守護者創造計画

墨人

第1話 遅れて来た男

 大陸でも屈指の古い歴史を誇る神聖ラシュマー帝国。

 国と同じ名を持つ帝都ラシュマーは不落、不壊とも呼ばれる強固な城壁に守られた大都市である。城と神殿を中心に計画的に建設された街並みは整然としており、ここを訪れた他国の者には驚嘆の念を抱かせる。


 そんなラシュマーの郊外には訓練場があった。

 踏み固められた大地は長い年月、数多の人間がここで訓練を積んできた証だ。

 帝国歴三百九十八年八月のある日。

 今日も訓練場では多くの者達が訓練を行っている。特に決まった訓練メニューがある訳ではなく、各人が己に必要だと思う訓練を個々に行う。剣術の型を繰り返す者、相手を見繕い模擬剣で練習試合をする者、一隅の射撃場では弓の鍛錬に励む者や一心に攻撃魔法練習する者などもいる。

 ここは強くなりたいと願う者が自らの意思で己を鍛える場所であり、誰かに強制されて訪れる場所ではなかった。参加しているメンバーの多くが帝国軍に所属しているのは事実だとしても、けして少なくない数の一般人がいるのもまた事実だった。


 活気に満ちた訓練場の片隅に、他からは浮き上がったような一人の男がいる。

 名をサイオウ・クロード。あと数か月もすれば三十になるという男盛りだ。

 兵士の平服に包んだ身は、十分に高身長の部類に入るだろう。しかし身長に比べて肉付きはさほどでもなく、筋骨隆々の戦士などと比べると迫力は今一つと言える。が、眼光は鋭い。短く刈り詰めた黒に近い茶色の髪の下、そこそこに整いつつもある意味で平凡な顔の中、眼だけが他者を射竦めるような鋭い光を放っているのだ。


 ほんの一週間ほど前まで、訓練場の古株であるという以外は特に目立つところの無い男だった。十六で帝国軍に入り、市中警備の任に就きながら暇を得ては訓練場に通っている。それがそろそろ十四年。その間、特に目立った功罪はなく、年功のみでいくらか俸給が上がった程度、うだつの上がらない一般兵だった。酒好きであり、刃物を集める趣味があり、訓練には異常なまでの執着を見せるがそれ以外では人当たりも良く、後輩の面倒見も良かったので人望はある。ずっと平兵士のサイオウを追い抜いていった後輩の中には、今でも彼を慕っている者も多い。

 しかしそれはサイオウ・クロードという男の人柄に対しての評価による。

 兵士としては全く評価されていなかった。

 十四年も平兵士のまま訓練場に通っていれば当然である。


 訓練場では毎年八月になると参加者同士によるトーナメントが開かれる。

 何時から始まったのかは定かでなく、そもそもの趣旨は日頃の訓練の成果を確かめ、以後の訓練の糧にしようというものだった。しかしいつからか、このトーナメントは出世の足掛かりとして目されるようになる。

 実力があれば地位が上がる。

 当り前の話だ。

 ところがラシュマーは長く平和な時代にあり、国境付近の小競り合い程度はともかく、近年大きな戦争を経験していない。そしてこの先も平和は続くと目されている。

 実力を示すべき戦場が無いのだ。

 そこでトーナメントである。

 トーナメントでそこそこの成績を修めれば軍内での序列が上がる。昇進や昇給はなくとも上司からの扱いは変わるし、上位に食い込めば精鋭たる騎士団から声がかかるかもしれない。実際、訓練場に通う帝国兵の多くはトーナメントへの参加と、その結果としての地位向上を狙っている。

 純粋に強くなることだけを求めているのは少数派なのだった。


 サイオウはその少数派だった。

 帝国兵となり訓練場に通うようになり十三年間、一度もトーナメントに出場していない。出場せず、ひたすら黙々と訓練に打ち込んできたのだ。

 真面目に取り組む姿はそれなりの評価を受けていたのだが、一方で真面目に取り組む割には一向に成果が上がらないとのマイナス評価も受けていた。平和なラシュマーにあって、さらに平和な帝都の市中警備。彼が本気で剣を振るう機会など訪れなかった。十三年間、訓練の成果を衆目に晒さず、自分で自分を評価する事だけを繰り返してきた結果、上司からは「真面目なだけが取り柄の、ちょっと変わった平兵士」というある意味致し方の無い認識をされていた。


 一週間前までは。


 一週間前に開かれた訓練場のトーナメント。

 十四年目にして、サイオウは初めて参加したのだった。

 

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