『易占奇術』は“通常”営業中
ミズノ・トトリ
ある従業員の日常
1 (Jekyll)
仮想西暦2060年 3月某日
日本 近畿地方魔族特区 商業エリア
『カフェ・インフェルノ/ラグーナ支店』 店内
時節の言葉として、「早春の候」「
そして、つかの間の青春を謳歌している彼らを、とあるカフェテリアの席から眺める青年が1人・・・。
「はぁ、平和だねえ」
ガラス窓の向こうをクレープ片手に通りすぎていく学生の集団を見送りながら、
「俺も4~5年前は、あんな風だったんだよなぁ。全然思い出せねぇけど」
「ははは、若いのに何言ってんです?アタシみたいなオッサンでも、つい昨日のように思い出せるのに」
ぽつりと呟いた独り言に、隣の席に背中合わせで座っている中年の男性客が返してきた。
この店の常連客の一人で、何度も顔を合わせているものの、卓也は名前を知らない。
それでも、仲の良く、世間話を交わす間柄である男性は、勝手に自分の思い出話を、卓也に語りだす。
「アタシがあれくらいの年だったのは、あの戦争が一番激しかった頃でしてね。当時はほんっと冷や冷やしたもんですよ。すわ世界の終わりか、ってね」
卓也はそれを嫌な顔一つせずに、むしろ興味津々といった様子で聞き、相槌を打った。
「大変だったんですね。俺はまだ生まれていませんでしたが、終戦直後の混乱は、歴史の授業で何度も聞きました」
「いえいえ。確かに戦時中は今言ったように大変でしたが。戦争が終わってからは、言うほど荒れませんでしたよ。そりゃ、お
そういって男性は、飲みかけのコーヒーカップを持ち上げ、“頭頂部の皿”へとゆっくり注いだ。
そして空になったカップを置くと、後ろに座る卓也へ見せるように、水かきが広がる右手を掲げる。
「アタシら“河童”が、こうしてサテンでコーヒーを飲む姿、今では当たり前ですがね。四半世紀前じゃ絶対に無理だったんですよ?・・・あ、みぞれちゃん。アイスコーヒーお代わり」
そういって男性が呼び止めた店員も、見た目は人間だが周囲に冷気を放っている。
そして、“目が顔の真ん中に一つだけの”マスターが
また、先ほどクレープを手にカフェの前を通った学生たちに再び目を向けると、その頭に見える獣耳や腰から延びる尾がコスプレではないことが、その不規則な動きから判断できるだろう。
こんな光景も、この世界では既に当たり前の事。
卓也は、隣の席のコーヒーと一緒に運ばれてきた、キンキンに冷えたアイスクリームをスプーンで突きながら、もう一度呟く。
「平和だねぇ、ほんと」
すると、足元に置いてあったリュックサックのポケットが、ブルブルと小刻みに震えだす。メールが届いたようだ。
それに気づいた卓也は、空いた左手で器用に携帯端末を取り出し、内容を確認する。
「・・・げ、今から!?今日は非番のはずなのに。くぅ」
未練アリアリな眼差しを、手元の器へ向けること数秒。卓也は悔し涙を目じりに浮かべながら、好物を一口で平らげると、会計を済ませるべく席を立つ。
「おやおや、また休日出勤ですか?」
河童が気の毒そうに声をかけてきたので、卓也は一旦立ち止まり、振り返る。
「ええ。職場でトラブルが発生したようで・・・」
「たしか、『エキセントリック』で働いておられるんでしたな。今の時期だと、若い子たちがはしゃいで大変でしょう」
「・・・ええ、まぁ。でも好きでやってる仕事ですから。ただ、物騒なトラブルは御免被りたいですねぇ」
それでは、と卓也は名も知らない河童に別れの挨拶をし、勘定を済ませて店を後にする。
それを見送った河童は、ふと彼の居た席に新聞が置き忘れられている事に気づき、それを拾う。
そして一面に載っている記事を一瞥し、一言。
「・・・まったく、物騒なのは嫌ですなぁ」
記事は先日からこの島で続いている、連続殺人について報じていた。
『連続殺傷事件の4人目か!? 被害者は部活帰りの女子高生』
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