06



「……と言うわけで申し訳ない」



 練習開始予定時間となりスタジアムのベンチ前に集まった有栖川ナインへ経緯を説明した俺は、頭を下げる。

 口車に乗ったとは言え、部活の進退を相談無しに決めてしまった点は謝罪する必要が有る。

「はぁー、事情は分かったけどさ。漆は止めなかったのか?」

 両手を腰に添えため息をついた清美は、横で深く帽子を被る漆をじっと見つめる。

「……うっせえです。止める前にあの変態が受けやがったです」

 事実なので反論できない。

「つまり今日の練習は中止すかー? 超ラッキー」

 とだらしなくユニフォームを着崩した有紀がまりもの肩を軽く叩く。

「もぅ、有紀ったら」 

 苦笑いしたまりもは俺をうっすら見つめる。

 良いざまね、とでも言いたげだ。

「一応釘を刺しておくが練習はやるからな」

「えーマジ、ショック」

 と有紀は更にまりもへ体重を乗せ、久がフォローに入り支える。

 すると、まりもが意味深に微笑み俺の方を向く。

「でも、もしあなたが勝負に負けたら休部ですよね。勿論、練習何てする必要ありませんよね」

「てめぇ、まだ言うか」

 まりもの発言に清美がまりもの肩を掴む。

「ふふ。あなたは拳でしか語れないの? ……これだから脳筋は」

「何だ? てめぇ、喧嘩売っているのか!?!?」

「こら、清美もまりももシャラップだよ、シャラップ」

 ぼそっ、と消えるような声に激高した清美との間を引き裂くように、梨乃が鎮静化を計る。

「もぅ、喧嘩したいなら練習終わってからにしてよ。あっ、勿論怪我は禁止だからね」

 プンッ、と頬を膨らませる。

 すると妙な子供っぽさが影響したのか、二人の表情がみるみる引けていく。

「……ちっ。覚えてろ」

「あなたこそ」

 舌打ちした清美はまりもを睨み付けた後、漆の元へ戻る。

「いつもこのような状況ですの?」

「あぁ」

 ぼやきに短く反応すると、アクルは大きなため息をつく。

「全く。淑女としてあるまじき光景ですわ」

 まぁ、有栖川はお嬢様学校で名が通っているし、こうハブとマングースがにらみ合っている状況は芳しくないと思っているだろう。

 それでも、梨乃が仲裁したのはチームとしての大きな一歩だと思うし、あの練習試合がもたらした効果の一つとして良い傾向だ。

「でも、アクルちゃんが野球をやっていたなんて。来夢に教えてくれたら良かったのに」

「アクル様が同じ志を抱いているとは、分かりかねていましたので、わたくし、衝撃を受けております」

 と同級生の二人がアクルをクリクリ見つめる。

「そ、そんなにジロジロ見られるのは良い気がしませんわ。それに、あなた方とは友好関係ではありませんし……」

 言葉を濁ししゅるしゅる前髪をいじる。

「えー、来夢的にはアクルちゃんのことトモラブだと思っているのに」

「トモラブ!?!?」

 と意味深な造語にぞっと引き気味な反応を示し、顔を赤らめる。

「へっ、変なことをおっしゃらないで下さいます!?!? ワタシとあなた方がラ……ふっ、不潔ですわ!!」

「不潔? うーん、来夢的には平常運転なのに」

 しゅん、とツインテールの穂先がさがる姿に対して、アクルは威厳を保っているがどこか余所余所しい。

 まぁ、一年組の問題は置いておくとして、話を進めないとな。

「話を戻すぞ。みんなにはそれぞれポジションについてもらう。だが、キャッチャーはアクルの要望で佐々木さんが勤める」

「おい、それじゃあオレは?」

 清美が首を傾げる。

「申し訳ないが、今回は審判お願いしても良いか?」

「……別に良いけどよ。こいつに出来るのか」

 とメイドをギロリと睨み付ける。

「心配には及びません。私はアクル様と共に練習を積み上げて参りました。召使の立場として越権かと存じますが、私が勤めさせて頂きたいと存じます」

 お辞儀をすると、清美は味が悪そうに背を向ける。

「まぁ良いけどよ……アニキ」

「何だ?」

「負けたら承知しねぇーからな」

 そう言葉を残した清美はベンチへ戻る。

 多分、あのメイドにポジションを取られたことに無意識に抵抗感が有るのだろう。

 本人には言えないが、清美はアクルのナックルを捕球することは出来ないと思うし、練習通りのバッテリーの方がフェアプレーだろう。

「俺がヒットを撃てば勝ち。フォアボールはノーカウントで、エラーした場合はアクルの勝利で良いな」

「ええ。問題有りませんわ。良い戦いを期待しておりますわ」

 アクルが歩み寄り手を差し出す。

 強い決意と好奇心に満ち溢れた瞳はここに居る誰よりも結果に拘った熱い感情をむき出しにしている。

 ふと、俺の中一つの提案が脳裏に浮かぶ。

……もしこいつが野球部に入れば、もっと可能性が広がるのではないか。

 異次元のスピードと未経験の魔球。

 二つが融合すればきっと、いや確実にチーム力が上がるに違いない。




「アクル……もし、俺が勝ったら野球部に入ってくれないか」




「そうですね……。殿方だけに不利な条件を付けるのはフェアではないですね」

「アクル様、それは……」

「ふふっ、気にする必要は有りません。その条件、承りますわ」

 アクルが頷いたのを確認した俺は左手でアクルの手のひらを握り、軽く上下に振る。

 勝負への期待、そして己の力を確かめるように。




 全員でウォーミングアップをして身体を暖めた後、俺はそれぞれにポジションを指示し、ベンチ斜め前方にかかれたサークルの中でバットの感触を確かめる。

 朝練で素振り指導しているが、打席に立つ前の緊張感がかつての記憶がヒラリハラリと脳裏を掠める。

「……フン……っ!」

 脇を閉め、左足をアクルが投球練習する方へ向けスイングのキレを確かめる。

 問題は無い、むしろ現役の時より勢いを感じる。

 ただ、勢いだけであの魔球を打ち返せるかは別問題だ。

 俺は相手の癖や傾向、試合の状況などを総合的に分析し、確実に返せるゾーンを張って打ち返すスタイルだ。

 野球のルール上、打者のストライクゾーンに投げなければ勝負は成立しないし、敬遠を除いてはあえてカウントを悪くするような配球は考え辛い。

 つまり、ストライクゾーンに必ずボールは来る。

 だが、俺も万能ではない。

 外角低めのボールを綺麗に流し打つことは難しいし、強引に引っ張ってホームランを打てるような馬鹿力は無い。

 無論、相手は打てないコースを狙って投げてくるし、レベルが高くなればなるほどコースはキツくなる。

 それでも、人間である以上コントロールミスは有るし、審判の相性や気象条件等、投手の調子を狂わせ平常心で投げられないことが有る。

 俺はその瞬間を見逃さない。

 それが三上 一のバッティング理論だ。

「もういいですわ。さぁ、始めますわよ」

「あぁ」

 メイドからの返球を受け取り帽子を被り直したアクルが宣言。

 俺は頷き右バッターボックスへ入り足場を固めマウンド方向を見定める。

……流石に緊張しているな。

 守備に入る部員達へ目配せすると、練習試合とは違う緊張感で表情が硬い。

 特に内野の梨乃、桂子ちゃん、来夢、奏の表情はガッチガチで見ているこっちが不安になる。

 対して、外野の久、有紀、まりもはどこか余裕そうな表情で構えている。

 何が何でも俺の打球をキャッチするつもりだな。

 どちらにせよ勝負に集中している点は同じだろうが、とても複雑だ。



「プレイボール!!」

 


 清美が声高々に宣言するとアクルの眉がキリッ、と上がる。

 勝負ですわ、と俺を威圧する視線は闘争本能を刺激し脇を締める力が強まる。

 集中だ、集中。

 あいつはナックルしか投げない。 

 不規則な変化は投げている本人ですら分からないと言うことは、待ちかまえる俺はもっと不明だ。しかも、線で捉えることはできないので、ストライクゾーンに入る瞬間を点で捉える技術が必要だ。

 一般的なストレート、及び変化球は有る程度の属性は一定だし、リリースした瞬間予想されるゾーンにバットを出せば当たる可能性が高い。

 だが、ナックルは軌道は独特でブレる。

 つまり、最初のリリースポイントと実際のゾーンに大きな隔たりが有り、投球後に新たな到着地点を考え直さなければならない。

 無論、打つ瞬間も球はブレ続けるのでジャストミートする瞬間までヒッティングポイントを微調整しなければならない。

 調整を怠ればバットの芯に当たらず内野に転がるし、変化に対応出来なければ空振り。

 これが、ナックルが魔球と言われる所以ゆえんだ。



「……っ……んんっ!!」

 左のサイドハンドからの一球目。

 リリースポイントからふわり、と浮いたボールは縫い目が固定され無回転であることを証明している。

 そして、やまなりの頂点でブレーキした魔球は右へ左へ細かく動き落ちストライクゾーンへ。

「……っ……」

 打席で見て改めて完成度の高さに唾を飲む。

 このまま見逃せばストライク、内角低めに決まる。

 一打席勝負、易々見逃すわけにはいかない。

 俺は軽くバットを引きじっと球筋を追う。

……ここだ!

 スイング開始。

 刹那、アクルのツーサイドアップが左へ流れるほどの風が吹く。

 無回転のボールは空気抵抗をもろに受ける、無論、風も同意。アクルのナックルは急激にブレ度を増しカーブ気味に落ちる。

 ハーフスイングを越えた俺に止める手段は無かった。



……キーン……!



 根本に当たった打球はサード方向へ転がった打球はそのまま線を切り



「ファール!!」



 打球がファールゾーンへ出たのを目視した清美が宣言する。

 ふっ……危なかった。

 中途半端に止めなかった分切れたな。

「ふふっ、流石殿方ですわね。ワタシのボールを見極めましたわね」

「お陰様でな」

 まぁ、前情報で球種が分かっていたから対応が出来ただけだし。

 それでもファールにするのが精一杯だった。

 一筋縄ではいかないな。

「次、行きますわよ!」

「…………」

 再びセットポジションに入り、二球目。

 サイドからリリースされたボールは再びアーチを描き、今度はシンカー気味に逃げるように揺れ落ちる。

……さて、どう攻略するか。

 投げている本人ですらコントロールできない魔球。

 つまり、本人が意図しなくても絶好球になる可能性が有る。

 特にアクルは俺に会う前も投球練習を続けていた。

 普通の投手より疲労が少ないナックルボーラ―だが、あれだけ投げ込んでいれば疲労は蓄積するし握力も低下する。

 握力が弱くなればリリースのボールが固定出来ないし、力のバランスが無くなれば微妙に回転がかかる。

 なら、考えることはただ一つ。

 公式戦でやれば警告されるが、これは試合じゃない。

 勝利するためなら恥を忍んでやってやる。



「ファール!!」



 絶好球が来るまで打ち続けてやる……ファウルゾーンへ。


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