そは堕天する人の業07


「女性を抱くだけなら、その辺に見繕えば済みやすよ。小生はクリス嬢の心が欲しい」


「幸せ者だねクリスは」


「でやんすかねぇ……?」


 酒を呑みながら懐疑的。


「違うと師匠は言うのかい?」


「まぁ小生とて思うところがありやして」


「例えば?」


「嬢に嫌われてるなぁ……とか?」


「クリスはツンデレだよ」


「知ってやすが、向こうさんにも建前というものがありやす故……」


「なら何で挑発するんだい?」


「虐めたい一心でやんす」


「S?」


「そこまで捻じ曲がった性癖は記憶にござんせんが……」


「じゃあ何?」


「可愛い子を見たら弄りたくなりやせん?」


「…………」


 アリスはジト目になった。


「なんでやすその目は?」


「いえ、ただの醜い嫉妬です」


「可愛らしい女子おなごの嫉妬は可愛らしいでやんすよ」


 トートロジー。


 クイと酒を呑む。


「そこまでわかっていながら、クリスには手をつけないのかい?」


「処女おとめ特有の愛らしさ……というのも捨てがたくて」


「…………」


 しばしアリスの黙考。


 そして発言。


「散る花の趣を楽しむのも風情の一環では?」


「わかってはいやすが、痛ましいのはどうも」


「アリスなら大丈夫だが?」


 ムニュッと、乳房を、照ノの胸板に押し付けて潰す。


「わっはっは」


 照ノは空笑い。


 酒に浸りながら湯に浸る。


「そう焦らんでもようござんしょ」


 空いた手で、アリスの白い髪をスルリと撫ぜる。


「時至らば……」


「抱いてくれるのかい?」


「時至らば」


「むぅ」


「そう恐い顔をしないでほしいでやす」


「恐い顔にもなるさ」


 ムッとされる。


「一応これでもリミットがあるんでね」


「無いでやしょ?」


「…………」


 しばし思案した後、


「順当に行けば、だよ」


「そを打ち破るために二次変換を教えたでやしょ?」


「…………むぅ」


 呻くアリス。


「少なくとも、アリス嬢とジル嬢は、老衰を気にしなくていい分だけ、クリス嬢やトリス嬢より一歩先んじてやす」


「あまり待たないよ?」


「知ったこっちゃござんせん」


「元より法の埒外なのだから……ね」


「ヤンデレって奴でやすか?」


「それとは違うさ」


「ふむ……」


 おちょこをクイ。


 日本酒を飲む。


「そも、小生に何らの価値を見出してるでやんす?」


「無論、その誠実さに」


「誠実……でやすか……」


「信じられないって顔」


「本音でやんす」


「要するに師匠の言は『クリスと決着をつけない限り他の女には手は出さない』ってことでしょう?」


「へぇ」


 クイ。


「だからきっと師匠に愛される女は幸せだ。幸せになれる。そんな確信をアリスもトリスもジルもわかっている」


「クリス嬢は?」


「わかってないね」


 一刀両断。


「そうでなきゃ師匠の愛情を拒絶するものか」


「難儀な」


「それは師匠にも言えること」


「でやすなぁ」


 ケラケラと、楽しそうに笑う照ノだった。


 とっくりを持って、おちょこに酒を注ごうとして、水滴のみが零れ落ちる。


「おや。酒が無くなりやんしたか。ちょうど体も温まったことでやすし、とりあえずこの場はこれまでと云うことで」


「妥当だね」


 アリスとしては、苦笑いをする他ない。


 結局、肉付きの良い体を以て、全裸で迫っても、照ノの心は奪えないと理解したのだからしょうがない。


 あまりに論理的帰結だった。


 少なくともこの六十年……ただの一度も成功したことが無いのだ。


「本当に師匠は女の子に興味あるのかい?」


「しつこいでやんす」


 南無三。

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