第16話 洞窟到着


 コボル子を牧場に預けて、シナリオを進める準備をしつつあります




「さてと……」


 街に帰ってきた俺は、必要なアイテムを思い浮かべる。


 松明(たいまつ)、それと火属性の魔法を使えるメンバーが居ない今は着火用の火打石等もいるだろう。

 それから『はちみつレモーネ』という喉の調子を整える飲み物。

 クリンクロスという魔法の力を込められた掃除用のアイテム。見た目は雑巾だ。

 機械油(マキナオイル)に、骨付き肉。

 骨付き肉は骨の有無がどれだけ重要かわからないから、とりあえずゲームで使用したアイテム名そのままの肉を注文して出てきたものを買った。ひとつで十分なはずであるが念のために4つほど買って置く。

 心配性だと捉えられるかわからないが、なにせゲームと違ってセーブも利かなければ死んでしまったあとに復活ができるかどうか未知数なのである。命がかかっているのである。

 余分な肉のひとつやふたつは必要経費として織り込めるぐらいの余裕もある。


 それだけのものを買い揃えていると、あたりは夕闇に包まれ始めた。


「おかえりぷる~、お兄ちゃん!」


「タマお腹がすいたにゃ~」


「お待ちしておりましたわよ」


 と三人に出迎えられて、宿で夕食をとることになった。


「明日はいよいよピンクスライムの討伐のために洞窟を目指すからな」


「わかったぷる~」


「ピンクスライムにゃ?」


「ああ、タマには言ってなかったな。

 とある事情でピンクスライムの残す素材であるピンクスライムゼリーが必要なのだ」


「それを取りに近くの洞窟に行くのですわ」


「わかったにゃ!」


「まあ、おそらく……だが、洞窟への道中はそれほど強いモンスターは出てこないからな。せいぜいマッドゴーレムぐらいなものだ」


「あんなウスノロちょろいのにゃ」


「でも、注意しなきゃだめぷるよ」


「大丈夫なのにゃ!」


「まあ確かに、今日のタマの活躍を見てればそんな感じに自信たっぷりになるのもうなずけますけどね」


「そうなのぷる?」


 ひとりで黙々と裁縫をするために宿に籠っていたグリスラ子にフェアリ子が説明してやっている。


 一言でいえば相性が良かったということに尽きるだろう。

 マッドゴーレムの短所といえば、攻撃の命中率が低いということであった。

 俺やコボル子でも2~3回に一回は躱せるのである。


 さらにタマに関して言えば、普通の敵モンスターの攻撃でも4~5回に一回は躱せるという回避率を持っている。

 それが合わさり、どういう計算が為されたのかわからないが、タマの対マッドゴーレム戦での被弾率は5%程度になっていた。

 20回に一回ほどしか攻撃を食わないのである。

 安心して前衛を任せることができたのだ。回復もほとんど要らなくなり、討伐効率がぐんと上がった。


「とはいっても他のモンスター相手だとそれなりに攻撃食らうし、うけるダメージは若干俺より大きいからな。あんまり無茶すんなよ」


「わかってるにゃ!」


「じゃあ、わたしとタマちゃんで前衛してお兄ちゃんは中衛ぷる?」


「それか今日みたいにマッドゴーレムを捕まえて壁役をやらせますか?」


「いや、普通に前衛3人の後衛にフェアリ子でいいだろう。

 防御力でいえば俺が一番高いからな。

 なにも、グリスラ子とタマに攻撃を集める必要はない。

 泥子は攻撃命中率に難があるからな。普段の戦闘では使いづらい」


 これは、今日――数えるほどではあるが――、マッドゴーレムの攻撃を食らった上での判断である。痛いことは痛いが、悶絶するほどではない。

 おそらく、6回ぐらいは余裕で耐えられれそうなぐらいのダメージである。その6回というのもかなり安全マージンを見込んでの値なので実際には10回ぐらい食らっても大丈夫だろう。

 洞窟内はともかくとして、そこに至る道ではマッドゴーレム以上の攻撃力を持った敵は出てこないはずであり、普通に進んでいけばなんとでもなりそうな感じなのだ。


「一応早めに出発する予定だからな。飯を食って体を拭いたらすぐに寝るぞ」


「わかりましたわ」

「わかったぷる」

「わかったにゃ!」


 と三者三様の返事を聞いて、食事を終えて、体を拭いて、明日に備えることにした。




 翌朝。

 宣言通り早起きして、出発する。


「忘れ物は……ないな」


 鞄の中と記憶を照合した。大丈夫のはずだ。

 そして、モンスターを倒しつつ、合成しつつ経験値に変えつつと進んでいくと洞窟に辿り着いた。


 道中で俺のレベルがひとつ上がって6になった。


 体力:19(16→19)

 魔力:11

 筋力:12(10→12)

 敏捷:18

 知力:10(10→12)

 精神:10(10→13)

 器用さ:11


 フェアリ子も7になり、グリスラ子もレベル6になって、タマもレベルが5に上がった。



「ここぷるね?」


「ああ、本来なら低階層、つまりは入り口から入った付近はピンクスライムの溜まり場になっていてピンクスライムが沢山でるはずだ。というかピンクスライムしか出ない感じだな」


「それが、今は違うのですね?」


「まあ入ってみないとわからない」


 洞窟に入ると大広間のような空間に出る。


「モンスターいないにゃん?」


「ここは所謂前室ぜんしつのような場所だ。

 ほんとうの入り口はあそこにある扉の奥だ」


「なるほど。でもお兄様、やけに詳しいですわね?

 ひょっとして一人でこっそり来られたとか?」


「いや、初めてだ。聞いたんだよ。詳しく」


 まさかゲームでプレイしたからとも言えず言葉を濁した。


「ならいいんですけど。お兄様の強さはわかってるつもりですけど、無茶はしないでくださいましね」


「ああ、肝に銘じるよ」


「じゃあ、扉を開けてレッツゴー! にゃ!!」


「あっ、待つぷる! 勝手に開けちゃだめぷる!」


 タマをグリスラ子が制止するが、あえて放っておいた。


「大丈夫だろう」


「にゃ? にゃにゃにゃ? 取っ手がぬるぬるしてすべるにゃよ!」


「そうか。じゃあこれで拭くといい」


 俺は用意してあった魔法雑巾クリンクロスを渡してやった。


「おおっ! 綺麗になったにゃ! じゃあ早速……」


 と再び扉に取り着いたタマだったが、すぐに次なる困難にぶつかった。


「開かないにゃ? このドアびくともしないにゃ?」


「そうだろう? 錆びついているらしい。

 とそこで……」


 俺は、ドアに近づき、ノブ付近に機械油(マキナオイル)を数滴たらす。

 これでドアが開くはずだ。


「開いたにゃ!」


「な?」


「用意周到ですわね」


「まあこんなこともあろうかと……な……」


 と、扉の奥からぐるるるるると不気味な唸り声が響いてくる。


「いやな匂いがするにゃ……」


「そうかもしれないな。犬猫の仲ってのが本当なら、ケルベロスだって一応犬の仲間なんだから」


「ケルベロスですって! あんな地獄の番犬がこの中に居ると!?

 今のわたしたちに到底敵う相手ではございませんわ!」


「そうなのぷる?」


「ええ、ケルベロスといえばレアリティだけで考えてもレアリティ2でかなりの上位モンスターですし、なによりその攻撃力と敏捷性はレアリティ3のモンスターにも引けを取らないと言われているほど……」


「怖い犬にゃん! やばいにゃん!」


 そう言われると不安になってきた。ゲーム通りに進めば戦闘を行わずに避けられるはずなのだが……。

 


 とふと気が付いた。


 そういえば。

 ゲームであれば取っ手ドアノブがぬるぬるしていることで侵入が拒まれ、何か手がかりがないか部屋中を検(あらた)めることになり、そこで声の枯れたじじいを発見するのである。


 じじいからようやく聞き取れた言葉は『はちみつレモーネ』という単語でそれを街まで取りに戻る。

 で、帰ってきてじじいにはちみつ飲料を飲ませて喉の復活したじじいからクリンクロスの存在を聞いて、ぬるぬるを拭きとってドアを回すも固くて開かない。


 またじじいが機械油がどうこうアドバイスくれるので街に戻って入手して。

 そしてドアを開けてケルベロスに遭遇するのである。


 ケルベロスは初見殺しだ。暇なプレイヤーがコツコツとレベルを上げてこの時点でも普通に倒せることは検証したが、ごく普通にプレイすればレベル差の関係から逃げることもできず圧倒的な実力差を前にほぼほぼ全滅させられるのである。


 で、一旦セーブ地点に戻ることになって、どうやって先に進めばいいか、とりあえずじじいに話を聞いてヒントを貰うことになるのだが……。

 

 じじいの存在をすっかり忘れていた。

 タマが先走ったせいもあるがゲームで一度クリアしたという驕りが生んだ慢心だ。


 先回りして必要アイテムを全部そろえてきてしまったからじじいの存在意義がゼロになっているのだ。

 本来であれば街を洞窟を行ったり来たりを繰り返すという面倒な作業をショートカットして調子に乗ってしまっていたのだ。


 だが……、ケルベロス対処法を俺は

 じじいから聞かなくてもそれは変わらないはずだ。


「出て来ますわ!」


「よし! 一旦こっちに集まれ!」


「どうするぷるか?」


 大丈夫。大丈夫なはずだ。この世界は基本的には温いゲームが元になっているのだから……。

 

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