この素晴らしいキャベツに転生を!

この素晴らしいキャベツとレタスに祝福を!

 俺の名前は春崎はるさき 太郎たろう

 少し前までは、地方の高校で受験生として必至に勉強していた、ごく普通の男子生徒である。

 1つ皆と違う点で言えば、親がトマトが好きだからと、この名前にされたことくらいだ。

 それも普通の人から見れば大した違いはなく、1人枕を濡らした程度である。

 そんな俺は、日夜勉強に励んでいた。受験生だからだ。

 本当は一日中ゲームをする引きこもり生活を送りたかったが、親に心配をかけるのは忍びないため、買いためるだけで頑張っていた。

 ―――昨日までは。


 月夜と外灯に照らされた塾の帰り道。

 お腹を空かせた俺は、全力疾走で自転車を漕ぎ進め、早く家へ帰ろうとしていた。

 そして交差点で見た最後の景色はトラックのヘッドライト。トラクターではない。

 運転手は見えなかったが、ブレーキ音は聞こえなかったため、居眠りしていたのかもしれない。

 避ける間もなく跳ねられた俺は、18という短い生涯を閉じることとなった……はずだった。


 青い空、白い雲。

 空高くでは、悠々と鳥が飛んでいた。

 目が覚めると、そこは見知らぬ土地で、辺りにはたくさんのレタス。

 どうやら助かったのだと、跳ねられた結果、もしかしたら畑まで飛ばされたのだろうと思っていた。

 だが、どうにも体が動かない。

 声を出そうにも……口がない。それどころか、手も、足も、髪もない。ハゲではない。

 俺はどうなった、何が起きていると自問して……本能の、遺伝子に刻まれた情報で理解した。


 ―――俺はキャベツ。キャベツに転生した。


 周りがレタスなのにキャベツとはこれいかに。

 そもそも俺の名前はトマト由来だぞとかキャベツに意識があるとかなんだと現実逃避しながら、俺は己の遺伝情報を読み解いた。

 驚くべきことに――キャベツな時点で十分驚いたが――キャベツは空を飛ぶらしい。

 このことから、どうやら異世界に転生したと理解する。

 意識が芽生えるのは、味が濃縮して収穫が近付いたことで、食われてたまるかという生存本能によるもののようだ。何の因果か、俺はそこに上書きされたらしく、こうしてキャベツとしての第2の人生を送ることになった。

 ちなみに、意識が芽生えたキャベツは、収穫から逃れるようにして飛び続け、この世界の秘境へと向かう。そこで一生を終えるそうだ。

 事態に困惑した俺は、周りのキャベツにテレパシーを送り、現状の把握に努めた。

 なんとなく出来たので、深く考えるのはやめた。


「なあ、レタスさん。俺ってなんでこんなとこにいるんだ?」

「キャベツ!キャベツだ。キャベツ、隣の畑。なんでここにいるの?」

「そういうことか……」


 多分、苗が混ざっていたのだろう。

 大した理由はなかったようだ。


「キャベツ、寂しい?キャベツ、私、友達、なってあげる!」

「大丈夫だ……。けど、ありがとうな。よろしく頼む」

「あたしも!」「あたいも!」「わっちも!」「妾も!」


 妙にやさしいレタスたちに励まされながら、俺はこれからどうするか考えた。

 収穫の時期は近い。

 遺伝情報には逆らえず、やがて俺も飛ぶこととなる。人間はそんな俺たちを捕まえ、食べてしまうそうだ。

 せっかく第2の人生を得たのだから、せめてこの生涯を全うしたい。そう、18で終わってしまったあの頃とは違い、寿命が尽きるまで……。

 そんなことを考えていると、友達第一号のレタスさんが話かけてきた。


「キャベツ、飛ぶ?私、もうすぐ逃げる!キャベツ、飛べる?」

「ああ、飛べるさ。収穫の時期は近い。君たちと一緒に逃げることになるだろう」

「やった!」「キャベツ一緒!」「逃げる逃げる」「わーい!」


 どうやら旅の仲間ができたらしい。

 種族が違うというのに、仲間と言ってくれる。

 彼女レタスたちは、とても優しいようだ。

 その優しさに、俺は1つの決意をする。

 そう、せめて、彼女たちの逃避行を最後まで見送ろう。そして、一緒に最後を迎えよう。

 そう決意した。




 瞬間。



 「ひゃー!」


 悲鳴が聞こえた。

 俺に声をかけてくれた5人は無事なようだが、とうとう収穫が始まったらしい。

 それを皮切りに、辺りのレタスや隣の畑のキャベツたちが一斉に飛び立った。

 空一面が緑に染まり、それはそれは圧巻の一言だ。

 我先にと飛び立つ野菜たちに驚いていると、周りの5人は急かすようにテレパシーを伝えてきた。


「キャベツ!キャベツ!早くいこ!」「収穫!逃げる!早く早く」「飛ぶ!飛ぶ!」「キャベツいっぱい!」「レタスもいっぱい!」

「ああ、行こうか。この異世界の果てへ!」


 全身に宿る魔力を総動員し、一気に空へと舞い上がる。

 地面から離れた俺たちは、本能に従い一方向へ飛び立った。

 空高くから見える景色は絶景で、人が空を飛びたがる気持ちが理解できた。ああ、なんて気持ちいいのだろうか。

 キャベツでも、生まれてきてよかった。そう思えた瞬間だった。


 魔力も無限ではない。

 俺たち野菜は、この限られた魔力で秘境を目指さなければならないのだ。

 節約するべく地面を跳ねるようにして草原を疾走していると、俺たちを追うようにして動物が集まってきた。

 魔物だ。

 この季節、俺たち野菜が美味しいと知っている、野菜の怨敵である。

 畑では農家さんが駆除してくれていたが、そこから飛び出た俺たちを守る者は誰もいない。自ら逃げなければならないのだ。

 キャベツとレタスの一行は、どんどんと速度を上げていく。

 群れから遅れた一部のキャベツやレタスたちは狩られていくが、全体を見れば極一部。これは生存競争なのだ。


「魔物!キャベツ食べた」「レタスも」「友達減った」「悲しい」「つらい」

「ああ。だが、あいつらの犠牲は無駄ではない。友のため、絶対に辿り着こう!」

「「「「「うん!」」」」」


 野を越え山を越え、犠牲を出しながらも進んでいると、やがて1つの街が視界に入った。

 高い外壁に覆われ、朱色の屋根が並び立つそれは、とても大きな街だった。

 門らしき前には剣や弓、杖といった武器と金属や革の防具に身を包み、篭を背負った人々が集まっている。

 あれは敵だ。俺たちを食べるために集まった、種として上位に立つ人間共である。

 迂回し、避けることは出来なくはない。

 だが、ここでそうするには減速せざるをえず、後ろから追いたててくる魔物に、多くの仲間がやられるのは必至。

 俺たちキャベツとレタスは、そこを通る以外の選択肢を選ぶことはできなかった。

 そう、あれは俺たちが越えなければならない壁なのだ。

 それにこのまま進めば、魔物を人間共にぶつけることができ、仲間の被害を減らすという利点も存在する。

 群れ全体から伝わる不安感に、俺はテレパシーこの利点を伝え、皆の意識を統一する。

 そして一気に突き抜けることとなった。



☆ ★ ☆ ★


 広大な海と、どこまでも続くような水平線を見渡せる崖の上で、キャベツな俺とレタスな彼女たちのあわせて6人は、海を渡ってゆく仲間を見送り続けていた。


 結果として、被害は甚大であった。

 全体の約50%は収穫されてしまったらしく、空一面を埋め尽くしていた緑は寂しくなっていた。

 俺たち6人も、やけに硬い防御力を誇る金髪の女騎士や、頭のおかしいくらい強烈な魔力を使った爆裂とも言うべき魔法を使う魔女っ子、やたらとレタスをつけ狙う青髪の羽衣を纏ったアホっぽい女性や、スティールと叫び続けてキャベツを乱獲するどこか日本人っぽい男の魔法をレジストしながら逃げたところ、魔力をほとんど使いきってボロボロになっていた。

 海風が運ぶ磯の香りは、俺たちの葉っぱを撫でていき、それと共に体が萎びていくのを自覚する。

 俺たちは死闘の末生き残ったものの、この海を渡る魔力は残っていなかったのだ。

 追っ手はないが、俺たちはここで終わるのが明らかであった。


「ごめんな、みんな。俺がもっと戦えていれば……」

「ううん」「あたしたち」「キャベツと」「一緒で」「楽しかった!」

「そうか、楽しかったか。でも、秘境の奥には行きたかったなぁ……そんで、お前たちに見せてやりたかった」

「大丈夫」「ここも」「秘境だよ!」「だって」「ほら!」


 そうして言われた先を見ると、そこには茜色の夕日が海一面に広がっていた。

 そう、秘境と言っても違いないような、とてもきれいな景色だった。秘境は、ここにあったんだ。

 緑だろうが青だろうが、茜色一色に染める夕日は、どんどんと地平線へ潜っていく。


「……綺麗だな。来世があるなら、お前たちに色々見せてやりたいよ。その時は、ついてきてくれるか?」

「私、ついてく!」「あたしも!」「あたいも!」「わっちも!」「妾も!」

「そっか……ありがとう」


 段々と薄れゆく意識の中、この世界に生まれてきたことを感謝する。

 キャベツとかなんぞやと思っていたが、この景色と、それを一緒に見る仲間ができたことに、俺は満足した。


「この素晴らしい世界に住まうキャベツとレタスに、祝福を!」









 その後、担当の女神がいなくてとんだご迷惑をと謝るパッド女神により、特別措置とかで男1人と女5人が仲良く暮らせるようになったとかいなかったとか。

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