ツンデリッター再臨03
次の日。
朝。
「パパ! 起きてください!」
トリスが、寝こけている照ノを起こそうと、躍起になっていた。
「師匠ほどになると寝るのが業みたいなところがあるからねぇ」
齢六十を超えている女子高生アリスは、白い瞳に皮肉を映している。
亀の甲より年の功と云う言葉の通りに、大人びた印象を受けるのだ。
「はいー」
「ですねー」
「お兄ちゃーん」
と間延びして会話をしていたのは過去の話。
時間の流れは残酷だが、少なくとも照ノを師匠と仰ぐ以上、精神的に研磨されるのは必然と言えるかもしれなかった。
それはともあれ、
「えい」
トリスは照ノの鳩尾に一本拳を放った。
「ぐえ!」
カエルの潰れた悲鳴のような苦悶を上げて、照ノが覚醒する。
「おはようございますパパ」
「もうちょっとなんとかなりやせんかね?」
「素直に起きてくれるのならば幾らでも優しく起こしてあげたいのですけど……」
「アリス嬢も止めてくやさいよ……」
「師匠とトリスの関係に口を挟むのも違うかな、とね」
くつくつと笑うアリスだった。
「ママがもうご飯作ってますよ。はい起きる」
「しょうがないでやすねぇ……」
起き上がって喪服に着替える照ノ。
ただし黒いネクタイはしていない。
そしてアパートの一室(照ノとアリスの居城である)から隣の大きな教会に顔を出す。
勝手知ったると裏口から。
「おはようございやす」
「おはようクリス、ジル」
照ノとアリスが朝の挨拶をすると、
「…………」
クリスは無言で睨み付け、
「おはよ」
とジルは気さくに返した。
ちなみに一足早く朝食をとっている。
輸血パックにストローを突っ込んで吸っているのだが。
「おはようございますアリス」
クリスは、アリスにだけ挨拶を返した。
「さあ朝食にしましょう。もうできますから」
そしてシスターマリアの代わりに、今まで教会の切り盛りをしてきたクリスが、パタパタと八十歳の齢を重ねた年の功相応に、手際よく朝食を準備した。
クリスとアリスとトリスの前には、フレンチトーストと厚切りベーコン付き目玉焼きとサラダとフレッシュジュースが。
ジルには輸血パック。
照ノの前には、牛乳がコップ一杯だけ置かれた。
「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。アーゲー」
クリスは、そうやって朝食を開始する。
「いただきます。アーゲー」
神仏混合の感謝を込めて、アリスも食事を開始する。
「あの? クリス嬢?」
「何ですか異教徒?」
「何ゆえ小生の朝食は牛乳だけ?」
コップ一杯の牛乳を指さして照ノが抗議する。
「神罰です」
「でっか。根に持つタイプでやすか」
「神に与えられた時間の流れを無き者にした異教徒に施すモノなぞありません」
「ツンデリズム主義もそこまで行けば立派でやんすな」
次の瞬間、
「っ」
「…………」
コンマ単位で事象が動いた。
クリスが仮想聖釘を具現化して投擲し、それを照ノがキセルで弾いたのだ。
仮想聖釘は照ノの背後の壁に突き刺さった。
「物騒でやすなぁ」
「余計なことを言うからです!」
「閉経も無くなったことですし小生は何時でもウェルカムでやすよ?」
またしても飛ぶ仮想聖釘。
そして弾かれる。
「パパ」
「何でやしょ? トリス嬢」
「私の御飯あげます」
そう言って朝食一式を照ノに差し出すトリスだった。
「駄目ですよトリス! こんな異教徒に憐みは必要ありません! ちゃんと三食食べないと体に差し障りますよ!」
「でもここでパパに朝食を抜かれたら精神的に差し障ります……」
「トリス嬢は優しいでやすなぁ」
しみじみと。
「では遠慮なく」
「っ」
また仮想聖釘が飛ぶ。
頭部を狙われたためヒョイと首を傾げて避ける照ノ。
「わかりました……! 照ノの分も作ってきます!」
愛娘の奉仕精神には敵わなかったらしく、クリスは照ノの分の朝食を用意するため席を立った。
「ツンデレ神クリス嬢も娘の情には敵いやせんか……」
「きっとママはパパが好きですよ?」
「知ってやす。宗教にはまっていなければ尚のこと良かったのでやすが……」
仮想聖釘が背後から飛んできた。
ヒョイと避ける照ノ。
「この通りのツンデレでやすから」
「私やママは主に操を捧げています故」
「まこと勿体ない」
「そうですか?」
「禁欲主義に得することなぞ何もありやせんよ」
「パパが神を信じていないのはよくわかるよ」
「小生自身が神でやんすからなぁ」
仮想聖釘が飛んでくる。
ヒョイ。
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