九尾の狐と吸血鬼03


 放課後。


 金髪碧眼の美少女シスターとアルビノの美幼女であるクリスとアリスをはべらせて下校する照ノは、奇異と嫉妬の視線のレーザービームに晒された。


 無論、体裁など毛ほども気にしない照ノにとって、それは何の痛痒にもなりえなかった。


 煙草の入っていないキセルをくわえ、喪服の上に紅の羽織を纏って、カランコロンと下駄を鳴らして下校する。


 クリスとアリスもまた、照ノと一緒に帰るため、周りの誘いを断ったことが邪推に拍車をかけた。


 しかしクリスもアリスも気にしない。


 する必要がないからだ。


 そうして照ノを挟むようにクリスとアリスがくっついて歩く。


 帰り道の途中、照ノは一軒の酒屋に寄った。


「どこに寄ってるんですか、あなたは!」


 そう激昂したのはクリスだ。


「お兄ちゃんお酒飲むのー?」


 そう質問したのがアリスだ。


「へぇ、見舞いの品でも持っていかにゃ先方が納得しないもんで……」


 照ノは、くわえたキセルを、ピコピコと上下させながら述べた。


 照ノ達の寄った酒屋は、薄暗い場所だった。


 アルコールの匂いが、ほんのりと。


 裸電球が一つ、申し訳なさげに吊り下げられている。


 それだけが木造の屋内を、ほのかに照らしていた。


「やあ、照ノ君じゃないか。お酒飲む人花ならつぼみ今日もさけさけ明日もさけ」


「お久しぶりでやんす店長。世の中は色と酒とが敵なり、どふぞ敵にめぐりあいたい」


 言いあって、照ノと店長は笑いあった。


 店長と呼ばれた男は、アロハシャツを着たダンディなおっさんだった。


 レジの乗っているカウンターに座って紙煙草を吸っている。


「今日僕のとこに来たってことはあそこに行くつもりなのかな?」


「そういうことでやんす。手土産がないと会ってくれやせんからね、あ奴は……」


 そう言ってボサボサの髪を掻きながら、くわえたキセルをピコピコと上下させる照ノ。


「なら良いモノを仕入れているよ。クシナダヒメを祭る須我一族の醸造した《やしおりの酒》だ。これなら御前も気に入るんじゃないかい?」


「ほう! それはまたえらく珍しいものを仕入れやしたな。それなら御前の興味も引けるでやんす。いくらで?」


「一千万」


 きっぱりと店長は、そう言った。


「ぼったくりじゃないですか!」


 抗議したのはクリスだ。


「たかだか蒸留酒に一千万なんて……!」


 しかし店長は怯まない。


「ロマネコンティだって当たり年の時は百万や二百万の値段がつくだろう? やしおりの酒はそれより生産性が少ないんだ。年に十本も出ればいい方。希少価値を考えれば一千万でも安いくらいだね」


「年に十本って、完全に趣味の領域じゃないですか!」


「しかしてその酒造技術は卓越してるよ。飲めばわかるけど一千万出す価値があると僕は自負してるね」


「ではそれで。金はいつもの口座から引き落としてくれやんせ」


 あっさりと言って、ピコピコとキセルを上下させる照ノ。


 店長は一升瓶を奥から持ってきて照ノに渡した。


「毎度あり」


「なに、須我一族のやしおりの酒と言えば浅間一族の《月花酒》と並んで日本の魔術師の間では有名な酒でやんす。これを買い逃す馬鹿はいやせん」


 そう言って一升瓶を受け取ると、店長に礼を言って照ノ達は店外に出た。


「お兄ちゃんー」


「なんでやんす? アリス嬢……」


「なんでそんなに高いお酒を買ったのー?」


「なに、これからある輩の家に訪問するんで手土産の一つでも、ということでやんす」


「どこか行くのー?」


「へぇ、まぁ」


 そう言いながら帰宅する照ノ達。


 シスターマリアの教会の、その隣にある照ノの住んでいるボロアパートまで来た照ノ達は、ボロアパートの前に止まっている場違いなリムジンに目をやった。


 そのリムジンの横には、執事服を着てモノクルをつけた老齢の男性が立っていた。


 老人は照ノ達に気付いて一礼する。


「主人の命により参上しました」


「ああ、毎度ご苦労さんでやんす。ちょっと待っていてくださいな。学生鞄を部屋に置いてきやすんで」


 そう言って照ノと、それからクリスとアリスは学生鞄を照ノの部屋に置く。


 それから照ノは言った。


「では小生は用事がありやすんでちょいと出かけてきやす」


「お兄ちゃんー、アリスも行くー」


「私も行きます」


 アリスにクリスがそう言った。


「……別に楽しいことはありやせんよ?」


「お兄ちゃんと一緒にいたいのー。駄目ー?」


 上目づかいでそう言うアリスに、


「可愛いですやすなぁ、このこの……」


 抱きついて頬ずりする照ノ。


 クリスがジャキッと仮想聖釘を具現化するのを見て、照ノはアリスへの頬ずりを止めた。


「いいじゃないでやすか。頬ずりくらい……」


「あなたみたいな異教の猿が純粋なアリスに触れることそのものが汚らわしいと自覚しなさい」


「クリスさんー、素直に自分もしてほしいって言った方が早いと思うよー?」


「ばばば馬鹿を言ってはいけませんアリス! だだ誰がこんな奴に……!」


「思いっきり動揺してるー」


「違います!」


「顔が赤らんでるー」


「違います!」


「アリス嬢、それ以上の事実指摘はツンデリアンにも酷でやんす。軽く流すのが大人の作法でやんすよ」


「はーいー」


「誰がツンデリアンですか誰が! あんまりふざけたことを言ってると怒りますよ!」


 そう言って具現化していた仮想聖釘を投げるクリス。


 照ノは紅の羽織をはためかせながら仮想聖釘を避ける。


「怒りますよという言葉に反して既にして仮想聖釘を投げているというのはどういうことでやんしょ?」


「うるさい! 余計なことを言ったあなたが悪いんです!」


「へぇへ、そらすみませんでした」


 そう言って一升瓶を持って下駄を履く照ノ。


 続いてアリスが白いサンダルを履く。


 続いてクリスがブーツを履く。


 そうして照ノ達は外出すると老人執事の誘導に従ってリムジンに乗る。


「ふわー、ふわふわですー……」


 これはアリスがリムジンの座席に対して言った感想である。


「照ノ、これからどこにいくんですか?」


 クリスが照ノに問う。


「ん? まぁ行けばわかりやすよ」


 そう誤魔化した照ノの言葉の後にリムジンが発進した。

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