れるようだ。
その乗り物が墜落したことも何度かあった。
宇宙に住む人は、我々とは姿が異なる。
…………etc
「皆様、右手をごらんください……」
ガイドのお姉さんも、右に左にと忙しく教えてくれた。
UFO博物館とやらは、興味深かった。
エドモンド少尉が理解したのは、宇宙とは、広く、そして空よりさらに上の方にあるらしい。
士官学校では、海の向こうまでしか教えてくれなかった。
滝になって落ちているのだ。
夕食は宿の名物、すきやきでした。
翌日、保安官事務所を訪ねた。
アープ保安官がいない。
たばこを吸っていた、保安官に聞いてみた。
「アープ保安官は?」
「はっ?」
「アープ保安官はいませんか?」
「はっ?そんな名の保安官はいないよ」
「なっ!アープ保安官にバイクを預けたのだが」
「バイク、知らないね、ここの保安官は俺と、あそこの犬だけだ」
「ワン」
騙されたのか、この地でも、バイクを盗まれたのか。
そいうえば、保安官にしては、アロハシャツだったように思う。
今思えばだが。
始末書のことは後で考えるとして、たけのこの里まで数キロどうしたものか。
どうにもならないので弁当を買った。お茶も買った。おやつは300円である。
さてと、歩くか。
たけのこの里で弁当を食べ、山に入り老人を探す。
山道に沿って歩くこと15分、粗末な山小屋が見える。
あそこに違いない。
それらしい老人が切り株に腰をおろしている。
「私は……」
言いかけた時、老人は、言葉を遮るように右手を差し出した。
親指と人差し指の先を合わせ、丸をつくる、残った三本の指は手のひらと水平に、
そう、金をよこせのジェスチャーだ。
金を差し出すと老人は口を開いた。
「来るのは解っておったよ」
「えっ」
「昨日、息子の嫁が晩飯のときワシのことを聞いて回ってる軍人がいるといっておった」
ああ、予知とかじゃないらしい。
「で、何を知りたい?」
予知とかじゃないから、話さないと解らないようだ。
「まずは、コレについて何か知りませんか?」
エドモンド少尉は、例の光沢紙を差し出した。
老人は、紙を受け取り、しげしげと眺めた。
「知ってどうする?」
「私は、ジャポンの血を引いています。自身のルーツを、いやなぜジャポンが滅亡したのか知りたい」
老人は少し間をおいて
「ジャポンは滅亡しておらん」
「えっ」
「ジャポンいや日本は、災害を免れた唯一の国じゃ、いまでも高度な文明は残っており、食糧や鉱物と文明品を交換しに、この国にもきておるよ。信じられんじゃろうが」
小一時間、老人の話に耳を傾けた。
にわかに信じられないことばかりだった。
一番信じられなかったのは、この光沢紙がお菓子の包み紙だということだ。
そして、きのこの山 と たけのこの里はいまだにロングセラー商品で、
どちらが美味しいかを200年も競い合っているということだ。
老人は最後にこう言った
「あんたが軍属であるならば、いずれ真実を知る時が来よう」と。
エドモンド少尉は尋ねた、なぜあなたは、日本のことを知っているのかと、
老人は返した
「私は、若いころ運搬船で働いていた日本人だからだ、船がアレに襲われて沈没したが、かろうじて、この地に戻ってこれた」
とだけ言って、山小屋の中へ入っていってしまった。
これ以上は話せないのだろうか、老人の身に危険があるのだろうか、
アレとは?
察しなければならない。
エドモンド少尉は、黙って山小屋を後にした。
5分後、老人が用を足し戻ってくるとエドモンド少尉の姿はすでに無かった。
「せっかちな男じゃ」
老人の話は、宇宙に人が住んでることより驚きだった。
もし、本当ならば、あの小太鼓を老人に見せてみたかった、本当に猛獣を手なずけられたのか知りたかった。
あの熊も、キノコで苦しんだんじゃないだろうか?
そんなことを考えながら帰路についた。
宿に戻り、明日の出発を申し込んだ。
バイクを盗まれたのだ、バスで寄宿舎近くまで送迎してもらう必要がある。
翌朝、バスの中で観光客に混じり、宴会を尻目に、エドモンド少尉は考えていた。
ジャポンいや日本とは、海の果て、滝の下にあるのか?
老人の話が本当ならば、日本へは船で行けるらしいが、滝を登れるのか?
まさか、エリア51に墜落した空飛ぶ乗り物って日本製では?
様々な憶測は真実から遠ざかりエドモンド少尉をオカルト方面へ誘っていた。
最後まで話を聞かなかったことが悔やまれる。
下を向いて考え続けたエドモンド少尉がバス酔いで苦しんでいるころ、
バイクに乗ったドットアット・アープがバスを追い越して行った。
遺跡調査隊への同行を命じられたエドモンド少尉。
ようやく動き出す物語。
次回 『アーカイバー』それっぽいタイトルでしょ。
ようやくSFの入口へ
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