ツンデリッター再臨02
そんなわけでトリスはともあれ、照ノとジルとアリスは、それぞれの要因で老化の弊害から免れていると、そういうわけだった。
「ハッピ~バ~スデ~」
パン、と照ノがクラッカーを打つ。
「皮肉ですね? そうなんですね?」
「というわけでクリス殿には小生から誕生日プレゼントでやんす」
曼珠沙華の意匠をあしらった赤い羽織の袖から手を出して、握手を求める照ノ。
「握手があなたの誕生日プレゼントですの?」
「なぁに。気持ちでやんす。き・も・ち」
「わかったわよ」
少なくとも六十数年前より棘のとれた……年の功を獲得しているクリスは、抵抗なく照ノの握手を受けた。
ギュッと握られる両者の手。
そしてキセルをくわえている照ノの口の端が、ニヤリと浮ついた。
ボッと炎が発した。
照ノの手から。
二次変換……魔術の炎だ。
それは握手したクリスに燃え移り、全身に行き渡った。
全身が人体自然発火現象のように燃えて鎮火した後、火傷一つないクリスがそこにいた。
「何を……!」
困惑するクリスに、
「はい。手鏡」
照ノは既に準備していたのだろう……手鏡をクリスに差し出した。
それをまじまじと見つめた後、
「っ!」
全ての事情を悟って、クリスは照ノに厳しい目をやった。
状況自体は、単純である。
照ノは火や炎と云った魔術に長ける。
それは可燃物に限らず、時に圧倒的熱量で防御魔術ごと焼き尽くすことも可能だ。
その最も顕著でありながら、燃焼とは隔絶した魔術を……照ノは持つ。
名を
『
略して
いまだ人類が至れぬ領域。
神である照ノだからこそ許された不条理。
第一義と呼ばれる……二次変換で「現象」ではなく「情報」に干渉する魔術。
概念を燃やす。
今のところ照ノ自身も人体にしか適応できないが、逆に言えば人体に対してなら幾らでも概燃を適応できるのである。
此度燃やしたのは『クリスティナ=アン=カイザーガットマンの外見年齢』だ。
他者の年齢を「燃やして無かったことにする」という魔術の行使。
結論としてクリスは、トリスたちと同じ外見年齢まで、時間を巻き戻された。
ただしあくまでも外見年齢……即ち身体の老衰を燃やしたのであって精神の……脳のマッピングについては、その限りではない。
即ち八十歳の人生経験は、そのままで、高校二年生の年齢まで若返ったのである。
「…………」
持っていた手鏡を、コトリとテーブルに置く。
そして、
「ふ」
クリスは笑った。
「ふふふ」
クリスは笑った。
底の無い笑いだった。
飽くなき笑いだった。
まるでそこからイナゴの大群が現れでもするかのような。
「やはは」
照ノは「自称若輩」と書かれた扇子を取り出して、ヒラヒラと自身に風を送る。
もう片手でキセルを持ち上げ、煙を吸って吐く。
「我は神威の代行……」
ポツリとそんな声が聞こえた。少女らしい高い声だ。その声にビクリと震える照ノ。
「我は神罰の代行……」
声は言葉を紡ぐ。
「我は神権の代行……」
金髪のショートに碧眼を持つ外人のシスター。
着ている服は黒に限りなく近いオックスフォードグレーのシスター服。
しかし頭部にベールはない。
「我はクリスティナ……クリスティナ=アン=カイザーガットマン。主の代行にして敬虔なる使徒である。我が責務は迷える子羊を主の威光にひれ伏させることにあり。即ち正教を肯定し、異教を否定する者なり」
「…………あ~」
こと、ここに至って、漸く照ノは自身のしでかしたことに気付いた。
「もしかしてクリス嬢……怒ってやす?」
「ふ……ふふふ……」
「その微笑が怖いんでやすが……」
「神に与えられた責務。ノアの方舟以来の人間の業。それを否定された威力使徒はいったい何を思うと思いますか?」
「さあ?」
ドーナツ状に煙を吐いて、あっさりと照ノは惚けた。
反応は一瞬だ。
コンマの世界。
クリスの手に、仮想聖釘が生まれ、投擲される。
仮想聖釘。
威力使徒の持つ奇跡武具である。
元々、聖釘は第一聖人の磔に使われただけの釘だが、そこに神性を見出した一神教徒の一部が、
「神性を帯びる釘ならば魔を祓える」
と解釈して生み出す
概ねにおいて、クリス並びに威力使徒の持つ常能であるが、例外的にトリス=ミカエル=カイザーガットマンなどは、仮想聖釘の奇跡は持たない。
これはトリスの出生と才能に影響するものだが、
「死になさい!」
超音速で……冗談ではなく、銃弾に劣らない速度で仮想聖釘を投擲するクリス。
「わははは」
照ノは、それを手に持った扇子で弾いて軌道を逸らす。
どちらも実力が拮抗しており決定打に欠けていた。
その間にもクリスが投げて照ノが弾く仮想聖釘が教会のダイニングの壁に次々と突き立つ。
「ママ!」
トリスがクリスを呼ぶ。
「落ち着いて! このままじゃダイニングが穴だらけに!」
「……っ!」
冷や水を被せられたように冷静になるクリス。
仮想聖釘の手が止まる。
「いや、ツンデリッターの再臨……しかと確認させていただきやんした」
「自称若輩」と書かれた扇子をヒラヒラと扇ぐ照ノだった。
「殺す……殺す……絶対殺す……!」
呪詛のように呟くクリス。
「これで皆一緒でやんすな。いや何より」
照ノはキセルから煙を吸って味わった後に吐いた。
「さすが師匠。大層なプレゼントだことで……」
白髪白目のアルビノ美少女……アリスがくつくつと皮肉気に笑った。
それはジルも同じらしい。
輸血パックの血を吸いながらケラケラと笑う。
「表に出なさい天常照ノ!」
「せめてケーキを食べてからにしやしょ? ねぇクリス嬢」
照ノは「クリス殿」ではなく「クリス嬢」と呼んだ。
そんなことにもクリスの堪忍に触れるのだった。
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