04
「お帰りー、お兄ちゃん。遅かったね」
「ちょっと、野暮用があってな」
練習が終わり駅前で梨乃、クリスと別れ帰宅した俺は、柱の陰からぴょっこり出てきた制服エプロン姿の来夢に迎えられる。
「野暮用? ふーん、へぇー」
「……その疑惑の目は何だ?」
「別にぃー。それより、ご飯にする? お風呂にする? それともい・も・う・と?」
と妹を強調して体をもじもじさせる。
今時の新婚さんでも使わないようなテンプレートを無視した俺は靴を脱ぎ、左端に揃えて立ち上がる。
「悪いけど、飯部屋に運んでくれないか? ちょっとやりたいことが有って」
「ぶぅー、妹をスルーするなんて、妹界の神様が聞いたら激おこだよ」
「神様って。まぁ、とりあえずよろしくな」
「はーい。かしこまりぃー」
と顔を膨らませながら、右手をこめかみ付近まで持ってきて逆ピース。
多分、来夢が毎週見ている女児向けアニメに出てくるキャラクターの真似だろう。
俺は駆け足で階段を上がり、突き当たり左の部屋に入りデスクへ向かう。
入学時に買ったノートパソコンを開き電源を入れた俺は、機動するまでの間未使用の大学ノートを取り出し、有栖川女子硬式野球部、と表紙に書く。
思い立ったら吉日、というのはあまり俺に似合わないが、今回は例外らしい。
「練習メニュー、って言ってもな……」
有栖川ナインは野球に対する意識、実力共に大きな隔たりが有る。
俺は考えをまとめるためにもノートに記す。
漆、清美、梨乃の経験者組。
こいつらは自らが足りない所は理解していると思うし、現在進行形で改善へと取り組んでいる。
漆と清美がどのようなトレーニングしているかは分からないが、あのリードを見ていれば相当練習をしているはずだ。
こっちがあれこれ指示するより、聞かれたらアドバイスを送る程度でもやっていけるだろう。
有紀、まりもの陸上部組。
野球に対する姿勢は評価できないが、陸上仕込みの脚力やセンスは経験者組とも引けを取らない。
化けるかどうかはこれからの練習次第だし、こいつらが協力的になるかどうかでチーム力が左右される。
まりもが俺のことを毛嫌いしているのは悩みの種だが、そのヘイトを試合でぶつけてくれれば良いだろうよ。
来夢、桂子ちゃんの一年組。
幼い頃から俺の野球を見てきことでで有る程度の野球の知識は有るが、まだまだ。
来夢は持ち前の身体能力でカバーしているが、天羽の二軍と比べてもバッティングや状況判断力は劣っている。
もっと専門的な知識を学び、活かすことが出来れば良いが夏までにどれだけのレベルまで上げられるか、俺の力量が試されるな。
桂子ちゃんはキャッチボール仕込みの正確な送球と来夢以上の柔軟性は評価出きるが、体力面は現状部内でワーストだろう。
持病を攻めるのはお門違いだが、真夏に行われるトーナメントにおいて体力不足は大きな重りになる。
だからって、オーバーワークは怪我の元だから気をつけないとな。
最後に、奏、久の実力未知数組。
練習試合でヒットを打った訳でもなく、守備でも目立つような活躍が無かった二人。
奏は運動神経が無いことを言っていたが、あんなチートだらけのチームで自己の物足りなさを述べただけで、本当にダメダメかは断言できない。
まぁ、ゴロの処理やキャッチングで戸惑っている様子は無かったから、三年間の積み重ねは活かされていると思う。
久は引っ込み思案な所が見受けられるし、守備機会も無かったので野球の実力がどの程度なのか参考になる指標が無い。
様子を見る限り元陸上部って感じはしなかったので、どうして元陸上部組とつるんでいるかは疑問に感じる。
大雑把にグループ分けしてみると改めてチームバランスの悪さが目立つし、チームワークの観点では解決すべき問題は多いな。
プロ野球チームでも首位打者、ホームラン王が居ながら最下位のチームが有るように、全員がそれなりのレベルに達しなければ勝率を上げることは出来ない。
だからと言って、実力者がレベルを下げて練習するのは本人の将来性を考えても望ましくはない。
さて、どうするべきか……。
俺は感覚を養う意味を込めて、動画投稿サイトの検索エンジンで『天羽学園』と入力する。
「はーい、お兄ちゃん夕飯持ってきたよ! 今日は来夢特製のカレーライスだよっ!!」
ドアノブが音を立てると、スパイシーな香りが部屋中に漂う。
「ありがとな。空いている所に置いてくれ」
「かしこまりっ! ……って凄い。来夢達のことがびっしり」
と書き込んだノートを見た来夢がグルメリポーターのような大げさに声を上げる。
「明後日の為にちょっとな」
「へぇー、妹冥利につきますなー」
ふむふむ、と顎を上下させる姿は正直ムカつくな。
「それはそうと、今日はどんな練習したんだ?」
「練習? 今日はお休みだよ」
「休み?」
梨乃の姿を見て、てっきり練習が有ると思っていたが。
「正確に言えば自主練かな。1、2年生は自学自習の時間が有るから18時まで勉強しないといけないの」
へぇー、そんな時間が有るんだ。
わざわざ学校で勉強する何て、テストでも一部のリア充がきゃぴきゃぴやっているイメージしか無いが。
無論、俺は家勉派だったな。
「最終令が19時だから、強化指定じゃない来夢達は一時間しか練習できないからね。でもでも、来夢はちゃんと練習したよ、偉い?」
「あー、偉いえらい」
時間は使いよう。
感覚の違いが有れど客観的な時間軸は共通だし、上手くなるための努力をしている姿は評価できるな。
まぁ、自由練習日に社会人チームの練習へ参加している梨乃は尊敬に値する。
そう考えても、チーム内の実力の差は日に日に広がっていると思うし、何か対策を練る必要が有るな。
「もぅ、もっと感情込めてよ! ぷんぷんだぞ」
と両手の握り拳をツインテールの結び目辺りへ当てて顔を膨らませる。
「それはすまないな。それで、自主練していたのは来夢だけか?」
「ううん、桂子ちゃんも一緒だよ」
「つまり、他の部員は帰った、てことだよな」
「多分。有紀先輩達は廊下ですれ違ったけど、練習って雰囲気じゃなかったかな」
あいつらが自主練する玉じゃないだろうよ。
「そうか。飯食べるから下がっててもいいぞ。食べ終わったら呼ぶから」
「えー、お兄ちゃんにあーんしちゃだめ?」
「する理由が無いだろ」
手が不自由では無いし、後は動画投稿サイトで有栖川や天羽の試合を見るだけだし。
「そう? じゃあ食べ終わったらL○INでcall meしてねっ! あっ、来夢ちゃんのあーんがお望みでも同様だよっ!!」
あざとくウインクした来夢は駆け足で部屋から出ていく。
ここがマンションだったらクレーム物だろう。
「さて、再開っと」
俺は動画投稿サイトにアクセスし、適当に「有栖川 女子硬式野球部」と入力してエンター。
すると、予想通り漆に関する動画を中心に数十件表示された。
まぁ、あんなチートじみた投手を見たら野球に興味が無くてもアップロードしたいと思うだろう。
適当にクリックして自動再生を待つ間に、来夢が持ってきたカレーをルーとご飯をハーフハーフですくい、口に入れる。
「……旨い」
この甘すぎず、辛すぎない絶妙なハーモニーはバー○モンドとジャ○をブレンドしているな。
激辛は苦手だが辛いのは苦手ではない。
激甘は苦手だが甘いのは苦手ではない。
そんな俺にとって来夢特製ブレンドのカレーはジャストミートしていた。
俺の胃袋は妹に支配されているかもな。
閉話休題。
『これが本当の二刀流? 天才ピッチャー現る!!』が再生される。
歓声と共に、漆がワインドアップからの投球動作とズームアップさせていた。
コメント欄を見る限り、去年の全国大会予選だろう。
素人の動画なので画面が上下左右にブレるが、漆がグローブをはめ変える所や打者の反応は分かる。
そして、球審が三振を告げると一気に会場のボルテージが上がる。
「やっぱ、スイングはしているよな」
練習試合の時もだが、打者の様子から漆のボールに反応はしている。
意表を突かれた速球なら振ろうと思う前にキャッチャーミットに収まっているパターンが多い。
漆の場合緩急を使うどころか変化球でかわす概念すら無く、決め球はクロスファイヤーというのは他校のデータベースにも記憶されている、踏んでよさそうだ。
しかし、漆のボールにバットを当てられる選手は少ない。
「分かっていても打てないストレートか……」
実際に打席に立ったことが無いので推測だが、漆のボールはもの凄いスピンがかかっており、リリースからスピードが落ちる所か寧ろ増し続けていると考えられる。
球速表示はリリースした瞬間で計測しているから、体感速度は俺が想像している以上である可能性が高い。
しかも、向かってくる軌道。
平常心で打て、っていうのも難しい話だ。
だが、クリスには通用しなかった。
俺は「天羽学園 女子硬式野球部」と検索し、一番上に表示された動画をクリックする。
昨年の全国大会の決勝戦の映像だ。
こっちは有る程度知識が有る人が投稿したのか、有栖川のより画面は固定されていて、画質も綺麗だ。
自動再生された映像をカレーを口にしながら視聴していると、バッターボックスにクリスが登場する。
そして、相手ピッチャーの3球目。
狙い撃ちしたかのようなフルスイングは快音を響かせバックスクリーンを直撃……まるで、あの練習試合を再現したかのような完璧なホームランだ。
「やっぱ、速いよな……スイング」
今日の練習でもクリスのことは観察していたが、クリスの最大の武器はスイングスピードだと確信する。
多分、現役時代の俺より速い。
恵まれた体格から生まれる軸回転と柔軟性は、最も力が入る部分にミートポイントを合わせ、強いメンタルが常に100パーセントの力を発揮させている。
そう考えると、漆のストレートはクリスにとって他のストレートと変わらなく見えているに違いない。
スピンが効いている分、ジャストミートした時の反発力が強いだろうから簡単にスタンドまで持っていけるのかもしれないな。
漆には獄だが、変化球を使えるようにならないと次対戦しても結果は同じだろう。
あの意固地をどう説得するか……考えれば考える程俺の仕事が多くなるな。
試合動画を継続して見ていると、天羽の一軍レベルの高さに目を見張る。
ショートがセンターに抜けそうな打球をグラブに入れ、そのままグラブトス。
それをキャッチしたセカンドがファーストへ送球、ダブルプレー。
元セカンドの俺でも賞賛するプレーも去ることながら、危なっかしい守備が全く無い。
これは予想以上にハイレベルだ。
打撃面も、クリスの一発だけでは無く、エンドランやスクイズなど小技のクオリティーが高い。
頻繁にヘルメットの唾の部分を摘む姿が見えることから、監督やコーチから頻繁に指示が出ているだろう。
だが、各打者の瞳に迷いは無く、試合を有利に進めている印象が強い。
梨乃クラス、いや梨乃以上の実力者が天羽一軍を占めている。
そう考えてもおかしく無いだろう。
ちなみに、試合は9ー0で天羽の勝利。
全国の頂点に立った。
「こんなチームに勝つか……」
予選まであと二ヶ月。
それまで天羽レベル、いや天羽以上に9人を育てる。
プロの指導者でも首を傾げるだろう。
実力もバラバラ、意志もバラバラ。
よくある野球物語なら、何かを集中的に強化し何かを捨てる、みたいな戦法で試合に勝利、ていうのも有る。
だが、それは全員が同じレベルであることが前提だ。
有栖川で実践した場合、せっかくの個性を潰しチーム全体の志気に関わる可能性が高い。
ノーバント、ノーボールの作品も、全員が甲子園出場する意志統一がされていたから能動的な展開が出来た。
練習試合後に心境の変化が有ったかもしれないが、それは一部を動かしただけで全員ではない。
マネジメントのようなバイブルを提示するほど博識じゃないし、客観的なデータを示し動かせるようなデジタルな思考は厳しい。
つまり、有栖川を勝たせる為には有栖川独自のマネジメントをする必要が有る。
「……やっぱ、これしか無いよな」
俺の中に生まれた考え。
全員が同じレベルじゃないと天羽に勝てない、という仮説立てではなく、チームとして天羽のレベルを越えれば天羽に勝てる、と考える。
チーム力を高めつつ個人を高める。
「なら、この方法しか無いよな」
俺の脳裏に閃いたプランを具体化する。
それには時間が足りないかもしれない。
「……絶対間に合わせてやる」
来夢へL○INを送って夕飯片づけてもらった後、明後日の為にペンを動かす。
期待を裏切らない為に……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます