09
何がなんだか意味ワカメな状況が続き、メイド達に引かれながら外へ出た俺はゆっくり目を開ける。
解放感が無いことから衣類を着ていることは確かだが、胸元の妙な質感と全身の違和感から内股気味になる。
女っていつもこんな窮屈な下着を身につけているのか?
男女の違いに擽ったさを覚えつつ見渡すと、奇異的な視線に思わず目を逸らす。
「おーーー」
何がおかしい。
「うわぁーー。本当にお姉ちゃんだ」
来夢が口に手を当てて驚愕する。
「ふふ、流石はワタシのメイドですわ。殿方を見事淑女へ生まれ変わらせましたわ」
「いいえ。常日頃からのご加護に御礼申し上げます」
とお辞儀した後俺をニヤリ、と横目で睨み上げる。
「それにしてもお似合いですね。帰国子女みたいな雰囲気に有栖川ユニフォーム……一見アンバランスですがスタイルの良さが大人っぽさを際立たせております」
そう言われて両腕を見ると来夢達が着るピンクのストライプ柄の半袖ユニフォームを着ており、下半身へ視線を動かすと同じ柄のズボンと白のストッキングを装着……有栖川学園女子硬式野球部員フルセットだ。
「……どこで手に入れたんだ」
「それを聞きますの?」
ワタシを誰だと思っていますの、と念を押すように首を傾げる姿に畳みかける気力は無かった。
「ちなみに女装している間は偽名を使って頂きますわ。名前は……あなたの一に姫をつけて
「一姫、お姉様!!」
キラキラキラ、と眩しい光線を向ける桂子ちゃん。
おい、俺が男だということ忘れていないか?
「ちなみに一姫様の身分証明書、及びメイクセット等は有栖川が責任を持ってご自宅にお届けいたします。無論、淑女らしい言葉遣いをお願い申しあげます」
と早速一姫と呼称を変えたメイドがお辞儀をし一歩下がる。
淑女らしい言葉?
アクルみたいに語尾に“わ”でもつければ良いのか?
「一姫とか一姫とか一姫とか、ふふふ」
背中をこちらへ向け身体を振るわす、まりもさん。
どうせなら指差しで笑われた方が吹っ切れるのにな。
「えー、有紀的にはショタより増し。あっ、こっち向いて!」
とスマートフォンを縦に持ち連写され、遮るように左手で顔を隠すと、
「キャーーーー! お姉様クール!!」
と桂子ちゃんも便乗してパシャパシャデジカメで取りまくる。
桂子ちゃん? そのデジカメは何時用意したのですか?
「もぅ、みんな落ち着いて。監督さんも復帰したからには練習だよ、練習」
と梨乃が飛び出してくると、パパラッチを制止するガードマンのごとく壁を作る。
「えー、もぅ最終令30分前っすよ。練習できるんすか?」
有紀が指摘しスタジアムの時計を見ると、確かに長針と短針が下向きで重なっていた。
アクルとの勝負で始まり一悶着有って女装しているのだからそれなりに経過しているとは思っていたが、これでは難しい。
「うー、確かに」
「最終令過ぎちゃうとペナルティが有るからね。着替える時間も有るよね」
奏がやんわり梨乃を宥めると、俺の方を向く。
「でも、監督さんの方針。私、気になるかな」
「方針と言ってもな……」
「一姫様。言葉……出来ればボクッ娘で」
とメイドから横腹を突っつかれる。
ちっ、今に見てろ、この尼。
俺は喉の奥から声を出すことを心掛け、女らしい高音を意識する。
ボクッ娘って、例の子供向けアニメに出てくる双子の水色髪の方をイメージすれば良いのか?
まぁ。普段は声を抑えているので、本気を出せばいけるはずだ。
「みっ、みんなにはボクが指名したチームで練習して貰うんだからね。いっ、異論は聞かないからねぇー」
とテンションマックスをモットーに腕を組み、クズさ抑え目にふんっ、と視線を逸らす。
ドヤッ、と頬角を上げ威厳を示すが反応無し。
おーい、どうした?
反応してくれ無いと泣いちゃうぞー。
「殿方がボクッ娘……有りですわ」
「うん。お兄ちゃんにこんな才能が有ったなんて、今妹パラドックスで混乱ナウだよ」
「お姉様……私(わたくし)一生付いていきます!!」
どうやら、三上 一姫の方向性は決定したらしい。
まぁ、別に女子校に潜入して衣食住を共にするわけでは無いし、こいつらに違和感が無ければ良いだろう。
俺的にも新鮮味が有って気持ちが良いし、どうせ女装するなら好きにやらせて貰いたい。
「それでチーム分けはどんな感じなのですか?」
「うん。大体、このチームバランス悪すぎだよね、実力差ありすぎ。だから、習熟度別に練習を重ねて総合的なレベルアップって訳。ここまではオッケー?」
と一部を除いて頷く。
勉強でも習熟度別の学習が推奨されるように、野球でも個々のレベルに合った練習が必要だ。
一人一人に指導者をつけるのは学生部活レベルでは難しいし、俺自身も万能じゃないので教えられるノウハウは限られる。
「それじゃあチーム発表。まずは漆、清美、アクル。ここはテンプレートだよね」
「まっ、待ちなさい! ワタシは部員ではございませんわ」
やっぱ、バレたか。
「えー、あんな才能有るのに入らないの? ねぇー入らないの??」
と今度はクズさマックスで畳みかける。
卑怯? そんなの関係無いねぇー。
……冷静に考えて、同じ学園にナックルボーラ―が居てスカウトしない監督はいないだろう。
あのマウンドでの闘争心は本物。
漆と良い競争相手になるに違いない。
「そのどうしても、と言うわけなら考えてあげなくてないわ」
「漆は別に……」
地面をスパイクの底で擦る漆の背中に、清美が手を回す。
「そう言うなよ。オレはお前の球を正面から見たけど、凄かったぜ!」
「ありがとうございます。その、前向きに検討致しますわ」
「お嬢様……」
まぁ、入部する方向性に持っていけただけでも、成果は有ったかもしれないな。
その後も順にチームを発表した。
有紀、まりも組。
二人のライバル意識を尊重し、ゲーム感覚で野球の応用的な技術を高められるメニューが多い。
野球を楽しみつつレベルアップが出来るようなイメージだ。
梨乃、来夢組。
一見大きな隔たりが有るかもしれないが、来夢の身体能力は部員の中でも上位だし野球の知識も有る。
梨乃レベルの練習を設定してもついていけると思うし、背中を見て成長に繋げてほしい。
最後に桂子ちゃん、奏、久組。
こっちは基礎体力に不安が有るので、ランニング、素振りなどの基礎トレが中心だ。
正直、久をどの組に入れるかは迷ったが、あの二人以外とも交流してもらいしこの形になった。
まぁ、細かいところは後で微調整すればいいだろう。
「……と言うわけだから、次の練習からチームごとにメニューを指示するからねっ。そんで、最後に守備練習してクールダウンで終了って流れだね。ちなみに、ノッカーは清美にお願いするからねっ」
「はぁ!?!? オレがノッカーだと……おめぇ、楽したいだけじゃねぇーか?」
まぁ、本来で有れば指導者の俺がノッカーを務めるのが常識だよな。
「違うよ。これは清美のバッティング練習も含めているんだからねっ!」
現状の清美のバッティングは力任せな部分が大きく、コースへ打つという意識があまり見えない。
総合力で勝負だと4番の清美にはホームラン以外の柔軟なバッティングが要求されるし、どう打てばどこへ打球が行くか、という感覚を培う為にも必要な練習だ。
「……分かったけどよ。変な所に飛んでも知らないからな」
それも承知済みだ。
実際の試合で練習通り事が運ぶ訳じゃないし、不安定な要素が有ったほうが実戦で役に立つ。
天羽に勝つためには創意工夫が大切だ。
「ボクからは以上だよ。後は梨乃よろしく」
「うん」
あー、やっとキャラ作りが終わる。
もうしゃべらないもんねぇー、ぷん。
「みんな、最終令近いから早く準備済まして帰宅だよ、帰宅。らいむーは監督さんから練習メニューを受け取ってね」
「かしこまりっ! お兄……ううん、お姉ちゃんよろしく」
俺は頷く。
「うん。じゃあ、最後にスタジアムに向かって……ありがとうございました!」
梨乃の掛け声の後、全員でスタジアムへ御礼する。
「じゃあ、解散。行こっ、奏ちゃん」
「はーい」
と梨乃が奏と一緒にプレハブ校舎の方へ向かうと、残りのメンバーも付いていく……一人のエースを除いて。
「何だ。一緒に行かないのか」
普段の口調に戻し、対峙する黒髪の美少女に話しかけると、漆は帽子の鍔を深く下へ引く。
「聞きたいことがあるです。相模中央球場……てめぇーなら知っているはずです」
この前梨乃と社会人チームの練習に参加した場所だ。
「あぁ」
「なら話がはえーです。一人で来やがれです」
「分かった」
「バックれたら承知しねぇーですから」
漆は背中を向けゆっくりプレハブ校舎へ向かい、その姿を見届けてスタジアムを去る。
「一姫様、こちらがお荷物です」
俺は佐々木さんから受け取るとそのまま校門へ案内される。
どうやら、俺は女装したまま漆と会わなければいけないらしい。
憂鬱、その一言では語れない複雑な感情が入り混じる中、来夢へ帰宅が遅くなる趣旨をL○NEし球場へ向かった。
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