そは堕天する人の業01

「パパ! パパ! 起きて!」


 今日も今日とて、トリスはパパ……照ノを起こさんとする。


 ちなみに玉藻御前との勝負は、引き分けと相成った。


 どちらもどちらに対して、決定打を持っていない……というのがその理由だ。


 が、それはあくまで表向き。


 玉藻御前が本気で狐火を放てば、日本地図の再修正が必要なほど……つまり地形を変えるほどの熱量を放てる。


 なお面倒なのは、神性を持つ玉藻御前の炎は、第一義魔術に片足ツッコんでいるということだ。


 即ち、


「ありとあらゆる質料を燃やし消す」


 という意義を以て、放たれる。


 照ノのアグニビームが相殺しえたのは、アグニというインド神話の火神の神性を借り受けたためであり、ただの物理現象としての炎ならば、


「炎を燃やす」


 という狐火の前に敗れ去っていただろう。


 照ノとて、アレでなお全力ではない。


 本気を出せば、それこそ玉藻御前の火耐性をも蒸発させうる熱量を持ってこれる。


 が、仮にそんな魔術を行使すれば、概燃を持っている照ノ以外に、生き残れる存在は皆無に等しい。


 例外的に、神勁を持つアリスが『熱量によっては死なない』だろうが、副次的な要因で死んでしまう。


 当然、クリスやトリスやジルは、影も残らず消え去る結果を、照ノは幻視できた。


 そんなわけで、


「パパ! 起きる! とう!」


「ぐえ!」


 決着のつけ方を考えなければ、ということになった。


 ちなみにトリスの、


「とう!」


 は飛び蹴りであり、照ノの鳩尾にかかとがめり込んだ。


 概燃は発動しない。


 呼吸が逆流して、照ノは咳こんだ。


「なにしやすトリス嬢……!」


「パパ。学校だよ?」


「今日はサボりやす」


「だーめ」


「あうぅぅぅ」


 ズリズリと首根っこを掴まれて引っ張り出される照ノであった。


「師匠は本当に窮地に陥らないとダメ人間だね」


「師匠に向かってその言い方は無いでやしょう」


「愛らしいよ」


「そら光栄でやんす」


「睦言言ってないで教会に入った入った」


 トリスが空気を読まずに、照ノとアリスをダイニングに叩きこむ。


「今日は早いですね」


 クリスが、


「珍しいものを見た」


 と目で語った。


「小生、娘に虐待を受けやして」


「ドメスティックバイオレンス!」


「起きないパパが悪いんだよ」


「というか昼は学校で夜はプライドタワー。其方らの睡眠はどうなっていやす……」


 くあ、と欠伸。


「精神力です」


「プラシーボでやすね。はいはい」


『聞いた小生が馬鹿だった』


 と照ノは結論付けた。


 今日の朝食はBLサンドに豆のスープ。


 さすがに八十年生きてるだけあって、クリスの料理の腕は、熟練に達している。


 先述の理由で外見年齢は女子高生相応なのだが。


 朝食の最中にクリスが聞いてくる。


「結局御前との決着はどうするのです?」


「どうと言われやしても……」


 少なくとも、


「負けてやる気は更々ない」


 と云うのが照ノの詳らかな本音だ。


「むしろ神威装置としては事態が好転したんではないでやすか?」


 玉藻御前は天罰派だ。


 それは教会協会との意見が合致することを意味する。


 が、


「不安しかありませんが」


 聡いクリスだった。


 少なくとも、玉藻御前が唐突に信仰心に芽生えて神威装置に協力する……という可能性は完全に排除していい。


 なにせカルト教会『アルトアイゼン』を手引きしたのだから。


 教会協会は、派閥や垣根を越えた一神教全体の調和と保護を引き受ける組織であるため、カルト集団だろうと少数教会だろうと敵対には至らない。


 無論だからと申せど、敵対する可能性が絶無と云うわけではなく、一神教の原理から外れれば、容赦なく制裁の対象となる。


 特にグローバル化した現在においては、一神教も一部が変遷や妥協を強いられている。


 時に奇跡を魔術に貶める使徒がいたり、異教と融合させる派閥もある。


 それらを制裁するのも神威装置の役目だ。


 今のところ、アルトアイゼンおよび玉藻御前が何を企んでいるかは不可視だが、


「ロクでもないこと」


 という意見は、教会のダイニングで朝食を取っている人間の共通見解だった。


「照ノに心当たりは?」


「そうでやすねぇ……」


 BLサンドを咀嚼嚥下。


「天罰に挑みたいが故に……とかどうでやす?」


「ふむ……」


 クリスは考え込む。


 一考ではあるが不明瞭。


 その胡散臭さは、照ノとて理解していた。


「では何か?」


 と問われて、答えられる者は、この場にいないわけだが。


「とりあえず照ノの魔術錠をどうにかしない限り話は先に進まない……ということではあるんですが……」


「特に諦める気が無いのはツンデリッターらしいでやすね」


 仮想聖釘。


 ヒョイ。


「馳走でやんした」


 一拍して照ノは朝食を終える。


 照ノのアイデンティティである曼珠沙華の意匠をあしらった紅の羽織はまだ羽織っていないが、レゾンデートルであるキセルは手元にある。


 刻みタバコを火皿に詰めて魔術で火を点ける。


「ほにゃら」


 と脱力系コメント。


「仮に、だ」


 次の言葉を紡いだのはジルだった。


 銀髪ショートは煌びやかで、瞳の赤は朝食に吸っている血と同じ色。


 その朱い瞳が問う。


「仮に天罰魔術が」


 ジャキッと仮想聖釘が具現する。


「失敬。天罰の奇跡が行なわれるとしてプライドタワーはどうなる?」


「崩壊するでしょう」


 何を今更、とクリス。


「つまり文明に傷をつけようと?」


「結界内のことですからさすがにそこまでは。というか忌み事は陰で行なわれるのが異教徒たちの業でしょう?」


「然り然り」


 一神教的思考しかできない母娘だった。


 それについてはツッコんだところで仮想聖釘が飛んでくるため、からかう時以外は口にしない照ノではあったが。

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