アルト公の想う者13


「お晩でやんす」


 照ノは近場のバーに来ていた。


 酒を飲むためだ。


 神は酒を好む。


 結構何処でも語られる。


 実際に照ノも酒は好きだ。


 服装は何時もの具合で……喪服に紅羽織。


 照ノの定番でもあり、一種のアイデンティティとも言わしめる平常運転での服装であった。


 キセルは懐だ。


 吸うつもりもなかった。


「マスター。ジンリッキー」


「僕はピンクレディでお願いします」


 二人揃って未成年に見えるが、れっきとした成人……どころか老齢の人間すら凌駕する存在である。


 客の顔を覚えているのだろう。


 苦言も呈せず、マスターはカクテルを作って差し出した。


「ついでにたこわさ」


「こっちはチーズを」


 これもまた応える。


「……………………」


「……………………」


 クイと飲む。


「うむ」


「美味しいです」


 惜しみない賞賛。


 カッと妬けるアルコールと、其処に馴染んだ芳醇な香りは、金を出す価値が在る。


「酒に付き合える人間はいいでやすな」


「男の娘でも?」


「愛らしくて宜しい」


「お持ち帰り在りですよ?」


「俗でやすな」


「それだけ照ノ兄様は素敵」


「良く言われやす」


 特にここ最近。


 クリス。ジル。アリス。エリス。アルトもここか。


「さてどうしたものやら」


「ぶっちゃけ稼げていますか?」


「それなりに」


「シルバーマンに帰属しませんか?」


「間に合ってやす」


「倭人神職会?」


「でやすな」


「もっと稼げますよ?」


「神ゆえ俗世の価値基準に興味はござらん」


 ジンリッキーをクイと飲む。


 たこわさこりこり。


「一杯奉仕してあげるのに……」


「それがまた不安を呼ぶんでやすが」


「僕は可愛くありません?」


「十二分に可愛いでやすよ」


 クシャリと撫でる。


「一般女性を並べても勝てないくらい」


「照ノ兄様の周りの女の子と比べたら」


「男である事を加味してもひけはとりやせん」


「薄い本にされちゃうね」


「でやんすね」


 二人揃って笑う。


「実際イギリスと日本は遠いです」


「ソレは小生のせいではありやせんな」


「日本では悪神なんですよね?」


「ええ、それも特A級の」


「イギリスなら歓待しますよ」


「どうにも聖書に馴染みません故」


「そんなに?」


「ヨーロッパの戦争は何の歴史でやしょ」


「うぐ」


 本来ならクリスに放つ皮肉だ。


 アルトにも一定の効果はあった。


 聖書特攻持ち。


「そんなんだからクリスティナ氏に嫌われるんですよ?」


「元よりそんなものでやすに」


 異教の神と言うだけで聖絶の対象だ。


 気にする照ノで無いにしても。


「……………………」


 クイとカクテルを飲み干す。


「ブランデーの紅茶割り」


「パーフェクトレディ」


 二人揃って二杯目を頼む。


 たこわさコリコリ。


 チーズあぐあぐ。


「中々ままならないご時世でやして」


「科学がここまで進歩するとね」


 嘆息。


 二人揃って時代の孤児だ。


 まだ神秘が神秘であった頃。


 たしかに二次変換は在って、世界を支えていた。


 天動説が主流で、エクソシズムが横行していた時代。


 照ノで言えば丑の刻参りか。


 御霊会にお盆。


 かように神秘が自然哲学として機能していた時代。


 だからこそ二次変換は許容されていた。


 だが現在では不可能だ。


 科学文明に魔術の介在する余地は無い。


 二次変換……魔術も研究こそされる。


 その世界に足を突っ込んでいる学者がいるのも確かだろう。


 しかし科学の欲するところは、高度なシステムに、汎用性を求める究極だ。


 例えば魔術によるテレパシーを、携帯端末という形で、一般人にも使えるようにする。


 テレキネシスは重機で代行できる。


 着火はライターやマッチで代用できるし、雷も電気として文明のインフラを高度化させた。


 一般に広まる高度なシステムを、文明は科学と呼ぶ。


 それは確かに存在する、科学と魔術の壁だった。

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