めざめさせつつ、酔わせてくれる

@harumadoka

第一話



 紅葉も深まった京の山里、人もめったに訪れぬ竹林に囲まれた小さな庵(いおり)に、尼がひとり、質素な座敷で一心に手を合わせて読経している。


 手を合わせているのは、飯綱大明神に、である。

 ふと、読経が途切れ、上品な横顔の尼は瞳を開けてみる。


「上様……」

 その胸の裡に、同じく飯綱権現を厚く信仰して、兜の前立てにまで大明神の

飾りを施していた武将の姿が去来する。

「上洛を果たした貴方様はまさしく生きた戦神でした……」


 数十年前のことを尼は思い出していた。

 生家の武家は父親が戦乱で亡くなり、自らは遊女に落ちぶれなければ生きていけなかった。

 毎夜、幾人もの男に身体を売り、時々は忍びとして諜報活動もしなければならず、そんな地獄の中で出逢った戦神。

 その武者は 妻を持たぬ主義であったが、尼にひとつの命を授けてくれた。

「尼さま」

 あどけない声に振り向くと、前髪を切りそろえた男の子が手習いの書を持っていた。

「どないした、坂丸」

「いつものおにいちゃんが来たよ。やかましくて、女みたいにハデな」

「まっ、ホホホ、伊織どのですね」

 尼は微笑んで立ち上がった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「シケた面(つら)しなすって どうしなすったかな?姐さん方??」

 

 粗末な掘っ建て小屋の垂れ幕のゴザをめくると、その場にいた女どもの顔が、ワッと華やいだ。

「いおりさま!!」

「いおりさまじゃないの、どこへ雲隠れしなすってたの?」

「やっぱり、いおりさまが居なけりゃ、つまんないわ」

 黄色い声が満ちる。

 女どもも奇抜な色や柄の小袖を着ているが、入ってきた若者ももっとキテレツだ。当世流行りの「傾奇(カブキ)者」と呼ばれる。

 世間の因習にとらわれず、奔放な生き方、好きな服装をしている者のことである。


 いおり、と 呼ばれた男、まだ二十歳すぎか、

 しかし、前髪は元服前の少年のように残し、まっすぐ櫛削らず波うっている。

 高く結い上げた髷(マゲ)は、背中までダラリと垂らし、

 空色の小袖に 漆黒の、光沢ある袖なし羽織、袴。

 銀色に光る長い毛皮を背中から前へかけている。

「ああ、目を酔わせてくださるとは、このこと。なんて、艶やかな~~~」

「夢でも見ているんだろうか」

 そう洩らした遊女のオデコを 指先でピンとはじき、

「目が覚めてるだろ、姐さん。さあ、この酒でもくらってシケた面(ツラ)なんぞ、ふっ飛ばしてくれ!!」

 伊織が、もってきたとっくりを投げたので、女たちは群がって奪った。

 酒が ひととおり行きわたり、女たちは 酔いがまわって、いい気分そうだ。

「さっきまで何を落ち込んでたんだ??」

 ゴザに寝転がって手枕をした 伊織が尋ねる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「落ち込んでやしないわ、けど」

「けどね、前にやっと、大坂城にお生まれになった小さなお世継ぎ。亡くなってしもうたでしょう、三歳で」

 女のひとりが 涙ぐんだ。

「ああ、可哀想なこったったな。せっかく猿のじいさんもカミさんも、諸手を上げて、大喜びだったのに。でも、ふたり目が生まれて良かったじゃないか」

「その、ふたり目の捨丸さまも、どうやらお命が危ういらしいんだよ。それで、あたいらのような蓮っ葉でも母心から気の毒に思ってね」


 伊織は顔を上げた。

「ふたり目の若君も、命が危うい?そりゃ、薔薇(しょうび)の君といわれる淀どのも萎れているだろうな」

 掘っ建て小屋の隅にいた女が何か言いたそうにしている。

 伊織が、

「紅(くれない)、何が言いたい?正直に言ってみろ」

 紅と呼ばれた女は、ウソ泣きの涙を拭きながら、伊織を小屋の外の木陰の一角に引っ張っていった。

「淀さまの下女の下女の下女に潜り込んでいる、透破(すっぱ)仲間から耳にしたのさ。今度の赤ん坊も、いつまでの命か判らないから淀さまが健やかな赤子を探してるって」

「む??つまり、健やかな赤ん坊と、捨丸を取り替えようとでも??」

「さすが、いおりさま。お察しが早いねえ」

「えれえことを考える女子(おなご)だな、淀ってのは。面白い!!」


 伊織の瞳が キラリと輝いた。



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