08

「そういえば、さっき何か言いかけてたよね? 気になるなー」

 監督宣言の後、グラウンド整備を終えた有栖川学園硬式野球部は校門前で解散し、来夢と近所の桂子ちゃんと共に自宅に向かう途中。

 花見坂を下り住宅街に差し掛かった所で来夢が口にした。

「私も気になります。確か、このチームに足りないもの、でしたよね」

 と来夢と並んで歩いている桂子ちゃんが視線を俺に向ける。

「あぁ。うやむやになっていたな」

 あの時は火に油を注いでそれどころじゃなかったし、あえて言うようなことでも無いと思っていなかったからな。



「チームワークだよ」



「チームワーク、ですか?」

「あぁ、そうだ。仲良しごっこじゃなくて、それぞれがチームで与えられた使命、つまり仕事を達成する力だよ」

 有栖川は個々の力なら強豪校と大差無いと思う。

 何より、漆の存在はトーナメントが多い学生野球では喉から手が出るほど欲しい逸材。

 歴代の全国大会優勝校でも軸になる投手が存在するし、軸がしっかりしているチームは強い。

 そういう考えでは絶対的エースがいる有栖川が全国大会出場も現実味が有る。

「桂子ちゃん。野球の勝利条件って何だと思う」

「えっ? 勝利条件でございますか? えーと、相手チームより多く点を取るでしょうか」

「簡単に言えばな。じゃあ、さっきの試合。クリスが来なくて0-0のままならどっちの勝利だと思う?」

「それは、引き分けです……その、お兄様がおっしゃりたいことが分かりかねるのですが」

「そうだよ。お兄ちゃん、バカにしているの?」

 とせせら笑う来夢は俺を指差す。

 まぁ、そうだよな。

 高校生にじゃんけんの勝敗を教えているような馬鹿げた質問だよな。

「そんなことない。つまり、野球は点を取れなければ勝てない。勝つためには点を取る必要が有る」

 だから、清美が言っていたこともあながち間違って無いってことだな。

「まぁ、漆が0を並べている間負けはしない。だが、肩は有限……球威が無くなり失点する」

 現にクリスに打たれ負けたしな。

「でも、漆先輩は両投げだよね。プロ野球みたいに何百回も試合しないから気にする必要ないと思うけど」

「確かに肩の負担は普通の投手に比べれば少ない。でもいつまでも見殺しにしてたら勝てる試合も勝てないだろ」

「でしたら、私達がもっと打つことが出来れば良い、ということでしょうか?」

「いいや、ただ打つだけなら今日だって1点位入っているだろ」

 清美、梨乃は二安打。

 有紀、まりもは一安打。

 計六安打。

 全国区の天羽相手に複数安打の選手が二人も居れば、決して打撃が弱いとは言い切れない。

「問題は打つタイミング……チャンスで決めきる力。その為にはそれぞれ与えられた仕事を要所でこなす必要が有る」

 野球を楽しんでいたあの日々、俺はチャンスを作り出す役目だった。

 先頭が出ればバント、出なければ四球でも良いから塁に出る。

 それがチームという視点での俺の仕事だった。

「別にチームメイトと仲良くしろとは言わない。ただ、誰がどんな強みを持っていてどう強みを活かすか、ってことを考えるのがチームで点を取るってことだ」

 野球はホームランを打つ以外、一回の打撃で点が入ることは無い。

 男子でも毎試合ホームランが出る訳じゃないし、安打の積み重ねによる得点の方が多い。

 なら、どっちに力を入れるべきかは自ずと分かってくるはず。

「来夢の強みは何だ?」

「強み? うーん……お兄ちゃんの事が大好きって所かな?」

「それなら私もです!」

「野球でだ」

 べしっ、と二人の頭を叩く。

「うぅー、痛いよお兄ちゃん」

「ふふっ、お兄様からの制裁……懐かしいです」

 痛がる来夢とは反面、微笑む桂子ちゃん。

 仲良く頭を塞ぐ姿は幼き日、三人でキャッチボールをした帰り道を思い出すな。

 その日有ったことを語りながら淡々と投げ合った記憶。

 あんな日常を取り戻すことはできるだろうか。

「うっせ。それより、強みだよ。何かこれだけは負けない、みたいのだよ」

 漆なら球速、有紀なら足みたいな。

「うーん。スポーツで得意不得意無いから、強みって言われても分からないよ」

「来夢はそうだよな。今日の試合も無難に熟していたからな、打撃以外」

「それは余計だよっ! 次の試合でホームラン打っちゃうもんねー」

「はいはい。でも、来夢の強みを伸ばすなら、もっと引き付けて打てるようにならないとな」

 来夢の身体能力を考えれば一発を狙うより、センター返しが出来るようになった方が良いだろう。

 どちらかと言えば感覚で打つタイプだと思うし、どんな球でも同じフォームで打てれば戦力として期待できるな。

「引き付ける? よーく球を見るってこと?」

「簡単に言えばな。多分、天羽の変化球投手みたいなのが有栖川にいないのも有って、変化球に慣れていなかったんだろ?」

「そうだね。練習の時は部長が投げるけど、カーブしか打ったこと無かったから」

「漆の剛速球じゃ練習にならないしな」

 あの9人でどんな練習をしていたか気になっていたけれど、梨乃がバッティングピッチャーをしていたとは良い情報を聞いた。

 ストライクゾーンに投げるのは想像以上に難しい。

 しかも、変化球が投げられるならリリーフとして期待できるな。

 まぁ、漆は自分の投球にプライド持っているだろうし、剛速球に専念し高いレベルを目指してもらえばチームに有益だろう。

「とりあえず、来夢は毎日素振りな。俺が見てやる」

「うそー!! お兄ちゃん良いの? 愛のラブラブレッスン期待しても!?」

「ラブラブは知らんが、清美に言われているしな」

 テンションマックスな妹をオブラートに包むように話すが、当の本人はジャンプジャンプジャンプ。

 興奮を抑えきれない様子だ。

「そのー、私は……」

 来夢を尻目に、桂子ちゃんの小さな手がシャツの袖口を引っ張っている。

 視線を合わせると、うるうるの上目遣いで何かを訴えていた。

「あぁ、桂子ちゃんも一緒に特訓だな」

 来夢と比べると運動面では大きなアドバンテージだが、あの試合で見せた守備は伸びしろが有る。

 特にフォーストへの送球は経験が少ない中、奏のミットに正確に収まっていた。

 頭も良いし、案外向いているのかもしれない。

「はいっ! 不束ふつつかな私では御座いますが、精一杯頑張ります」

 不安な表情から一変、満面の笑みに照れくさい。

 妹分の桂子ちゃんから慕われるのは悪い気がしないし、才能の原石を輝かしたいという気持ちが強い。

「期待しているよ」

 俺は桂子ちゃんの頭に手のひらを乗せる。

 柔らかい笑みに答える意思と共に。

 

 

 選手としての俺は当の昔に消えた。

 チームの役割を破り、野球を捨てた過去。

 そんな奴がチームワークを語る矛盾。

 数時間前の俺が見ていたら、腹を抱えて笑っているだろうな。

 それでも、必要としている人が居るなら答えたい。

 試合を作るのはエース、試合を決めるのは打線。

 俺の思考は未来に向かって回転する。

 

 

 打倒、天羽。

 目指せ、全国。

 

 

 

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